脳・身体・環境の調和を図って美しく年をとる

季節を感じる行事に参加したり適度な運動を習慣にすることが、
痴呆の予防や改善には効果的だという。
このことは、脳の機能もまた身体や環境との関わりの中で
とらえなければならないことを示唆している。
医学の最先端である脳神経科学の分野でも西洋医学と東洋医学を
統合する視座が必要だと唱える酒谷薫先生に、統合リハビリテーションの
可能性と理想的な年齢の重ね方について語っていただいた。

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酒谷 薫(さかたに かおる)
日本大学医学部脳神経外科教授1981 年、大阪医科大学卒業。1989 年、ニューヨーク大学医学部脳神経外科助教授。1996年、北京中日友好病院にて東洋医学と西洋医学の融合的研究を始める。2003 年より現職。医学博士、工学博士。現在「元気で長寿百歳倶楽部」を主宰。著書に『なぜ中国医学は難病に効くのか?』(PHP 研究所)など。

「脳トレ」は効果があるのか

後藤
最近、脳への一般の関心が高まっています。なかでも「脳トレ」といって、計算したり、漢字を書いたりして脳を鍛えるのがブームです。この傾向はいったい何に由来するんでしょう。
酒谷
脳への関心が高まった理由は2つあると思います。一1つはこの10数年の間に、脳の活動を画像化できるようになったことです。それまで専門家が脳波を分析しないとわからなかったようなことが、機能的MRIや光トポグラフィーといった計測機器が発明されて、しゃべったり、計算したりしているときに、脳のどの部分が活動しているかということが、誰でも目で見てわかるようになったんです。
後藤
テレビでもよくやっていますね。脳の活動している部分が赤くなって、そうでない部分が青っぽくなって。
酒谷
もう1つは、痴呆に対する恐怖心が一般の人にすごく広がったことです。これとよく似た現象で、1960~70年代に、がんノイローゼというのがあったでしょう。あのころ、ちょっと胃が痛いと、俺はがんじゃないかと思いましたよね(笑)。当時は死亡率が高くて、がんは恐い病気だったんですね。それが、治療効果が上がり予防医学とか検診制度が整えられて、初期であればだいたい治るようになってきた。じゃあ次に何が残るのかというと、痴呆なんです。痴呆を治すことはいまのところなかなか難しい。いったん痴呆になると戻らない。みんなそのことを知っていて、自分が自分じゃなくなることへの恐怖心をもっている。だから、脳がどういう働きをして、どうなったら痴呆になるのか、またそうならないためにはどうすればいいのか、ということを知りたいんじゃないでしょうか。
後藤
計算をして脳を鍛えるとボケないというイメージがありますが、あれは本当なんでしょうか。
酒谷
確かに計算をすると前頭葉は活動します。脳の血流は活動したところで増えますから、計算によって前頭葉の血流は増加するんですが、活動をやめるとまたすぐ元に戻るんです。認知症になると脳の血流は減るんですが、それは活動しているときではなく、安静時のことをいっているんですね。だから、活動させて血流を増やせば痴呆を防げるかというと、そう単純なものではありません。 また、計算というのはストレス負荷でもあるんです。たとえば、われわれが前頭葉の機能を調べるときに、計算によって脳に負荷を与えます。メンタルストレスの代表的なタスクが計算タスクなんです。ですから、計算をやっている人はストレス・タスクを受けているとも考えることができるんです。
脳を使うこと自体はとてもいいことで、それによって老化を防ぐことは十分あり得ると思います。問題はどうやって使うかですね。単純な計算をどんどんやらせてストレスを与えるよりも、たとえば本を読んだり、映画を見たり、あるいは外に出て自然とふれあうことをとおして、身体全体で脳を活性化する。ぼくはそのほうがいいと思います。
後藤
全身を使って、もっと楽しいことをしたほうがいいということですか。
酒谷
そうですね。認知症の患者さんを扱う施設の人が、いちばん効果のある治療法として言っていたのは、花見とか月見などの季節の変化を感じる行事に連れていくことです。そうすると頭がはっきりするらしいんですね。この季節を感じる行事が脳を活性化するというのは、中医学の整体観念と一致していると思うんです。まず脳が身体を動かしますよね。逆に自然が身体に影響を及ぼして、身体から脳に影響も及ぼします。中医学の整体観念からすると、この双方向の調和が保たれている状態がいちばんいいということになりますね。われわれ西洋医は、脳があったら前頭葉や頭頂葉などに分けていきます。身体の場合も臓器に分け、さらに細胞レベルまでどんどん分けていきます。ぼくは、この西洋医学の要素へと還元していく考え方を「要素還元医学」、中医学のお互いの調和と相互作用を大事にする考え方を「全体調和医学」と呼んでいます。計算タスクは脳だけを活性化するものですから要素還元医学的で、月見のほうは全体調和医学的といえます。

ベン・ケーシーにあこがれて

後藤
脳神経科学というと最先端の医学ですね。それをご専門にされている先生が、中医学にも関心を向けらおられる。先生が中医学に出会ったいきさつについて、医学の道に進んで脳神経外科を選ばれた理由からお話しいただけますか。
酒谷
子供のころ、アメリカの白黒テレビ映画「ベン・ケーシー」にあこがれて、ベン・ケーシーみたいな脳外科医になりたいと思ったんです。父が眼科医だったので、どちらにするか迷ったんですが、初心を大切にして脳外科の道を選びました。1981年に大阪医科大学を卒業して、そのまま大阪医科大学病院の脳神経外科に入局し、6年後に医学博士号のコースを終えて、ニューヨーク大学の脳外科に留学したんです。そこのランズホッフ教授が、なんとベン・ケーシーのモデルだったんですよ。ドラマの舞台はニューヨークのベルビュー病院という市立病院なんですが、それがニューヨーク大学の付属病院だったんです。病院にあるランズホッフ教授の教授室へ挨拶にいったときに、ベン・ケーシーのサイン入りの写真が飾ってあるので、なぜかと尋ねたら、これは私がモデルなんだと教えてくれまして。
後藤
縁というのは不思議なものですね。
酒谷
そこの脳神経外科研究所で、一時イエール大学の神経内科を兼任しながら、5年近く働いたんですが、とくに脳卒中とか神経外傷の研究をやっていました。そのあと1995年に、JICA(国際協力事業団=当時)専門家という立場で、北京の日中友好病院で脳外科や神経科学といった西洋医学を教えるようになったんです。
後藤
日中友好病院から日本に戻られて、現職に就かれたわけですね。そうすると北京で中医学との出会いがあったんですか。
酒谷
北京で知り合った中医が、脳循環をよくする漢方の注射薬の効果を知りたいと、共同研究を申し入れてきたのがきかっけです。まず急性期の治療に漢方薬を使っていることを知って、ぼくの漢方薬や中医学のイメージが大きく変わりました。そして、互いに西洋医学と中医学を教え合っているうちに、彼らの考え方がとても斬新に感じられるようになったんです。中医学は経験と勘だけのあやふやな医学じゃないかと思っていたのが、とても論理的に考えている。 ある患者さんをどういうふうに診断したのかと尋ねると、丁寧に診断プロセスを図示してくれるんです。われわれ西洋医は解剖学を基礎にして臓器の絵を描きますが、彼らの場合は、コンピューターのブロック・ダイヤグラムのような図を描いて説明するんですね。たまたま同じ北京で知り合ったある物理学者が、複雑系の数学モデルを用いた生体モデルを考えていたんですが、その人の論文に載っていた生体モデルの図と、中医学の五行を基にした臓器機能の図とがすごく似ていた。そのとき、中医学の生体モデルというのは一種の生物の数学モデルなんだと思いました。西洋医学がまだ取り入れることができない、非常に高度な考え方をベースにした医学が、中医学だと思ったんですね。そのようにして、西洋医学と中医学の両方の目で見ることによって、患者さんの状態をもっと立体的にダイナミックにとらえるとができるのではないか。また、お互いの欠点を補うような新しい医学ができたら素晴らしい、と思うようになったわけです。

統合医療の理想的なあり方

後藤
いままでの医学と違った医学を取り入れていこうという先生のお考えは、まさしく統合医学だと思います。ご専門の脳科学の分野でも、そういった統合はこれから進んでいくでしょうか。
酒谷
そう思いますね。いま脳の機能とストレスに対する反応を研究しているんですが、これは脳だけを切り離して研究できるものではない。自律神経やホルモ37ンなども含めて考えていかないといけません。ですから、中医学の発想の中で脳と身体の機能をもう一度とらえ直して、最新の測定器具を使いながら、脳と身体の関係を考えていこうとしています。
後藤
そういう視点で研究されていて、何か面白い発見はありましたか。


 

 
酒谷
最近は前頭葉のストレスに対する反応に注目しているんです。計算タスクによってストレスがかかったとき、前頭葉の右脳と左脳の両方が活動します。
ストレスがかかると脈拍も上がりますから、その程度と、前頭葉の右脳と左脳の活動のバランスを見ていくと、左脳より右脳が強く活動する人ほど脈拍が上がることがわかってきた。つまり、右脳と左脳の活動のバランスで自律神経の機能をつかさどっているんではないかと考えられるんです。
前頭葉は意欲とも密接にかかわっていて、元気で活発な人は右脳のほうが強く活動しています。これらを東洋医学に結びつけて考えると、いわば右脳が陽で、左脳が陰ではないかと。その陰陽のバランスで自律神経の機能が制御されているといえるのではないかと思うんですが。(図1)
後藤
中医学では脳という臓器はないんですよね。感情の働きをコントロールする「上丹田」というところが眉間にあるんですが、脳の機能は全身に分散されています。
酒谷
白川静さんの本で「脳」という漢字の起源を調べると、つくりの上の3本線は髪の毛、その下は子どものしゃれこうべの縫合線を表しているそうです。そして偏の「月」は臓器を表している。つまり脳の存在は知っていたんだとは思います。
後藤
先生のご研究から、ストレスからのメンタルヘルスケアを考えていくときに、脳の一部だけを薬によって抑制したり活発にさせたりするだけでは、もう対応できない。もっと身体の全体を見なくてはだめだということになります。そうすると東洋医学でいうところの漢方薬とか、鍼灸、気功などを、先生の研究と結びつけていく方向性もあるんですか。
酒谷
それはすごく大きなテーマですね。とくに今後、ストレス社会や高齢化社会が進んでいくと、治癒が困難な病態に対しては、薬だけで対処することは絶対無理だと思っています。そのなかで鍼灸とか代替医療が効果を上げられる可能性はあります。たとえば全体調和的医学の図でいうと、自然から身体へというのは、アロマテラピーがそうですよね。身体から脳へというのは、気功とか鍼灸による刺激が考えられます。ただ問題は、その効果をどう検証していくかですね。いままで研究者はそういう研究に目を向けてきませんでした。ぼくはそれをきちんと科学の土俵に上げて、効果やメカニズムを検証することが必要だと思います。 中国で中医学と西洋医学を統合しようという「中西結合」という概念がありますよね。あれを進めているのは中医なんです。ぼくの目から見て、中医が中心になった中西結合は科学の部分が弱い。純粋に分析的なとらえ方ができていないという印象があるんです。だからぼくは科学が基礎にあって、そのうえで中医学と西洋医学を結びつけていくのが大事だと思います。じつは現在、後藤学園OBの北川毅さんに来ていただいて、鍼の効果を研究し始めたところなんです。これをきっかけに、鍼灸師さんに科学トレーニングをしてもらって、うまく後藤学園とのコラボレーションによる統合医療を実現していきたいと思っています。

運動と痴呆の関係

後藤
後藤学園は、「私たちが学ぶ技術は、芸術であり科学である」ということを標榜しています。ここでいう科学はもちろん西洋の自然科学なんですが、科学がすべてだとなってしまうと、それは本当の科学ではないと思います。かつて鍼麻酔に対して、西洋医学の側が、麻酔がかかるのは毛沢東語録による暗示療法だといってしまいましたが、これは科学的な態度ではない。そこで1歩突っ込んで、本当に鍼麻酔が効くかどうかをちゃんと研究された方が何人かいらっしゃいましたが、そういう人たちこそ科学者だと思うんですね。もちろん東洋医学のほうに偏ってしまってもいけない。両方がバランスよく統合されているのがいいわけです。先生にはいま、統合医療におけるいちばん大事な哲学の部分の話をしていただきましたが、最近では介護の問題で、リハビリテーションにおける統合医療の必要性が非常に高まってきていると思います。身体を動かすことが脳にものすごく影響を与える。ですから、痴呆を考えるときに、痴呆だけに注目するんじゃなくて、そのときの身体の機能にも注目して、そちらからアプローチするのが大事じゃないかと思います。
酒谷
じつはそのことは西洋医学でも注目されています。2003年に発表されたある研究によると、週に3回以上運動する人は、3回未満しか運動しない人に比べ、年をとってきても痴呆が進みにくいという結果が出たそうなんです。
後藤
どの程度の負荷の運動を行っているんですか。
酒谷
そんなに強い運動ではなくて、エクササイズ程度です。それでも脳が活性化されることに、西洋医学も注目しているわけです。
後藤
いま転倒予防教室を後藤学園でやっているんですが、これは政府も推進しています。政府のほうは老人の施設の中にフィットネスクラブにあるような筋力増強マシンを入れて「パワーリハビリテーション」をやっているんですね。若いころからハードなトレーニングをしてきた人ならいいと思うんですが、そうじゃない老人にとってはいかがなものかと。運動によって痴呆の発症が遅れるというのはわかるんですけど、パワーリハビリテーションのようにものすごい負荷がかかる運動だと、かえってストレスになって前頭葉の働きを悪くしてしまうのではないかと思うんですがね。
酒谷
科学的にはまだそこまで検証されていませんが、それはあり得ると思いますね。それに、閉鎖された空間でマシンで身体を動かすのと、外に出て山に登ったり、自然とふれあいながら身体を動かすのと、どっちが脳の活性化に効果的かというと、やっぱり自然とふれあったほうが効果があると思います。
後藤
池見酉次郎さんという心身医学の泰斗が晩年おっしゃっていたんですが、身体が整うと、心が整うんだと。これは禅宗の、姿勢をちゃんとして身を正すと、心はおのずと定まって穏やかになる、という考え方と同じですね。われわれも、鍼灸の治療だとか、リハビリで身体を動かしてリラックスさせることで、ストレスに対する脳の働きをいい状態にもっていっているんじゃないかと、経験的に思っているんです。この延長で、日常的にどのようにすれば、脳が癒されたり活性化させたりできるとお考えですか。
酒谷
行き過ぎはよくありませんが、ぼくはマシンとかITというのは否定すべきものではなく、むしろ活用すべきものだという考えなんです。中医学の発想に基づいた健康法と、マシンやITは相反するものではない。たとえば脳の活性化には、自然とのふれあいが大事という話が出ましたけど、もう1つ大事なのは人と人との結びつきです。携帯のEメールはそのためにすごく役に立っていると思うんですね。先日うちの母親が泊まりに来たとき、朝8時くらいから友だちからメールが来て、やりとりしているんですよ。あれを見ていると、交友関係が携帯メールによって密接になっているなと思います。

ビューティフル・エージング

後藤
『えんぴつで奥の細道』(ポプラ社)という本がありますが、50万部以上売れたらしいですね。鉛筆を持って字を書いたり、ぬり絵も流行っています。でも、人とふれあうことをしないで、こういうことばかりやっていても、かえってボケてしまうんじゃないかなという気もします。
酒谷
いちばんよくないのは、たとえば、子どもがファミコンをしながらハンバーガーを食べていると、おじいちゃんがその隣で、大人の計算ドリルをやりながら健康食品を食べている、こういう図です。これは健全な年のとり方ではありません。美しい年のとり方は別にあると思うんです。ぼくはアンチエージングという言葉は嫌いで、ビューティフル・エージングだと言っているんです。ナチュラル・アンド・ビューティフル・エージングだと。
後藤
私はウェルエージングといっているわけですが、その言葉もいいですね(笑)。
酒谷
今年の初めに101歳で亡くなった三浦敬三さんは、とてもいい年の取り方をされていた。彼こそビューティフル・エージングの見本だと思います。健康のためにいろいろな運動するというのではなく、スキーをしたいという目的があって健康を維持していた。後藤 エベレストにのぼるために筋力をつけようと、荷物を担いでよく歩いていましたね。いまは健康になることが目的になっているからおかしいんでしょうね。
酒谷
ぼくは、健康はお金のようなものだと言っています。儲けることばかり考えていてはダメで、何かに使わなくてはいけないんです。
後藤
それは、すごく含蓄のあるたとえですね。
酒谷
加齢を病気としてとらえようという発想がありますが、ぼくは、年をとって脳の機能が落ちるというのは、その人の本性が出てくる最後のチャンスだと思うんです。彫刻にたとえると、若いときは粘土を合わせて像をつくっていきますが、年をとってきたら木彫のようによけいなものを削っていって、最終的に自分が残る。今まで粘土を合わせて自分という人格を形成してきたから、その延長線上で考えると恐怖が生じるんです。削っていった先に残る自分の本性がいいものであるように、そのときのために、日頃からいいものを見て、聞いて、食べて、最後の自分をいちばんいい状態にもってこられるようにするのが、大事だと思うんです。
後藤
発想を変えろということですか。年をとれば減らすことで自分を形作るようになるんだと。木の中には仏様がいるんだから、仏師のようにそれを削り出していけばいいわけですね。

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