東洋医学の国際化を語る

世界に普及する鍼・漢方の今日的意義と課題

世界中で中医学の活躍の舞台が広がっている。
しかしそこには乗り越えなければならない様々な問題もある。
中医学はどのようにして異なる伝統と文化の壁を克服し、
グローバル化していくのか。
日中国交正常化の黎明期から中医学の対外普及に尽力されている
天津中医学院の劉公望教授に、現代における伝統医学の意義と課題をうかがう。

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劉公望 (LIU GONG WANG)
1943年生まれ 68年天津中医学院卒業。83年WHO(世界保健機構)の交換学者として京都大学。86年天津中医学院助教授、94年同大教授。 2000年中医学部学部長。主な著作に『中西医結合問診手冊』『中医学の基礎』『鍼灸学・基礎編』『鍼灸学・臨床編』『傷寒論方証研究』『Fundmental of Acupuncture and Moxibustion』などの15冊の著書・共著がある。

臨床で学んだ古典の意義

後藤
いま、鍼や漢方などの中医学は世界中で注目され、教育、研究、臨床も行われるようになっています。中国はかなり早くからこれらを世界に普及させよう という国策を持っていたし、とくに劉さんのおられる天津中医学院は国際交流に積極的に取り組んできました。きょうはこうした伝統医学の国際化の意義につい てお聞きしたいと思います。
中医学の国際化は現在「第3の波」の中にあるといわれます。第1の波は唐時代で、中日の仏教・医薬交流の先駆者といわれる僧医・鑑真和上の活躍などが ありました。第2の波は明の時代で、永楽帝の命を受けた鄭和が、計7回の航海で、東南アジアばかりか、インド・中近東、果ては東アフリカまで出かけ交易と ともに薬の交換をしたり医学知識を広める役割を果たしています。そして、第3の波は中華人民共和国の建国以来続いていますが、それには国際状況の変化にしたがって2つの段階がありました。
まず1950年代に旧体制下のソヴィエト連邦をはじめ、ポーランド、ブルガリア、東ドイツ、ルーマニアなど東欧 諸国から鍼灸を中心に勉強するため留学生が中国を訪れています。一方では中国政府がアフリカなどの開発途上国に医療チームを派遣するとともに中医学を広げ てきました。さらに鍼灸治療を求める諸外国のVIPたちを招待するなど、伝統医学を広めようという努力はとても早くから行われてきました。そして、現在で は中国の文化的な開放政策がさらに進み、「自然に帰ろう」といった世界の志向ともマッチして、中医学はさらに世界中で再認識されるようになっています。
後藤
その中で劉さんご自身が国際的に活躍されてきたわけですが、いつ頃からのことですか。
私は大学を卒業してすぐ天津の総合病院の勤務医となりましたが、当時は、国策としては中医はまず西洋医学を、西医はまず中医学を勉強しなければならないことになっていました。そのため私は大学に戻るまでの11年間、臨床の場で中医学だけでなく西洋医学についても、いろいろな病気の診断・治療の方法を最初から最後まで学ぶことになったわけです。それは今思うととても厳しい時代でしたが、あの経験がのちに非常に役立つことになりました。知識の面で大きな成果が得られたことはもちろん、人間的にも大きく成長できたと思います。
さらに大学に戻ってからも優れた指導者や古い文献に出会う機会に恵まれ、中医学の本当の深さと幅広さを学ぶことができました。単に治療面だけでなく歴史など文化の面でも自分を高めていくことができました。たとえば中医学の古典である『黄帝内経』は言葉だけわかっても治療に使うことはできません。しかし、臨床を経験したうえでこうした古典を学ぶことにより、複雑な症例に出会った時も、総合的な治療のイメージを作っていくことができ、病気対処方ではなく、病人対医者の治療が可能になるわけです。
後藤
そうした経験が外国で活躍されるうえで大きな財産になったというわけですね。外国へ出られたのは日本が最初だったのですか。
中日の国交正常化は1975年で、1980年から本格的な交流が始まりましたが、当時は外国へ出かけることはなかなか難しい情勢でした。私は天津で2人だけという難関を突破して、まず日本へ行くことを選んでいます。初めて来日した時は2年9ヵ月間、京都大学医学部の医療情報学部の平川顕名教授と湊小太郎教授のもとで研修を受けました。ここでは臨床支援システムとしてのコンピュータを勉強する一方、毎月1、2度若い医師を集めて漢方の勉強会を行いました。その中で、日本に伝えられてきた漢方医学、鍼灸というものがだいたい理解できるようになりました。
後藤
ちょうど日本も漢方に保険が適用されるようになった時代で、もっと勉強しなければならないという機運が高まっていた頃ですね。劉さんにとっても成果は大きかったですか。
海外に対する知識はほとんど持っていなかったわけですから、私自身を高めるうえでも重要なプロセスだったと思います。帰国してから私は助教授に昇進したわけですが、この時中医学には2つのテーマが課せられていました。1つは中医は発展するために情報化しなければならないということ。もう一つは、中医はグローバルに認識されなければならず、そのためには国際化を促進しなければならないということでした。そこで私はこの2つのテーマを実現していくために、自分の知識と知恵で貢献していきたいと考えたのです。天津では今度は、留学生の受け入れ部門を作る事業に携わりました。

伝統医学の理解は文化の理解から

後藤
日本の次はヨーロッパに出かけられたのですね。
ええ、1989年から1年間はフランスに行きました。フランスは鍼と漢方の歴史はヨーロッパではいちばん長い国で、非常に開放的に取り組んでいて、ド イツなどよりも進展のし方が早いようです。私はパリの北のベルクという港町にあるエリオン・マハン病院(Elion-Marn Hospital)で臨床を行っていました。ここは第二次世界大戦時代から続く七つの大きな病院がある療養地ですが、フランスの旧植民地であるモロッコや マダガスカル、シリア、オーストラリアなどの諸国から医師や入院患者がたくさん集まっています。私はとくに重たい交通事故のケガなどの後遺症に苦しむ患者 に鍼や漢方薬を使った治療にあたりました。1976年に24万人が死亡した河北省唐山の大地震が起こった時、私はケガ人の救助活動に参加しましたが、この 経験がフランスで非常に役立っています。
また、フランスでは昨年、フットボールで知られるトゥルーズ大学を舞台に3日間連続して鍼灸の授業を行いました。鍼専門医の養成するための講座で、約150名の医師と医学生が集まりました。
後藤
劉さんがまだ鍼を知らない外国の医師に教える時、いちばん苦労なさる点はどこですか。
その国の文化が理解できないと、質問されても意味が通じない場合があるところです。我々が東洋人の感覚であたり前だと思っていることでも、向こうは全然そういう意識がないといったことが少なくありません。たとえばフランスへ初めて行った時、痛みを麻薬で抑えていた患者の禁断症状に対して、「鍼をすれば眠れるから」と説明しましたが受けつけません。北フランスは保守的な人が多く、鍼は変わり者がすることで恥ずかしいというような認識があるようです。
たとえば中医学の診断方法の弁証論治といっても、古典によって大きくは6つの弁証があります。八綱弁証・臓弁証・六経弁証・営気衛血弁証・六淫弁証・経絡弁証などです。フランスの授業で、「どのような患者さんにどの弁証を使うか」という質問を受けたのですが、とても詳しく答えることはできません。そこで私は、「あなたたち西洋人には食事の時ナイフやフォークがあり、我々には箸がある。食べる時には何を使うかべきかということより、いちばん使いやすいものを使って食べればいい。鍼を使う時は経絡弁証が使いやすいはずだ」と答えました。みんなは、笑って納得してくれました。
後藤
伝統医学の東洋的な部分がなかなか理解されにくいというわけですね。でも理解できなければ前に進まないわけですが、そういう人たちが理解するきっかけは何でしたか。
やはりいちばん簡単に理解させるのは臨床です。患者さんを一緒に診ながら説明するというのが最も納得しやすいでしょう。古典の文献から弁証論治だの、陰陽だのを説明しても時間がかかるし相手は我慢できません。逆に基本的な知識があってそれを臨床に生かすことによってわかってもらえるはずです。たとえば慢性肝炎だったら一般にはA型かB型かC型かといったことから入りますが、体調はどうか、食欲はどうか、眠れるかどうか、といったことから弁証で「この患者さんはこの治療をする」という方針を出していけば理解してもらえます。
後藤
「伝統医学の考え方からいうとこういうことなんだ」というところを見せてあげるわけですね。それで「あっ」と理解してもらえるわけですか。
たとえば私がドイツの学会で発表した慢性の治療しにくい顔面神経マヒの場合は、私は鍼の本数を増やして浅く刺して刺激量を少なくしても血流を促進することが大切だと話しました。ところが、真面目な学生が「『黄帝大経』の鍼の基本は一本の鍼を使うことだ」と主張します。これに対して私の答えは「一本の鍼で治すケースもあるけれど、たぶん神経的なものの影響であり、一時的な効果に過ぎない」というものでした。我々のケースは顔面マヒの治療に1年半かかっているのですから、これが効果的なのかどうかなかなか理解されないところかもしれませんね。
また、たとえば変形性脊椎症の治療などは、物理的に考えれば変形した脊髄のところを刺激すればよさそうなものですが、鍼はそうしません。鍼の治療効果は、患部ではなく脳の痛みの中枢に働きかけて麻薬作用で痛みを和らげるということによってもたらされます。こうした効果を「意念的」と呼ぶのです。鍼の本当の治療効果はまだわからないところが多いのですが、たとえばハーブを飲むとか、ヨーロッパの人たちの伝統医学であるホメオパチーのように、身体の中で共鳴運動のようなものが起こっているのだと説明すると理解されるようです。

その国になじむ中医学があっていい

後藤
劉さんは後藤学園との交流の中で、日本で中医学を学ぶための教科書の共同編集に参加していただきました。あの時にいちばん問題になったのは日本人の思考パターンと中国の先生たちのものを考えていくパターンが違うので、従来のようにある中国の本を単純に翻訳したものだと非常にわかりにくくなってしまうということでした。そこで、日本人の思考パターンに合わせて日本人用に作ろうということで全4冊のシリーズが生まれました。そのあとに英語版を作った時も、やはりアメリカ人のものの考え方のパターンに合わせて作るということを考えました。こうした作業ではどこがいちばん苦労されましたか。
最初はやはり英語でした。ところが、ある日本の医師は漢文医学の本を日本語で読んでもわからないのに、それを英語訳したものは言葉の意味がよくわかるといっています。これは中国語を日本語に訳す時、同じ漢字を使っているためにそのまま日本語の意味で解釈するので間違った翻訳が多くなりがちだからです。ところが、英語に訳す時は意味を伝えるため標準となる言葉を探して置き換えていくので、簡単に意味が伝えられるようになるというわけです。
後藤
なるほど、そういう意味では、日本語で本当にわかるようにするにはさらに改善していく必要があるわけですね。
しかし、漢字のふるさとは中国ですから、そういう意味では日本語がいちばん中国に近く、真の意味で漢方の知識の交流ができるのは日本しかないはずです。ただ、明治維新までは漢文を本当に理解しようとしたわけですが、今の日本では読めなくなっているので、どういう翻訳をするかが大切になってきました。
後藤
言葉というのは、必ずしもその国の言葉に訳さないほうがよくわかるという面もありますね。たとえば「リハビリテーション」などという言葉も以前は「社会復帰」とか「人権復活」などと訳していたものですが、現在ではあえて日本語に訳さず英語のままのほうが意味がよく伝わるようになっています。逆に日本語の「すし」とか「指圧」、「空手」などというのは英語に訳したらよくわからないでしょう。中医学の世界でも「気」という言葉などは、そのまま世界中で使ってもらったほうがいいかもしれませんね。中医学の国際化にはそうしたバランスが必要なのではないでしょうか。一方では、たとえば身体の痛みを訴える場合も、その国によってすごくオーバーな表現をするところと我慢する傾向が強いところといった文化の違いがあるのではないでしょうか。天津中医学院では、そうした意味での中国人の学生の国際化をはかるために実行するプログラムはあるのですか。
あります。我々の大学では英語と日本語の授業をしたけれどうまくいっていないところがあった。そこで3年前から本科生の中でそうした国際的に共通な人材を養育するための教育プログラムを実践し始めました。60名の学生を選抜し、英語やドイツ語、フランス語などを話す外国人を入れた教室を作っています。そうした中で中医学を学ぶと、それがそれぞれの国の文化によってすぐ違うものに変わるということがわかりました。
後藤
中国の伝統的な中医学がその国の文化と混ざって、フランス式、ドイツ式、日本式の中医学が存在するということになりますね。そういう姿でいいということですね。
私はいいと思います。入り込んだ国でそこの文化にしたがって姿を変えるというのはやはり伝統医学の特徴の1つです。たとえば中医学ではドクダミは生薬の1つになっていますが、そういうものは世界のどこでも使わなければならないとはいえません。ヨーロッパにはもっとポピュラーなハーブもあるわけですから それを使えばいいと思います。
後藤
ヨーロッパではもともと自分たちの土地でハーブを作って飲んでいた。そうしたものも中国伝統医学で伝わってきた漢方薬も全部含めてハーバル・メディスンという概念なのですね。そうした中でフランス式の中医学といったものになっていくということでね。
そう。ですからイギリス式の中医学もあるわけです。彼らが中医学を取り入れる動きは大きいけれど、自己流の解釈もあります。たとえば「六味地黄丸」なら、「何か女性にいい薬」というふうに解釈する。また、ドイツなどでは鍼についても、金属の鍼は使わずレーザーで代用しようという動きもあります。そのように直さないと自分たちの文化の面での障害、法律の面での障害が立ちはだかることになるわけです。医師が患者に処方するためには、医師自体が使って推薦しなければ使えないので、そんなふうに医者がどのような知識を持つかは重要です。

国際化は相互発展に結びつく

後藤
西洋医学を勉強してきた医師が伝統医学を勉強し直そうという例はヨーロッパでも増えているようですね。劉さんは、そうした学校や学会などの教育システムにもかかわっておられるのではないですか。
確かに東洋医学を勉強したがる医師は増えています。それに応える教育は、ほとんど学校という形ではなく、学会という形で展開されていますが、アメリカやフランス、マレーシアなどには学校もあります。
後藤
劉さんは伝統医学的な考え方は臨床で見せてあげるとわかりやすいとおっしゃいましたが、その国の法律によってはいろいろな規制があると思います。それができるのはやはりと教育システムでしょうね。そういう意味でも学校との交流、学会の交流ということがすごく大切ですね。これからも東洋医学の国際化はさらに促進されるでしょうか。
はい、かなりの速度で進展すると思います。そこでこれから国際化のうえで重要になるのはグローバルな意味で権威のある学会です。これまでの例にしばしば見られたように、それぞれの国がリーダーシップをとろうと権力争いをしているのでは仕方がありません。学術、教育などの面で権威のある学会を中心として指導が行われ、免許も交付できるようになることが望ましいですね。
後藤
劉さんは中医学が各国に入り込んでそれぞれの国の中医学に変わりながら発展していくだろうというお考えですが、そのことによってご本家の中医学が影響を受けるということはありますか。
それはもちろんあります。たとえば日本の漢方は腹診という診断法を開発しましたが、お腹は情報が多いので、これにより客観的なデータが取れるし、中医学の望診とは違う方面から患者を診ることができます。こうしたことが中医学に影響を与え発展につながっていくということがあるでしょう。また、日本の鍼の方法にも独特のものがあるし、お灸も独自の発展を遂げました。こうした点では中国が日本から学ぶ面も少なくありません。国際化は互いに勉強し合い、高め合うということです。
後藤
国際化というのは自分の価値観を押し付けるということではなくその価値観を紹介することで、その国に合った文化がさらに違う形で開花、発展していくということですね。
勉強、教育ということには謙遜が大切です。互いの学者が毎年新しい発想を持って交流することから、新しい発展が生まれる。たとえば日本でよく使われている当帰芍薬散は本来は『金匱要略』の処方ですが、日本で長い間この処方を使ってホルモンを増加する効果があって更年期障害や慢性肝炎に効くことが証明されました。また、日本で1960年代にヨクイニン(はと麦)の抗がん作用についての報告がありましたが、最近またヨクイニンが注目されるようになっています。
医師が1人でいくら患者を診てもそこから得られるものの範囲には限界がありますが、交流によっていろいろな可能性が生まれてきます。私たちがまとめたテキストも、最初は日本で日本人の医師が中医学を勉強できるものを考えたのですが、どこかわかりにくい部分がありました。同様に他にもいい古典解説書がたくさんあるのにわかりにくかったといえます。何故わかりにくいかを考えると、書き方が理屈で回っていたからです。理屈ではなくプログラム的な形式のわかりやすい教材で広げていかなければならないと思います。
後藤
ぜひこれからも伝統医学の国際化にご尽力ください。また、後藤学園ではテキストを新しく作ろうとしており、これもまた英語圏に紹介していきたいと考えています。この点でもぜひお力添えをお願いいたします。

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