西洋医学との統合化と国際展開がさかんになる中医学

天津中医学院は、本学園と87年8月に提携を結び、
教員の相互派遣や学生研修などの学術交流を行っている。
同学院付属第一医院院長で、本学園客員教授の石学敏先生は、
中医学の発展に大きく貢献する一方、伝統医学と臨床との組合せによる
「醒脳開竅法」(脳卒中の治療法)などの治療法開発で知られる。
この度、院士の資格を得られた石先生を訪ね、中医学の欧米における
展開や、これからの保健医療における役割についてうかがった。

プロフィール写真

石学敏 (SHI XUE MIN)
1937年生れ。1962年天津中医学院卒業、中医師。83年より天津中医学院付属第一病院院長。天津中医学院教授。
この間、醒脳開竅を開発するとともに、世界各国で鍼灸普及教育に尽力する。2000年中西結合型の天津国際医療リハビリテーションセンターを創立、中国中央政府よりその学業に対し院士の称号を贈られる。

欧米で積極的な学術交流を推進

リハビリテーションセンター開院式での石学敏先生
後藤
この度は、天津中医学院第6回鍼灸学術大会と新しいリハビリテーションセンターの開院式にお招きいただきありがとうございました。また、先生が院士になられたということで、心からお祝い申し上げます。そこで、まず中国におけるこの院士がどのようなものかを先生のほうからご紹介願えますでしょうか。
これは学術上の一つの身分です。数学、物理、化学、生物、医学など、すべての自然科学領域の仕事に従事している人から選ばれます。選ぶ手順は、まずこ れらの学問領域の研究者の中から選抜委員会が候補としてあげるわけですが、7回連続して候補にならなければなりません。さらに国のほうから学術上でいちば ん高いレベルにあるという評価を受けてはじめて決定するものです。
院士は行政機関でいう「部」の副部長と同じレベルの待遇を終身受けることがで き、80歳まで院士選抜の投票権を得られます。また、国からも天津市からも研究のための一定の予算が交付されます。院士の制度は1920年代に始まります が、第一世代、第二世代の頃は、イギリス、フランスなどの外国で学術を修めて帰ってきて成果を発揮した人たちが得るというもので、一般的には70歳以上の 年配の人が対象になっていました。ところが、ここ20年くらいは若い人たちが選ばれることが多くなっています。科学技術立国を目指す中国の政策を反映した ものでしょう。
もっとも私自身は院士になって仕事の中身が変わったりしたわけではなく、今まで通り、天津中医学院付属第一医院の院長であり、医師であり、教員のままです。
後藤
私どもと先生とのおつきあいは1985年に始まりますが、学問研究では国の内外でめざましい活躍をされています。とくに今回の鍼灸学会ではドイツやア メリカをはじめ、海外からたくさんの研究者が訪れています。これからの国際的展開について、どのような抱負をお持ちでしょうか。
正直なことを申し上げれば、これまでは海外に対しては北京のほうが圧倒的に影響力を持っていたと思います。しかし、天津もかなり力をつけてきたので、これからはもっといろいろなことができると思います。 
まずアメリカに関してですが、現在同国で鍼灸に従事している医療スタッフは、10年以内に3万人くらいになると考えています。ご存じのように、カリフォルニアの場合は鍼灸医師が中医薬を処方することもできるため、漢方薬のマーケットとしても非常に有望視されています。また、カナダも将来有望で、いずれ学術会議も中国国内だけでなく、アメリカあるいはカナダで開催したいという計画をもっています。
ラテンアメリカについてはメキシコやアルゼンチンなどと友好関係を深めており、ことにメキシコが大きなカギを握っていると考えているところです。すでに毎年メキシコで学術大会を開いています。
ヨーロッパに関してはとくにドイツ、イギリス、フランスに力を入れています。これら3国では代替医療運動に取り組んでいる人ではなくて、現代医学の出身者であり中医あるいは鍼灸をやっているという人が合わせて6000人から8000人いて、近い将来1万7000人から1万8000人の中西医結合ドクターが出てくると考えられます。そのなかでとくにドイツの位置が非常に重要になるでしょう。
また、オーストラリアも少しは動きが出てきましたが、まだちょっと現地の組織上混乱があるようです。具体的にどのように展開するかは検討しているところです。

医療現場への鍼の採用をさらに推進

ドイツで鍼灸指導に従事する天津中医学院の先先方
後藤
我々が協力させていただくことはあるでしょうか?
私から後藤先生へ提案したいことがあります。国際的な展開ではアメリカが重要な役割を持つことは事実ですが、ニューヨークや、ロサンゼルス、サ ンフランシスコで開催される学術大会をみると、私の個人的な見方からすれば非常に低レベルです。そこで、後藤先生には、私と一緒に呼びかけ人になっていた だき、もっと学術レベルの高い会議を開きたいと希望しています。
一方、ドイツはアメリカと同様に州ごとに法律が違うので、地域差がありますが、ババリア州などは衛生局が中国伝統医学に対してとても興味をもって支援して くれています。今年10月にベルリンで学術大会があって、私もそれに参加する予定ですが、ドイツは学会も非常にしっかりしていて権威的にも高い評価を受け ています。そこで、ドイツと中国、日本の三国が協力して、ヨーロッパでの展開をはかっていくと非常におもしろいことができるのではないでしょうか。ドイツ はヨーロッパ全体に対する影響が大きいし、ヨーロッパはEUが生まれて資格の互換性が成立しているため、展開やすい環境にあります。
後藤
ドイツ医学鍼協会からも、中国へ研修にきていますね。
ドイツの学校もやはり国内で臨床実習という大きな問題をかかえています。そのため毎年2回向こうの西医がこちらへ中医学を勉強するためにやってきます。おもしろいのは、彼らはとても柔軟というか、先見の明があるというのか、みんな医学博士の資格を持っていて普通は「それで十分」という地位なのに、中国医学に積極的にチャレンジしているところです。こうした面では日本の事情はいかがでしょうか。
後藤
日本の場合、保険制度上の問題もあって、まだまだ医師が鍼灸治療を取り入れようという動きが遅く、私はアメリカやヨーロッパに遅れをとるかもしれないと懸念しています。日本はもともと古い鍼治療の歴史を持っているわけですが、私は2つ必要なことがあると思います。1つは臨床上効果があがるということを、目の前で見せることです。石先生の脳梗塞の治療における「醒脳開竅法」の開発は歴史に残る大きな功績ですが、日本の病院の中にも先生の臨床を実際に見て、この治療法を取り入れるところが現れています。そういう意味では、高度で独創的な技術を持った先生方が、ぜひ日本でもそういうものを見せてくれる機会をたくさんつくっていただきたいと思います。
もう1つは今申し上げた医療保険制度上の問題と関係するのですが、日本でもヨーロッパでもアメリカでも医療費が非常に高くなっている中で、鍼治療の経済効果について徐々に証明されるようになりました。ただまだまだこのことはよく知られていません。石先生は、学者であり、臨床家であり、教育家ですが、もう1つは病院のマネージメントの能力も非常に高い方です。そういう観点からご覧になって、鍼の経済効果ということにもぜひ関心を寄せていただければと思います。日本ではこうした鍼の医療経済学を研究しているのは後藤学園を含めて3つの教育機関だけです。

専門を究め、専門外にもアプローチを

21世紀の医療を語り合う
後藤
先生の病院は、患者さんから非常に高い支持を得ておられます。そこで、先生が臨床家としていちばんモットーとされていることを教えてください。
私はいつも自分で気をつけているのは「五専」ということです。西医は西医で自分なりの特徴を発揮しているし、同様に中医には中医で優越性というものが あります。そこで、それぞれがそうした特徴をいかに発揮するかを考えることが大切だと思います。私はとくにこの一年間を振り返って、どのように中医の特色 を突出させるかを考えてきました。医学というのはご存じの通り、内科、外科など多くの診療科があり、内科は内科で呼吸器とか循環器など細かく分かれていま す。そこで、中医の優位性を発揮するということのために、具体的に私がとってきた方法は、「五つの専門」を大切にするということでした。
五つの専門というのは、専門に扱う診療科を作るという意味で「専科」、そして専門的に病気を追究するという意味で「専病」、それを専門に扱う人を作るとい う意味で「専家」、専門に治療する薬を処方するという「専薬」、さらに専門の技能を身につけるということで「専技」ということです。私はこの「五専」を徹 底的に重視してきました。このように、専門を絞っていくことで見えてくるものがあります。例えば「糖尿病が恐い」といいますが、恐いのは壊疽をはじめとす る様々な合併症であり、これは専門的にその病気を研究しない限りなかなか理解できることではありません。痛風にしてもそうです。某市の市長が私たちの病院 で痛風の治療を受けて、たいへんよくなり、感動しました。さらにそうした話を聞きつけて他の省や市からも、「この病院で病気を治したい」と殺到している状 態です。病院には普段は4000人から、多い時は6000人の患者さんが訪れています。
後藤
たいへんすばらしい医療を展開されていることを改めて認識させていただきました。最後にこれから医療家が大切にすべきことについて、先生のご意見をお聞かせください。
とくに若手の医師に対しては、臨床技能を絶えず向上させるという意識を持ち続けてほしいと思います。なかでも期待したいことは、一つだけではなく、幅広い技能を身につけることです。そのことは、医療者として解決できることが広がるということなのです。専門を究めることが大事だと申しましたが、専門以外の技術に積極的にアプローチすることは、活動範囲を広げることになるでしょう。宇宙開発にしても、一つの科学分野だけでは達成できなかったを、いろいろな科学技術の統合によって達成できるようになりました。医師もまた、一つのことしかやらないというのでは、そこで孤立して行き詰まってしまいます。
また、これからの看護婦に期待したいのも、絶えず向上する医療技術に対応したより高級、高等な看護技術を習得していくということです。さらに習得した技術は絶えず応用に生かしながら、めまぐるしい技術的発展に置いて行かれないようにしなければなりません。中でも、これからの高齢化社会の中では、老人疾患が増えてくるでしょう。その特徴を把握して適確な看護ができる人が求められます。リハビリテーションの分野も、こうした高齢化社会の到来により、いっそう重視される時代を迎えます。この分野はとくに、中医と西医の結合が重要な課題です。将来の社会のニーズ、マーケットのニーズを意識しながら、老人医療の枠のなかにしっかり根付かせていきたいと思います。
後藤
じつに頼もしい展望を抱いておられているようです。先生のこれからのご活躍を期待いたします。

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