免疫学は医療の新しい視点を提供する

免疫学者の安保徹新潟大学大学院教授は、
免疫細胞の働きと自律神経系の働きが互いに結びつきあっているという
斬新な考え方をもとに、対症療法中心の現代医療に鋭いメスを入れてきた。
一方で自然との一体化や人間の内面を重視する東洋医学の役割と
可能性を説いている。
最新の免疫学の知見がもたらした新しい医療の視点をうかがった。

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安保徹 (あぼ とおる)
1972年東北大学医学部卒。現在、新潟大学大学院医歯学総合研究科教授。米アラバマ大学留学中の80年に「ヒトNK細胞抗原CD57に対するモノクロナール抗体」を作製するなど、国際的な場で精力的に研究成果を発表し続け、免疫学の最前線で活躍。著書に『未来免疫学』『医療が病いをつくる』など。

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安保徹さんの著作
『医療が病いをつくる』
岩波書店 2002年
人体の秘密ともいうべき自律神経系—内分泌系—免疫系の相互のメカニズムを解明した本。すべての病気は自律神経系の破綻によって生じているのであり、そのことを忘れている現代の医療には誤りがあると説く。

生体を守るための自律神経系支配

後藤
安保先生は人の身体の免疫系を自律神経系が支配しているというメカニズムを解明されました。そして、著書で現象を見て何かに気づくという「感性」の大切さを語っておられます。この素晴らしい発見をされた免疫学という分野に入り込まれたきっかけからお聞かせください。
安保
私は大学を卒業して研修医になった頃、たまたまがんとリウマチの患者さんを中心に診療する部門に入りました。ここでの治療は、がんなら外科手 術、放 射線治療、抗がん剤のいわゆる三本柱、リウマチなら消炎鎮痛剤とステロイド剤が中心であり、これは30年を経た現在でもほとんど変わっていません。私は臨 床で、こうした治療法ではほとんど病気を治せないということを経験しましたが、この事実もまた今日に至るまでほとんど変わっていないわけです。
そ うした治せない医療現場に2年間ほどいるうち、私は臨床というものに限界を感じたあげく、「何か新しいものが見えてくるかもしれない」と思って免疫学の研 究に入ることにしました。そこで免疫そのものの面白さに没頭しているうちに、「治せる医療に取り組みたい」という初心を忘れかけていたのです。
後藤
そんな中で、気圧の変化と体調の相互関係について協同研究をされた福田稔先生(当時、新潟県新発田市二王子温泉病院外科部長)と出会われたわけですね。
安保 1994年のことでした。福田先生が「高気圧の晴れた日に重症の虫垂炎患者が多いという印象があるけど、その謎を解いてくれないか」と言われたのです。そこではっと思い出したのが、学生時代に教わった斉藤章先生の「生物学的2進法」の理論でした。私たちの自律神経系は、主に昼間働き興奮する体調をもたらす交感神経と、夜間働いてリラックスする体調をもたらす副交感神経の2つからなります。この自律神経系が白血球の中にある生体防御の2大細胞である顆粒球とリンパ球の割合に支配されているということ。さらに顆粒球による化膿性の炎症とリンパ球によるアレルギー現象が、この支配のもとに入っているというのが斉藤先生の理論でした。こうしたことが頭にあったことから、「あっ、この理論で福田先生の疑問が解けるのではないか」と考えたわけです。
私たちは、高気圧下にあって空気が重くて晴れている時には元気が出てある程度興奮気味になりますが、こうした状態の時は交感神経が支配し、顆粒球が優位になる結果、過剰反応を起こして虫垂炎のような炎症を起こしやすくなります。W杯の直前に日本チームで虫垂炎で倒れる選手が続出したというニュースがありましたが、これも国民の大声援を受けて交感神経の興奮が高まったため、という考え方をすればぴったり説明できるのです。
一方、リラックスしている時に優位になる副交感神経は、身体を休めるほかに、消化と排泄なども支配します。ものを食べて消化管が働いている時、ウイルス、リケッチア、異種タンパクなど、いろいろな異物が入り込んでくるので、リンパ球がこれから守ろうという形で免疫系が作られたわけです。すなわち、免疫系というのはそもそも消化管が動いている時に働かなければならないという仕組みで進化してきました。すると、興奮した時ではなく、リラックスしたときにリンパ球が働き免疫機能が高まることになります。経験的に誰でも漠然と感じていたことが、現実に体内の仕組みとしてあったというわけです。
後藤
斉藤章先生の理論が世に知られるまでには、半世紀近くあったというわけですね。
安保
斉藤先生がこの理論を報告された当時は、ちょうど抗生物質が世に広まった時期と重なりました。この理論の理解が得られる前に、どんどん感染症が撲滅されて世の注目を浴びることはなかったのです。
ところが、福田先生の問いかけをきっかけにこの理論に再注目すると、感染症以外の病気でも、きわめて合理的な謎解
きに使えることがわかってきました。もともとこうした自律神経系支配という仕組みは、生体が身体を効率よく守るためにできたものだったわけです。すなわち興奮した生物というのは細胞が傷つき、大きな細菌が入ってきますから顆粒球がこれを食べて防御する。一方、消化管が働くときには、食べて処理するには小さすぎるような異物が入ってくるので、リンパ球による免疫で守るというじつに合目的なものになっているのです。
もちろん私たちはこういう生体防御の仕組みが破綻しないために生きているというわけではありません。たまには無理して興奮しすぎるために破綻が生じることにもなるし、逆にリラックスのしすぎのために破綻をきたすこともあるわけです。顆粒球の破綻は、化膿性の炎症かあるいは組織破壊による炎症がもたらされ、リンパ球による免疫系の破綻はアレルギーの現象に結びつきます。

身体の片寄りは自然に直る

後藤
先生は2000年に、医学界で100年間通説とされてきた胃潰瘍=胃酸説をくつがえす顆粒球説を示されていますね。一貫して免疫学を研究される中から、現代医学に対する新しい視点を切り開かれたわけですか。
安保
同じ免疫学でもいろいろな分野がありますが、その中で主流となっているのは、利根川進さんが取り組んだ胸腺におけるT細胞の分化とか、B細胞の抗体の多様化といったテーマです。そうした分野は研究者も多く競争も激しいのですが、私はそれらのはざまのなかにこそすごい大発見があるのではないかという予感がしていました。そこで、NK細胞とか胸腺外分化など、進化したものからみると少数派といわれる細胞の研究から入っています。免疫細胞の自律神経系支配などという研究は、少数派どころか誰も手がけていない分野でした。そうした中から出てきたのが胃潰瘍=胃酸説の否定です。
よく考えてみれば、胃酸というのは消化液であり副交感神経支配です。すなわちリラックスの極限で胃腸がよく動き、酸が分泌されていることになります。ところが、医学界では100年もの間、酸が悪者扱いされてこれが組織破壊をして胃潰瘍を起こすのだとして制酸剤が投与されてきました。このことにはどうも違和感があります。それこそ宇宙の法則とか自然の流れに即していないわけです。そこで、「あっ、これは何かある」と考えました。
胃潰瘍はいろいろなストレスが加わった結果、交感神経緊張状態になり、血流障害が起こり、粘膜下に顆粒球が出現する状態と考えることができます。その結果、食欲もなくなり、胃酸も出なくなるのですが、消化液が出なければその人は破綻をきたすことになるわけです。すると人間の身体の中ではそれから脱却しよう、治ろうという反射が起きます。そこで突然、空の胃が動き出して消化液が出て、ご飯を食べていれば治るというメカニズムが働きます。この反射は副交感神経の極限で起こって、痛みを伴います。そのわけはプロスタグランジンとかヒスタミンという化学物質が分泌され、これらが血管を開いて発熱して痛みを伴う反射を起こすからです。
ですから胃潰瘍の原因が胃酸であるかのように間違いやすいのですが、じつは胃潰瘍が治るプロセスで胃酸が分泌され痛みが起こるわけです。もっとも私がこのような説を示しても、いまだに医療現場では制酸剤が投与され続けています。
同じように間違いやすいのが、潰瘍性大腸炎で起こる下痢です。下痢というのは消化管の機能の極限といえるわけですから、これも治る反射と考えられます。潰瘍性大腸炎が起きやすい20代前後の人たちが、ストレスを受けて大腸が動かなくなる結果、そのままだと便秘で苦しむことになります。そこから治ろうとするためにパッと下痢をして、それが痛みを伴うわけです。だから必ず人間の痛みを伴う反射は「治癒反応」と見なければその現象をなかなかうまく説明できません。
後藤
確かに、我々もどこか「変だ」と思いながら現代医学のお世話になっているという部分がありますね。それに対して先生は、自然に照らしてみたら「おかしい」というふうにお気づきになったと思うのですが、それは現象を素直に見ておられるということになるのでしょうか。
安保
私がどうしてこうしたことに気づいたかというと、たぶん青森県の竜飛岬という、日本でも有数の厳しい自然環境の中で生まれ育ったことと関係があるのではないかと思います。あの荒々しい風雪に耐えながら頑張って生きている人たちには、人間は自然の摂理に基づいて生きているものだということが身に染み付いているのです。ですから勉強をしている時でも、自然の摂理に反する考え方に出会うと違和感を覚えたのでしょう。
後藤
そうした中で先生は、痛みや炎症を治癒反応というふうにとらえられたわけですね。ところが、我々はこれまで痛みがあればそれを抑えよう、熱が出たらそれを下げようという対処をしてきたわけですが、それは間違いだったと先生は提言されていますね。
安保
そうです。我々の身体は、熱を下げなくても元に戻るようにできているのです。病気は交感神経か副交感神経の、どちらかに片寄りすぎた時起こるわけですが、片寄りすぎても生体は戻るようになっています。
まず副交感神経が優位な状態ではすごく身体がだるくて脈が遅くなりますが、そこで次に何が起こるかというと、プロスタグランジンという組織ホルモンが出て血管を開いて、さらにだるさを助長するような体調になるのです。その結果、顔が赤くなって次は熱が出る。すると、この発熱が代謝を亢進して生体を興奮の世界に入れ、交感神経支配の循環に戻るわけです。こうなると心臓がドキドキしてプロスタグランジンの産生が止まります。
これに対して交感神経支配の興奮が続いた場合も人間の身体は発熱し始めますが、この場合は発汗して熱を奪い副交感神経支配に向かうというサイクルができるのです。

自律神経のサイクルを取り戻す東洋医学

後藤
「自然治癒力」とか「恒常性」、「ホメオスタシス」といった言葉があるのは、人間の身体にはそうしたサイクルがあるということがわかっていたのかもしれませんね。
安保
ところが現代医学は発熱、発赤、発疹という生体反応が出す不快な症状を「悪者」扱いしてきました。熱が出れば下げる、下痢をすればそれを止めるとい うように、そのサイクルを遮断して治る機会を奪っていたわけです。その代表がステロイド剤ではないでしょうか。ステロイドは身体を冷やす効果が強く、この ことにより病気を治りにくくしがちです。たとえば、しもやけと火傷や日焼けを比べるとわかりやすいでしょう。一方は低温が原因で、もう一方は高温が原因で 組織破壊が起こるわけですが、どちらも赤く腫れ上がります。つまりこれは「治ろう」という反応のために起こっているわけです。ところが、これに対して痛み や発赤が収まるというので、一生懸命氷で冷やすがごとくステロイドを用いていれば、なかなか治る機会が訪れませんね。
後藤
よく鍼灸師や漢方医は「現れている症状は身体が病気と闘っている証拠だから、その闘いを応援してやるような治療でなければならない」という言い方をしますね。
安保
病気というのは、いろいろな無理やストレスが重なって交感神経支配になった結果、熱を持って赤く腫れ上がって起こるものだけではなく、逆の場合もあります。とくに治るほうの反射としてリンパ球が増えて副交感神経支配の極限になると、血管の開き過ぎでうっ血が起こります。こうした時、身体にとって異物である鍼や苦い漢方薬など、身体にとって「いやなもの」をちょっと入れると交感神経がピッと開き、その結果うっ血が取れるという考え方ができます。
たとえば酢の物を口に入れた時に唾液が出てくる反応も同じようなものです。この場合は副交感神経刺激になります。酢は炭水化物をイースト菌が消化した結果、炭酸ガスと水になった「老廃物」ですから、身体は「酸っぱくていやなもの」としてこれを排除しようとするわけです。その酢を我々は健康食品としてきました。
このように東洋医学には、「体内に刺し入れられる異物」や「酸っぱくていやなもの」を取り入れ、これを排除しようという反射をうまく利用するという知恵がありました。これが医学の本質だと思います。
後藤
対症療法に限界があるとはいえ、あまり痛がっているという症状を放っていると身体は体力を消耗するので、やはりある程度痛みを和らげる治療をしたほうがいいという考え方も出てきますね。そのへんはどう調和をとるべきでしょうか。
安保
痛みがあまり強いとショックになるでしょう。そもそも痛みというのは交感神経だから、今度は副交感反射を誘導して血管を開いて血流をうながすことにより、痛みを抑えるサイクルに持っていけばいいわけです。ここで注意しなければならないことは、血流がさかんになること、消化管の運動が活発になること、免疫が向上すること、分泌現象がよくなることの4つは、いずれも副交感神経支配で同時に起こるということです。逆に一つでも止めれば全部とまるわけで、冷やしすぎれば免疫能も下がるし、下痢を止めるために消化管の動きを抑制すれば血流も悪くなるわけです。このように4つのシステムの連動を知っていれば間違えた治療法も生まれてきません。
たとえば、胃潰瘍で胃が痛い人や潰瘍性大腸炎で下痢の患者さんには、何かストレスを抱え込んで暗い顔をしている人が目立って多くいます。ですからその不快な症状を止めるのではなくて、まず仕事上の無理をやめてもらったり、カウンセリングで悩みを解決するといったことが大切です。同じ療法の治療家でもうまい人とへたな人がいますが、これはそうした意識を持てるかどうかということです。名人といわれる治療家は、自然の法則に照らし合わせて患者さんの自律神経を整えていくということを、治療家の勘として持っていることになります。

破綻の原因は外部よりむしろ内部

後藤
先生は免疫学の専門家として、現代医学は自然の法則と照らし合わせると「どこかが違う」ということを指摘されてきたわけですが、そこで東洋医学に関心を持たれることになったわけですか。
安保
東洋医学はまさに生体反射を利用して自然治癒力を引き出すという世界ですね。ただ、そういう療法だけではまだ不十分です。何かその患者さんが破綻をきたすような理由があるはずだから、そこまで探り出して、ともに意識の上で解決していくという協同作業も必要になります。それがなければ患者さんは不安や悩みを抱えたままで、手技などにより一時的に症状は取れたとしても、家に帰ると具合が悪くなっているということが起こりがちです。
たとえば、がんは交感神経が緊張した消耗の極限で出てくるものです。消耗すると顆粒球が増えてきて、これが粘膜を破壊して上皮細胞に発がんの母体を作り出します。ですから、内部の異常=消耗によってがんが起こるという概念が必要なのに、これまでの治療法ではむしろ消耗を促進するので、治る方向が見えなくなるということが少なくありませんでした。
消耗から立ち直るためには、生活パターンを変え、血流を増やして免疫能を高め、消化管を働かせ、分泌をよくするという環境を全部整えることが必要です。ここでたとえば鍼灸だけを取り入れたり、キノコ食品だけを食べ始めてもがんは克服できません。
後藤
それを聞いて思い出すのが、1990年に米連邦政府議会技術評価局で出されたアンコンベンショナル・キャンサー・トリートメント・レポート(がんの非通常療法レポート)ですね。これはがん治療においては、抗がん剤も外科手術も放射線療法もどれも無効というショッキングな内容のものでした。それがきっかけになってアメリカ国内で自然療法というものが芽生え、人々の関心が代替療法や健康食品に移りました。やはり一つだけやってはだめだということになりますね。
安保
発がんの原因にしても、今のアメリカや日本ではそれを外からの要因に求めすぎる傾向があります。たとえば紫外線が悪いとか、魚の焼け焦げが悪い、たばこが悪いということになりがちです。ところが、がんになった人は無理しすぎるとか、大きな悩みを抱えていたとか、痛み止めのために身体を冷やすといったことをしているなど、内部に異常があるはずなのです。そこを見抜けないから、がんに立ち向かう力が出てこないのだと思います。
我々の破綻を招くものは、まれには暑さ・寒さや厳しい風雪など、外からの問題もありますが、現在では大半は住居で守られ、冷暖房で守られ、衣服で守られるというふうにその心配はほとんどなくなっています。ですから、自然の脅威よりも、無理のし過ぎや間違えた考えを持つなど、我々の内部から招く破綻のほうが圧倒的に多いと思われるわけです。たとえばやたらくよくよ悩んだり、あるいは人を恨んで暮らすと、交感神経が過剰緊張を起こして、あげくに血流が悪くなり、免疫力が落ちてしまいます。
がんが外からの作用で偶然起こるものだと考えるからみんなすごく恐怖感があり、がんになった人は「どうして私だけが」という考え方になりがちです。そうではなく、がんは何かつらいことがあって、「泣きっ面にハチ」のようなかっこうで起こっているのです。そこで素直に、頑張り過ぎや、悩みのかかえ過ぎを改めることから、がん治療が始まると考えればよいわけです。
後藤
素直に考えればいいということになれば、すごく安心できるし、自信を持って生きていくことができます。このとても大切なことが、今の医療の世界でも忘れられているのかもしれません。先生のご提案はそうしたものを思い出させてくれるように思います。

 


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