在宅医療に求められる人作りを考える

新しいカリキュラムと新しい学科がスタートするなか、
この新学期、後藤学園・東京衛生学園専門学校に臨床医療施設が誕生する。
ここでは在宅ケアをも含む臨床実習や、東西融合医学のチームワークづくリなど、
新しい医療教育の試みが展開されることとなる。
院長になられる久保田健之先生に
同施設とそこに学ぶ学生への期持と要望をうかがった。

プロフィール写真

久保田健之 (くぼたけんじ)
1981年東京医科大学卒業、同大大学院麻酔学講座修了、医学博士。
89年より永田勝太郎先生に師事。
91年より心身医学を基盤にし、地域中核病院における在宅医療を手がける。
97年より後藤学園健康管理センター所長・後藤学園付属クリニック院長。

新しい医療二-ズに対応した臨床医療施設の誕生

久保田健之さん
後藤
西暦2000年という節目に当たって、後藤学園の各学校・各学科でもカリキュラムの大綱化や総合医療ケア学科の新設など、新しい教育システムを構築 しようとしています。さらに大きな組織変えを進める中で、東京校の増築にともない医療施設を設置することになりました。徒来自由診療による漢方全科や鋏灸 の臨床センターを設けてきましたが、これとは異なった形で保険診療を行っていきます。規模はそれほど大きくありませんが、二つの診察室と理学療法(2)の 基準の治療室を備えています。この臨床医療施設では、当学園のシンクタンクであるライフエンス総研から生み出されたもので、在宅の老人医療など、新しい ニーズに対応した保健、医療、福祉に関わる仕事を展開していきます。もちろん当学園で学んだ学生が、社会に巣立っていく中で、身につけた知識と技術を生か していくための教育研修の場にもなるわけです。さらに学年と教職員の健康管理をも受け持ちます。そこで、院長になる久保田先生に、この診療室にかける思い をうかがいたいと思います。
久保田
私は学生時代から、「全身が診られる医者」になりたいと考えて、麻酔科を専攻しましたが、物足りなさを感じていました。そこで、以前から関心を持っていた心身医学を学ぼうと、当時福島県の給合会津中央病院池見記念心身医学センターにおられた永田勝太郎先生(現浜松医科大学)の門をたたさました。ここで、患者という人間のとらえ方やコミュニケーションの重要性ということに気づかされました。その後、老人医療や在宅医療の中で実践してまいりましたが、九七年に永田先生にご紹介いただき、東西医学の融和をテーマにしている後藤学園に移ってきたわけです。全身が診られる医療とは、患者さんの患部を治すばかりでなく全体的なニーズに応えられる医療、さらに在宅医療では患者さんの家族とも付き合うわけですから、家族まるがかえの医療ということにもなります。臨床医療施設は、こうした医療を展開していく新しい試みの場としたいし、一方では新設の総合ケア医療学科と既存の看護・リハビリテーション・東洋医療系の4科が共生していけるような医療システム実践の場としていきたいと思います。
後藤
全人医療の実践ということですね。まさに学園でも患者さんの生命ばかりではなく、生活全体を視野に入れた医療ということを考えてさました。そのなかでとくに在宅医擦について、先生は具体的にどのように展開としていくことをイメージされていますか。
久保田
従来の医療施設では様々なサービスが提供されてさましたが、通院通所によるものが主で、じつは在宅の患者さんはそうしたサービスが受けられない方たちです。そうした人たちが何を望んでおられるのかということを考えていかなければなりません。学園には、四科それぞれの独自性と、医療人としての知識、技術がありますが、価値観の多様化した現代においては、まさに全人医療の考え方が求められるわけです。そこで、例えばホームヘルパーをコアとしながら、医師と看護婦、理学療法士、あるいは鋏灸師などがチームを作り、互いに支え合うというシステムの構築が考えられます。

互いを理解し、尊重するチームワークが不可欠

在宅介護実習をする看護課の学生

後藤
医療のチームワークということが唱えられていますが、いざ現場にいくと責任が分散して、「この仕事は自分が担当ではないから」とたらい回しのようなことになりがちです。こうしたことがスムーズに行われるようになるためには、どんな心構えが必要でしょうか?
久保田
いちばん必要なのは、お互いの専門性を理解し、尊重するということですね。自分の持っているものをアピールすることは必要ですが、さらに他の人がアピールするものをどれだけ受け入れられるかということも大切です。
後藤
意識変革が大事ですね。後藤学園と学術提携交流校である天津の中医学院などの状況を見ていても、一人の患者を中心にそれぞれの専門の人たちが有機的に機能しています。そうしたことが診療室を見てすぐわかるような状態になるのが理想ですね。改築した校舎三階には理学療法の日常生活動作訓練室も兼ねた看護実習室を備えているので、学生には教育の場としてそうしたチームワークを身につけていってほしいですね。
久保田
従来、大学の医学部には教員を養成する体制がないため、私自身は教員としてはまだ新米です。ただ、大きな目的をもって入学してくる学生が、この臨床医療施設から医療をより身近に感じ、吸収してもらえればと思います。
後藤
今の学生は組織としてサービスを提供するという共通の認識が少し希薄になりがちです。これは何故かというと実際にチーム医療を体験しないからですね。もちろん看護も理学療法士も実習にはいきますが、それが一緒になって機能している場面を見ることができないわけです。医療や福祉というものは、本来、患者さんとの人間同士の心のふれあいといった形のないものであり、体験しなければなかなかわかりません。そこで、これを実現するために、新しいカリキュラムで「医療人間学」といった科目を設けて、チームワーク医療も柱にしていきます。先生は在宅医療のご経験から、チームワーク医療を理解する上で、何が大切だとお考えでしょうか?

在宅医療で要求される柔軟性

後藤
看護婦同士、理学療法士同士では、それぞれの社会における常識というものがあって、それで動いているわけですが、じつはそれが一般社会の常識と大変かけ離れているという場合もあります。医療施設の中では、患者さんが外から来て、向こう側から合わせてくれているわけですが、在宅では一般の社会常識が、直接問われます。そうした意味で、社会性を備えるということも重要な要素ですね。今の学生はたいへんよく勉強するし、結果として成績もよい人が多い。ところが、いざ臨床施設へ実習に出てみると、指導してくれる人との間に摩擦が生じたりして、非常に悩んでカウンセラーに相談したりしています。どうも今の若い人たちは友達程度の仲間作りはたいへん上手なのですが、友達ではない人たちとの人間聞係の作り方は巧くないようですから、学生のうちに学ぶ必要があると思います。ですから、まず学外実習に行く前に、現場の人たちに来てもらって学内での実習をより完全にしておく必要があると思います。他の様々な職種の人と一緒に仕事をしていく上での、フィールドワークの場にしたいですね。
久保田
一緒に仕事をする上で、お互いに相手にはこういう評価があるということを知って飛び込んでいく必要があります。学校の中で専門知識を学びながら、同時に専門分野以外の人も共生しているのだという認識を備えて、新たな気持ちで仕事に入っていく準備ができるようになるでしょう。在宅介護では自分の常識に基づく価値観を主張するばかりでなく、相手の価値観を受け入れられるという柔軟性を持っていかなければなりません。たとえば、医療者に対して、「お水が欲しい」とか、「背中を掻いてくれ」とか、「ガスの火を止めてくれ」と、気楽に家事の手助けを頼んだりするお年寄りもいます。もちろんお互いに立場をわきまえて接してはいますが、時にはその方にとっては、子供や孫と接しているような気持ちになっているのですから、こちらも自然にそういうことに対応できることが大切です。「自分は医師なので診察はするけれどそんなことはできない」と、型にはまった思考をする人は通用しません。常識をわきまえるということはもちろん大切な基本ですが、柔軟性を備えるということがもう一つの課題になるでしょう。

理想の医療者を見つけることが感性を磨く

学生の健康を管理する久保田さん
後藤
基本的にこうした医療の仕事を目指す人は、やさしい心を持っていて、「何か人のためになることをしてあげたい」と感じているわけですが、相手には必 ずしもそれが伝わらない場合もあります。場合によっては、「お節介だ」とうるさがる人もいるわけですがら、押しつけはいけません。そうした相手の価値観に 合わせていくということも、「医療人間学」の重要なテーマになると思います。
久保田
ありがたいことに私はほとんど断られた経験はありませんが、中にはサービスを断る患者さんもいます。まず医師という仕事のために行くのではなく、一人の人間として身内の伯父さんや伯母さんのところを訪れるような気持ちになれるかどうかが大切でしょう。無論、医療職が持つべき共感という立場に立ってですが、ある意味で相手は人生の先輩なのですから、プライベートな間題でイライラしたり、落ち込んだりして、いつもと違う顔つきでうかがえば、すぐにわかってしまうわけです。どんなに専門職としての技量に自信があったとしても、お宅に入ったとたんサービスということに集中しなければなりません。そうした意味では心身ともにとても消耗する仕事でもあるので、自己の健康管理は重要です。一方では、患者さんの中には、こちらの顔を見た途端に元気になる人もいらっしやいます。全人的医療の提唱者バリントはこれを「医師の薬理作用」と呼んでいますが、自分の元気を患者さんに分けてあげられたという気持ちになります。こうしたことに喜ぴを感じられるようになってもらいたいですね。
後藤
最近の学生の中で目立つのは、自分自身や家族が入院したことがあって、医師や看護婦さんによく看穫してもらったり、リハビリの面倒を見てもらった経験のある人たちです。「自分もこういう仕事がしたい」と考えて、それまで別の道を歩んでいたのに転職して入学してくる人もいます。学園では、そうした発送を尊重し、価値観の多様性を認め、柔軟性を備え、やさしさの押し売りではない医療サービスの提供といったことをテーマにしていきたいですね。そのような感性を育てていく上で大きなポイントになることを一つあげていただけませんでしょうか。
久保田
「自分はああいう先生になりたい」、「ああいう看護婦になりたい」という具体的なお手本になる師がいるということが大切だと思います。そうした人からの良い影響によってさらに感性をも磨くことができると思います。
後藤
そういう人を例えば実習先でつかむことができたとしたら、その人にとっては本当にしあわせですね。そうしたことは、「知識、態度、習慣」といわれる今までの教育のカテゴリーの中で、じつはいちばん欠落していたといえますね。ぜひ新しいカリキュラムの中でそうしたすばらしい医療人の育成に力を発揮してください。

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