医療者の意識を変えるクリニカルパス

日本でもクリニカルパスは確実に医療の現場に浸透しつつある。
その背景には日本の独特な医療のあり方が
問題視されるようになっていたという事情があるようだ。
日本へのクリニカルパスの紹介者である阿部俊子東京医科歯科大学助教授に、
なぜクリニカルパスが求められるのか、それがどんな効果を生み出すのか、
医療をどこまで変えていくことができるかをうかがった。

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阿部俊子 (あべ としこ)
三井記念病院看護学院卒。米アラバマ大学で看護学の学士および修士取得、同大学付属病院長期療養センター主任、イリノイ大学で博士号取得。1991年三井不動産シルバービジネス事業部、97年群馬大学医学部保健学科講師、99年3月より東京医科歯科大学助教授(保健衛生学研究科)。著書に『看護記録の新しい展開』『クリニカルパス:わかりやすい導入と活用のヒント』など。

まず看護の側が重要性を認識

後藤
先生は看護管理という分野をご専門にされていますが、どこでクリニカルパスと出合い、これを日本に紹介しようと思われたのですか。
阿部
最初にパスを知ったのはアメリカに留学中の1990年頃のことでした。修士課程の授業で、クリニカルパスはどういうものかを学び、老人病のスケ ジュール表を作りなさいという課題を出されたのです。パーキンソン病を取りあげたのですが、この病気は発症してから死亡するまで約17年といわれていて、 進行が五段階くらいに分かれています。そこで、この段階ではADL(日常の活動性)がどのくらい下がり、どのくらいの食事量が必要で、どういうサポートの 器具が必要かといったことをまとめる経験をしました。こうしてパスというものの概念を知ったわけです。
次に94年頃、博士課程でシカゴに滞在した 時、私は通訳の仕事で日本から見学に訪れた医療関係者をイリノイ大学付属病院にガイドし、そこでパスの実態を見ました。そして、「これは日本にも使えるか もしれない」と思い、ある看護雑誌に簡単に紹介したのです。すると日本のある看護部長さんから、「とても興味深い。もっと詳しい資料が欲しい」という連絡 をいただきました。その部長さんは、都内の病院のナースが短期間で移動することが多いため、どうやって看護の質を維持していくかという問題意識を持ってお られたのです。私も看護はパスのようにわかりやすいもので標準化しないと、知識と技術を身につけていくのが難しいと考え、これを日本に紹介することの大切 さを認識したわけです。
後藤
まず看護の方たちが着目されたわけですね。アメリカではすでにパスはすべての病院に行き渡っていると思いますが、やはり最初は看護の側から提案されていますね。
阿部
アメリカの医療制度は複雑で、病院の中でも医療側と看護側が分かれていて、ナースの費用は病院の費用の中に含まれています。その点からいえば、ナースはある意味で病院のマネジメントをしていかなければならない立場があるので、そうした発想が生まれたわけです。
後藤
なるほど。それに対して日本では病院全体で導入したシステムは、医師がマネジメントするケースが多いですね。その中でパスは医療の標準化をはかるためのツールとして使おうという流れになっていると聞きます。しかし、日本では一般にある疾患に対する処方をとっても、医師によってそんなに違うという実感はないですね。看護の仕事内容にしても、それほど大差があるとは考えられていないと思います。実際には、どのくらいの違いがあると認識されていますか。
阿部
ナースは自分たちの業務の中で、ドクターの仕事が、特別な意味もなく人によって違いがあるということを実感しています。たとえば厚生労働省の研究で病院比較の調査をしているのですが、その違いはパスで見れば一目瞭然です。どの段階で入院か、抗生剤をいつ出すか、いつ抜糸するか、いつ退院するかということが本当にばらばらなのです。せめて一つの病院内では標準化されているかというとそんなことはなくて、ドクターが10人いたら10人治療法が違うのが現状です。そのことは、ドクター自身も知っているわけです。これまでのシステムは医療者が個人の知識と技術が完璧であるという前提に立ったシステムでした。そこで、どんな人でも、どんなケースでも、これだけはきちんと観察しなければならない、報告しなければいけないといったことをもう少しきちんと標準化しようということからパスが注目されるようになりました。パスができれば、ある意味でリスクマネジメントにもなるのではないかといわれています。
後藤
リスクすなわち医療事故は、パスにより医療現場の無駄を排除できるから減らすことができるといわれていますね。ではなぜクリニカルパスが導入されると無駄が排除されるのでしょうか。
阿部
無駄というと、一般に「やらなくていいことをやる」ということになりますが、「やらなければいけないことができていなかった」という無駄もありました。パスが標準化して医療現場に入ることにより、看護サイドとしていちばんいいことは、おそらくドクターの指示待ちが少なくなることです。患者さんが入院したらやるべきことが決まっているのに、看護婦がドクターの指示が出るまで何もしないとしたらその後の経過が遅くなってしまいます。指示が出ないから次の検査ができず、診断確定ができないことになるわけです。また、理学療法士についても、たとえば脳梗塞でオペを受けた後のリハビリは早いほどよいのですが、ドクターがその指示を忘れて2、3日遅れると大きな影響が出てしまいます。パスを使うと平均在院数は短縮するといわれていますが、そうした指示忘れによる無駄を解消できるということが大きな要因の一つになるわけです。

チーム医療に最適なオールインワンパス

後藤
パスによりやるべきことのコンセンサス(同意)ができるため、集中して現場の業務にあたることができるので、無駄が減らせるというわけですね。
阿部
もう1つパスのメリットは記録に関することです。これまでとくにドクターの記録にはほとんど書かれていないケースも多く、非常に問題がありました。それに対してパスは情報の一元化ということが実現できます。これはリスクマネジメントのうえからも重要なことで、現場で何かあった時、急いでいる時など、パスを見れば情報が集約されているので、より適切な処置が可能になりリスク低減につながります。現在はオールインワンパスというものが登場していて、1枚の紙にドクター、ナース、薬剤師、理学療法士などいろいろな職種が記入し、お互いに何をやっているかという連携が記録される形になっています。
後藤
たとえば脳卒中で入院している患者さんが皮膚疾患で皮膚科のドクターに診てもらうと、今までしてきたのと同じ検査を一から繰り返して受けなければならないといったことがありましたが、そういうこともなくなるのでしょうか。
阿部
使い方によってはなくなりますね。すでにかなり進んだ病院では患者さん用のパスを作って患者さんは壁に貼って使ったりしています。それに患者さん自身が自分の治療はどこまで進んだかを書き込んだり、ラインマーカーを引いたりしているのです。今日どのくらい歩けたので、明日はこのくらい歩けるようになるし、ここまでできたら退院に結びつくといったことが一目でわかります。また、薬剤師による薬剤指導なども徹底できます。これまで付き添いの人が、「この人は頭を上げていいのですか」とか、「水を飲んでいいのか」、「トイレに1人で行っても大丈夫ですか」といったことを絶えずナースセンターに聞きにきていましたが、そうしたことも壁に貼ってある紙に書いてある。コメディカルも含めて非常にチーム全体がわかりやすいわけです。
後藤
チーム医療の中でお互いに読んでもらうための記録となるので、必要なことが書かれ、無駄なことが書かれなくなるわけですね。
阿部
たとえば脳梗塞の患者さんがお箸を使えずずっとスプーンで食べていたとします。作業療法士がパスの中に「今日からお箸の練習を始めます」と書いたら、病棟の看護婦も「スプーンと一緒にお箸もお出ししましょうか」と書くことになります。パスを通して、患者さんに何が必要かということを、チーム中できちんと話し合って対応していることになるわけですね。
後藤
オールインワンパスなら、患者さんを真ん中においたチーム医療が実現できるわけですね。
阿部
今まで看護というのはドクターとはまったく別なのだという言い方がされていましたが、患者さんは身体のある部分は看護の担当で、ある部分はドクターの担当だというふうには考えていません。自分がよくなりたいということだけが願いであるわけです。ですから看護の目的とか、ドクターの目的ということではなくて、最近は患者さんの目標ということからチーム全体でパスを作るようになっているのです。

80%に適用できるイージーオーダーの医療

後藤
 
 パスの作成にあたっては、ある患者さんが入院したときスタッフが集まってどう治療するかということを検討して行うのですか。それともある程度マニュアル化されているのでしょうか。
阿部
パスに関しては、最初「ハイボリューム」「ハイコスト」といわれていて、数の多い疾患については1回作ってみたほうがいいとされていました。それを 適用する時にたとえば脳梗塞なら脳梗塞用のパス1枚で済んでしまうわけではありません。再発なのか初発なのか、手術があるのかないのか、もともと半身マヒ があるのかないのかといった適応基準、除外基準が明確になった項目を見ていき、ほとんどその患者さんとはずれないパスを適応できることになります。
これによりいわゆるエビデンスが入っていて、なおかつドクターのコンセンサスがとれている標準化されたパスというものであれば、80%の患者さんが 100%パスに乗るといわれています。これはすなわち20%の患者さんがパスからずれるということであり、そこのフォローは大切です。ただ、100人の患者さんに対して100人オーダーメイドで指示を出さなくても、80%が乗るだろうということでちょっとずつ変えていくだけのイージーオーダーが可能になる という考え方です。
後藤
非常に分かりやすいですね。クリニカルパスの意義に気づいて、「ぜひうちの病院でも導入したい」と考える人が現われた時、抵抗になるものは何でしょうか。
阿部
まずトップリーダーの不在、リーダーシップの不在ということですね。パスはトップダウンで導入しないと運用は無理です。もう1つは医療者の古い認識も阻害因子になっています。
後藤
たとえばドクターが、「俺がこの病院を支えているんだ」といった意識が強いといったことがありますか。
阿部
ありますね。ただ、そうしたドクターの頭にはすでにパスが入っているので、「それを紙に落としていただけませんか?」ということができます。ところがそんなふうに頭が固まっていないドクターもいます。どう治療するかということについて、「人によって違うんだ」、「様子をみるんだ」という対応をする人がいますが、こういう人はパスのリーダーには向きません。
後藤
逆にいえばパスというのは、医療者として心得ていなければならないことが紙に書かれて出てきたということですね。そんなふうに紙が出てくることによって、ドクターのものの考え方も変わるのでしょうか。
阿部
ドクターの中には臨床診断のつけ方について、たとえば出血しているのかどうかを見て、それならこのような病態生理だ、という考え方をトレーニングを受けていない場合もあります。経験の優れたドクターはそれが頭の中でできていて、これまではそれを研修医が「見て習え」ということで、お茶やお華の世界と同じだったわけです。それがパスを通して言葉で学ぶこともできるようになるわけです。
後藤
そういうふうにパスにより、看護も理学療法士も薬剤師も行動計画ができるし、新人が入ってきた時も「私はこの病院でどういうふうに教育されていくのだ」ということが自覚できるわけですね。
阿部
そうです。パスは教育オリエンテーションということに関しても非常に有力なツールとなっています。リーダーが怖い人であるため、「この場面でどうするのですか?」といった質問がしにくいといった時も、パスに書いてあるので自分で理解できるということにもなるでしょう。

アウトカム重視で医療者の意識改革が

後藤
アメリカの場合、医療費の高騰が財政を圧迫しており、それをなんとか減らさなければならないということからコスト削減の意識があってパスが進んだ面 があると思います。日本も医療費削減が重要課題になって無駄を省かなければならないのですが、クリニカルパスを入れるとコスト削減になるという認識は浸透 しているわけですね。
阿部
病院としてのコスト削減だけではなくて、社会資源の節約という意味でもパスは有意義です。アメリカの医学雑誌『JAMA』で、カナダの19の病院に おける肺炎の患者7000人に対して行った調査が報告されたことがあります。カナダの肺炎の治療はだいたい入院して6.8日在院日数ということになってい るのですが、クリニカルパスをガイドラインとして使って、いつ入院させるか、いつ抗生剤を使うか、いつ退院させるかをきちんと入れた結果、使わないケース と比較して平均在院日数と抗生剤の使用がそれぞれ1.7日短くなりました。しかもパスを入れたグループのほうがより重症の患者だったのにです。すなわち患 者さんがきちんと治るというアウトカム(結果)を達成しながらも、パスにより人的、物質的な社会の資源がそれだけ節約できるということですね。
後藤
クリニカルパスを説明する論文には、途中経過よりも今おっしゃったアウトカムのほうが非常に重要だというふうによく書かれていますね。
阿部
アウトカムをきちんと立てなければならないというのは、逆にいえば今までの医療ではアウトカムをほとんど考えていなかったわけですね。つまりあまりにも「どうやって提供するか」という方法論ばかり考えており、「何を達成しなければいけないか」というところに連動していなかったのです。しかし、アウトカムなしの正しいプロセスということもあります。チーム全体できちんと「この人はいつ退院できるのか」、「どのような状態で退院できるのか」というアウトカムを立て、それを達成するためには何をしなければならないかと考えて、逆にプロセスを組んでいくことになります。
後藤
するとパスによって、医療に携わる人の意識が変わってくるということですね。
阿部
そうです。その結果、日本のパスではたんに紙1枚の問題ではなくアメリカでは考えられなかったことが出てきています。たとえばインフォームドコンセントです。アメリカでは訴訟になるのでちゃんと事前の説明をしなければならないのに、日本ではほとんど説明が行われませんでした。ところがパスが出てくると説明をしなければならなくなるわけです。もう1つは病院間の比較ができるようになるということ。日本はもっぱらブランドで病院が選ばれがちですが、パスのようなものが出れば意識的に比較できるようになります。私たちが3年くらい前に調査したときは、病院の格差が非常に大きかったけれど、それに比べれば現在はたいへん縮小しています。医療の標準化が達成されつつあるということですね。
後藤
パスにより今までまったくなかったことが起こり始めているわけですね。一方、今後診療別に医療費が包括で支払われる診断群別包括支払制度(DRG/PPS)が出てくると、医療者側が利益を出すためには、あまり処置せずにお金だけ徴収する過小診療が起こりがちになるのではないかという議論があります。そのためにはパスを通じて情報を公開するといったことを同時に実行しなければならないでしょうね。
阿部
パス導入で先進的な熊本の済生会病院に手術を受けるために入院していたある女性の患者さんは、九州の他の県からわざわざこの病院にやって来ました。最初は地元の病院でその手術を受けるためにどのくらいの入院が必要かを聞いたら、「さあ、3週間くらいかな」とあいまいな返事しか返ってこなかったそうです。そこで済生会病院に電話で聞いたら、すぐに「その手術ならだいたい12日で退院できます」という返事でした。それなら会社の年休以内に治療できるし、退院後自宅で休養する時間もとれるという判断ができたので、熊本まで足を伸ばすことにしたわけです。その結果、彼女はきっちり12日で退院できました。パスは今後病院の生き残りのために不可欠な要素になると思います。

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