ピンピンコロリを目指した「健康支援」のあり方を考える

医療だけが我々の健康や長寿を支えているというのは「幻想」だった――。
健康日本21プログラムの策定に取り組んだ
首都大学東京大学院・都市システム科学専攻の星旦二教授は、
そんな衝撃的な事実を明らかにする。
健康を創造するうえでもっとも重視すべきなのは生活習慣や支援環境、
それに生活を取り巻く水や空気だという。
エビデンス(科学的根拠)に基づいて示された健康と長寿を
支援する要因を聞いていく。

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星 旦二 (ほし たんじ)
首都大学東京大学院都市システム学科教授。1978年福島県立医科大学卒業後、東京大学医学部公衆衛生学研修室に入学。87年東京大学にて医学博士号取得、その後英国ロンドン大学熱帯医学公衆衛生大学院留学。99年4月東京都立大学大学院都市科学研究科教授。日本健康教育学会理事、厚生労働省健康日本21計画策定委員会委員等各種の公職を歴任。研究テーマは生涯現役研究、健康規定要因に関する研究、生活習慣と健康に関する研究。専門は公衆衛生学、健康政策学、予防医学。

医療は健康に貢献したのか?

後藤
星さんは医師でありながら、健康創造のために医療よりも「健康支援」が重要であるという提言をされていますね。私たちコメディカルに関わる者としては思わず身が引き締まるお話ですが、どうしてそのような考え方が出てきたのかをお聞きしていきたいと思います。
まず私自身がなぜ医者になったかについて、お話しましょう。私の父は会津の大工でしたが、私もあとを継ぐつもりで工業高校の建築科に入学しま
した。ある理由があって高校を中退したのですが、その後、父が52歳という若さで急死しました。そこで医者になろうと決意し、医学部に入学したのです。その私が、人が元気で長生きするためにはどうすればいいのかを調べれば調べるほどわかってきたことは、医療や医学はそれほど健康に寄与しないということでした。日本を見渡しても医療が整った都会の人が長寿であるわけではなく、無医村が長生きの地域です。大切なのは医療よりも、楽しさや生きがい、それからお互いに支え合うネットワークなどであることがわかってきました。
後藤
ご専門は「健康科学」という分野ですが、その仕事の一つとして厚生労働省の「健康日本21」の策定に参加なさっているわけですね。
策定委員の1人にさせていただききました。WHO(世界保健機構)は、健康づくりを支援する環境を整備しようと、1986年に「ヘルスプロモーション」という考え方を提案しています。そして、1991年に健康を規定している要因として、医療のほか教育、輸送、住居、都市開発、労働、工業生産、農業などを掲げているのです。これと同様に、我が国でも健康日本21というプログラムの策定を進めており、私はいかにエビデンス(証拠)を使いながら、より効果的・効率的な施策につなげていくかという提案をしています。エビデンスを蓄積するためには、統計だけではなく、事例研究も必要であり、あるいは元気なおじいちゃんやおばあちゃんから話を聞くことも大切です。また日本では、医療の専門家と一般の患者や住民たちとの健康知識の格差が大きいですね。かつてイギリスのサッチャー首相は「ペーシェント・ファースト(患者第1主義)」という考え方を打ち出し、これによりイギリスでは大改革が行われました。私たちはペーシェント・ファーストに基づいて、専門家と一般の人たちの知識格差を埋めていくことも、大切なテーマとしています。
後藤
私は医療専門職が健康に寄与するためには、それぞれの臨床の専門知識だけでなく幅広い知識を備えたゼネラリストであってほしいと考えています。健康はまさしく生活をどうすべきかといったことから考えていかなければならないわけですね。星 その通りです。アメリカでは1979年にジミー・カーター大統領が「ヘルシーピープル」という考え方を打ち出しました。これによると、健康を規定する要因として、保健医療の役割が1割、日常生活習慣が5割、環境の役割が2割、そして遺伝の役割が2割というふうに示されています。これがきっかけで、人々は環境や代替医療といわれるものに注目することになったのです。

きれいな水と空気は長寿の要因

後藤
健康と長寿のためには、生活習慣が飛び抜けて重要な要素ということになりますね。
そうですね。日本人の平均寿命は世界1ですが、じつは男性の平均寿命は2004年にアイスランドに追い抜かれました。その理由は喫煙率が高いことと働きすぎであり、とりわけ早死にする最大の危険因子は喫煙です。一方、もっとも長生きするのはやや小太りで、総コレステロールが240ミリグラム/デシリットルと高めの人であることがわかっています(図1)。
ところが、これらの事実に対して、残念ながら「医療こそ重要」と考えられることが多いため、たばこをやめない医師が少なくないし、太りすぎの保健師が健康指導を行っているというのが現実です。また、私たちが一1995年の全国808の市の市役所の標高と平均寿命の関係を調べたところ、上流ほど長生きをすることがわかりました。1000メートル上がるごとに男性は平均2歳、女性は平均1歳長生きし、もっとも早く死ぬのは海抜0メートルの地域という結果が示されました。これだけですべてを説明できませんが、きれいな水や空気などの環境が重要であることを示すものだと思います。
それからなかなか理解してもらえませんが、感染症の撲滅というのは、抗生物質によって実現されたものではありません。基本的には、上下水道の普及や、手を洗うとか、新鮮で栄養の豊かな食品の摂取など、経済力を背景にした毎日の生活行動様式に規定されます。さらに、アメリカでは胃がんの死亡率が低下しましたが、その理由は冷蔵庫が普及して塩蔵保存した食品を摂る必要性が減ったからです。子宮頸がんはパピローマウイルスへの感染がもとで起こるがんなので、シャワーの普及によって身体を清潔にすることで予防できる可能性が高くなりました。このように健康を規定するのは、日々の豊かな生活であって、決して健診でもワクチンでも、抗生物質でもないというのが科学的事実なのです。健康に対する医療の貢献は大きくありません。
後藤
医療が健康に貢献しないというのは、我々にとっては大変ショッキングなお話です。日本の国民皆保険は世界に冠たる制度といわれてきましたが、このことが日本人の世界1の長寿に結びついているというのが、世界の人々の認識なのではないでしょうか。
それはまったくの幻想ですね。確かに日本では保険証さえあればどこの医療施設にでもアクセスできます。すばらしいことですが、一方で、人々はあまりにも医療に依存し、はしご受診をしています。また、世界の中で日本ほど生物製剤を使ったり輸血が行われたりしている国はありません。そのようにして30兆円もの医療費が使われているわけですが、それが豊かに健康に人生を送ることに使われているとは限りません。医療側にとって仕事は成功報酬ではなく出来高払いであるため、治らないほうが儲かる仕組みになっているのです。反対に、人々が健康に生きれば生きるほど、豊かになればなるほど、また病気を治せば治すほど、医者の収入が減ってしまうことになります。無医村のほうが長生きするという現象は、マイナス効果だと思います。これに対して世界の動向は、人が健康になり豊かになるほど医療関係者は儲かる仕組みになっています。だからこそ予防が重視され、代替医療が用いられ、痛み止めのためにハーブを飲んだり、鍼灸を使うことになるわけです。そして、心臓のバイパス手術を行う前にたばこを止め、体重を減らして心臓の周りの脂肪を取るという工夫がなされています。また、私たちは、1.3万人の高齢者の追跡から、介護保険サービスを利用すればするほど、早く死んでしまう可能性があることを明らかにしています。背景としてサービスを受ければ身体を使わないために機能低下する廃用症候群に陥るからだと考えています。

患者本位のインフォームド・チョイス

後藤
最近の介護保険制度改正により、介護を予防重視に切り替えたのは根本的にはいい方向といえるわけですね。
はい。世界の中で介護保険があるのは日本とドイツだけですが、ドイツは6ヶ月以上寝たきりにならないと保険は適用されません。日本でいうと介護レベル3~5の重症でなければならないのです。ところが、日本はレベル1、2でも介護を受けるために、急激に機能低下することになります。介護サー37 36ビスの提供者にとっては、介護レベル1から2に上がったほうが収入が増え、5から4に下がると収入が減るわけです。そうなると、よほどの人格者でもない限り、要介護者のことを考えて良くなるために努力するということはしないでしょう。
後藤
なるほど、そういう仕組みになっているならば大きな問題ですね。
日本の医療は医者の性善説の上に成り立っているのに対して、世界は逆に医者の性悪説が大前提になっています。ですから、世界では成果主義を導入して、人が健康になればなるほど医者が儲かる仕組みに切り替えました。そこで私たちは日本でも、成功報酬型の医療にするため総務省に医療特区を申請しようとしています。その中身はじつに単純で、要介護者一人当たりの支給医療費を固定して、その施設への登録人数に応じて支払うということです。これにより、副作用の少ない効率のいい健康支援をし、必要以上の医療や介護サービスを提供せず、高齢者に自分で動くよう促すプログラムが必要になるし、健康になればなるほど儲かり、逆に悪化すれば損をする仕組みとなります。大事なことは、それぞれの施設で介護支援サービスを受けている人がどうなったかといったことを公的機関がきちんと情報公開していくことですね。イギリスなどは、各病院群の死亡率も発表するようになりました。
後藤
あれは衝撃的なできごとでしたが、日本ではそのことの重要ささえもあまり伝えられていないようですね。
インフォームド・コンセントのほうは「契約」ですから、医療の説明は受けても「この治療法はいやだから別の方法を」と選ぶ自由はありません。一方、インフォームド・チョイスは、2つとか3つとかの選択肢の中から医療ないし代替医療を選ぶことができるわけです。世界はペーシェント・ファーストの方向に流れているのに、日本ではまだ残念ながら医療中心、専門家中心で、患者が選ぶための情報が十分提供されていません。じつは健康日本21にもインフォームド・チョイスという概念が入っていて、今後日本でもこの考え方を大きく展開していこうとしています。

予防医学を重視した長寿県

後藤
今日世界1の長寿国となった日本では、具体的にどんなことが健康を支援する要因となっていたのでしょうか。
日本ほど国民が働く国はないし、こんなに自殺が多い国もありません。それにも関わらず何故平均寿命が伸びたかというと、読み書き・そろばん、すなわち生涯学習という要素を挙げることができます。また、こんなに水がきれいな国はないし、全国ほとんど豊かな緑に包まれています。他に日本には衣食住、経済、仏教、急流、緑、勤勉さなど様々な要素があり、医療の役割はわずかなものだと考えられます。
後藤
先ほどの標高が高い地域ほど長寿になるというデータなども、水と空気がきれいだからではないかという解釈でしたね。
日本で長寿県として躍進めざましいのは長野県です。男性の長寿が全国第1位、女性が全国第3位となっています。長野はなぜ長生きかといえば、やはりきれいな水と空気を、大きな要因として挙げることができるでしょう。一方、長野県の一人当たりの医療費は全国で最少であり、医者の収入も最低レベルです。ところが、保健師の数は全国トップレベルで、予防活動にはもっともお金をかけています。そして長野県で驚くべきことは、肝臓がんの発生率が全国平均より約四割少なく、大阪府の死亡率の3分の1だということです。肝臓がんはC型肝炎ウイルスの感染が大きな要因であることが知られていますが、長野は地域医療を推進した人格者が多いことや医療過疎のおかげで「医原病」を少なくできたことになります。医者がいない地域は長生きであり、その大きな理由は肝臓がんの死亡が少ないという、笑えない事実です。全国に当てはまる事実です。また、長野県は20~40代の死亡率は、青森県の半分にしかならないというデータもあります。若い人が死なないということが長野県の最大の特徴であり、一方、青森の若い人の死亡率が多いのは、出稼ぎが多いためと考えられるのです。すなわち健康の問題というのは収入を含む社会経済的な問題とか、仕事が終わって一家団欒の時間があるかどうかとか、実に様々な要素と関連していることになります。

スピリチュアルとダイナミックス

後藤
WHOでは健康の概念に「スピリチュアル」を入れるかどうかという論議が持ち上がって、まだ結論が出ていませんね。このスピリチュアルというのはどういう意味でとらえたらよいのでしょう。
読み書きそろばんのようなもので、日本人は、ほぼ全員が本質的なことが理解でき、生きがいの概念を持つ点で、スピリチュアルに共通する健康要素になっていると思います。たとえば韓国や中国では、山奥に行くとすしは食べられませんが、日本はどこへ行っても食べることができます。それは地域ごとにどの魚が食べられるか、あるいは食べるためにどうやったら菌の繁殖を抑えられるかとか、おいしく食べるための調理ができるかという知識が行き渡っているからです。それは文化であり、その背景にあるのが読み書き・そろばんだと思います。食環境を支援する保健所の力も大きいのです。たとえば世界的な調査研究では、「自分は健康である」と思っている人は10年間ほとんど死なないし、「健康ではない」と思っている人は10年間でだいたい4割が死ぬことがわかっています(図2)。
スピリチュアルとはこのことです。買い物に行く人はほとんど死にません。ですから配食でサポートすることではなく、自分で買い物に行くというスピリチュアルが大切なのです。私たちの2.2万人の2年間の追跡調査でも、ほぼ同様の結果でした。
後藤
WHOはもう1つ「ダイナミックス」という提案をしています。これはどういうことなのでしょうか。
それは簡単にいえばものごとを小さくとらえないで大きくとらえるということです。一時点でものを決めたり、あまり小さいことにとらわれないということになります。私の例を考えても、もし父が死ななければ医者にならなかったし、こんなに勉強することもなかったかもしれません。そういう考え方をすれば、人が病気になることも、子どもが不登校になることも必要かもしれないという考え方もできるわけです。病気になったときはその後の人生を豊かに生きるためのチャンスかもしれません。不登校は心が優しい証拠であり、感受性が豊かな証拠であるともいえるでしょう。そのときだけのことでものごとを決めつけないで、長期のスパン(期間)で見ればそこに必ず意味があるはずです。

アンチエイジングではなくウエルエイジング

後藤
星さんは代替医療の価値を認めておられますが、最近日本では代替医療についての考え方が、「サプリメントを飲むこと」というふうに偏った考え方に向かっているようです。本当の意味での代替医療とは、今までの医療が見落としてきた伝統医学に着目したり、生活習慣を見直すことによって健康に結びつけるというものだったのではないでしょうか。
現代生活においてまともな食生活をしていれば、サプリメントなど利用する必要はありません。代替医療はコストが小さく、副作用が少ない医療であり、世界ではそれを導入することによって医療関係者が儲かる医療制度が作られているのです。アメリカは、総医療費の4割近くが代替医療に使われていますし、より高学歴でより高収入の人たちを含む約五割の人が活用しています。ドイツでは森林療法や温泉療法に保険が使えるようになっています。これに対して日本でも、代替医療をはじめとして、健康を幅広い視点から検討しようというプログラムが動き始めています。経済産業省は、35億円という予算を確保し、全国にモデル展開しようとしているところです。その中できわめてユニークなプログラムとして、「笑い」によって血糖値を低下させることができるかどうかを検討しようというものがあります。また、林野庁では、森林療法がどの程度意味があるのかを検討した「森林医学」という冊子を刊行する予定ですし、全国的に森林セラピー基地を展開していく計画です。
後藤
現在は高齢化社会といわれますが、この状態をマイナスのようにいう論調が少なくありません。その中で最近「アンチエイジング」というものが流行しています。しかし、高齢化社会というのは、平和で豊かでなければ絶対やって来ないのですから、むしろ高齢化社会は喜ばしい状態なのではないでしょうか。アンチエイジングではなく、加齢を喜んで受け入れる「ウエルエイジング」こそ大切なのではないかと思います。星さんのおっしゃる健康生活モデルも、そのような考え方なのではないでしょうか。
その通りです。肥満や高脂血症、高血圧などが重なった状態を「メタボリック・シンドローム」と呼ぶようになりましたが、加齢に伴うこれらの現象が悪いことであるかのように指摘されているわけですね。しかし、人は誰でも老化に向かい、いずれ死んでいくわけですから、そうした障害が出てきたり病気になることは、けっして悪いこととしてとらえるべきではないと思います。豊かに人生を老いていき、みんなに「ありがとう」と言えるようになっていく公的責任としての基盤整備こそ大事なことだと思います。やがて「障害」とか「患者」というふうに、価値を押し付ける言葉も無くなっていくことでしょう。「視力障害」ではなく、「視力低下」なのです。加齢に抵抗することではなく、長寿で寝たきり期間を短くする「ピンピンコロリ」こそ大切だと思います。私は健康日本21の総論の中で、こうした考え方を提案しました。

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