自立した看護師が医療の未来を変える

看護師は医療におけるキー的存在であり、
高齢化や生活習慣病の増加などに伴って患者と家族に寄り添った
支援が求められる。今日、その役割はますます重要になっている。
21世紀に求められる看護師像とはどういうものか、
そしてスキルアップ、キャリアアップにはどのような方向があるのか、
真野さんが医療経済・経営の視点からアドバイスする。

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真野 俊樹 (まの としき)
多摩大学研究開発機構教授1961 年生まれ。名古屋大学医学部卒業。米国コーネル大学医学部薬理学研究員、昭和大学医学部専任講師、大和総研主任研究員等を経て現職。医学博士、MBA、経済学博士。専門・研究分野は、医療経営、医療経済、サービスマーケティング。著書に、『看護が変われば医療は変わる』(編著、はる書房)、『健康マーケティング』(日本評論社)など。

マネジメントの視点で医療を見る

後藤
真野さんは医師という立場で経済学と経営学を修められ、著書やウェブなどでも様々な提言をなさりながら、幅広くご活躍されています。その専門である医療経済や医療マネジメントという視点から考えると、これからのコメディカルがどうなっていくのか、その中でもとくに看護師がどのようなキャリアを積んで、どういう役割を担っていけばいいかということについて、お話をうかがいたいと思います。
真野
マネジメントあるいはチーム医療という視点から医療を見たときに、看護師の役割がキー的存在になると私は考えています。患者さんと接している時間がいちばん長いのが看護師です。医師の役割はもちろん欠かせませんがそれは、あくまで患者さんの診断や治療を行うという「点」としての関わりですね。それに対して看護師は、いわば「面」で患者さんに接しているわけです。
後藤
なるほど。患者さんと共有する時間が長いわけですね。
真野
昔の医療はまだ「点」でもよかったのです。たとえば結核などの感染症の場合、診断さえ正確であれば、それに基づいて薬を投与すれば病気は治せました。でもいまは糖尿病など生活習慣病の治療とか、がんのターミナルケアにおけるペインクリニックなどが医療の中で占める割合が大きくなり、広く患者さんの日常生活に配慮しつつ、「面」で接しながら治療を行う必要性が高くなっています。そうなると看護師の役割はますます重要になってくるし、経営学の視点からも、看護師が患者満足度にとってキー的存在になってきます。
後藤
真野さんはもともと薬理学を学ばれ、糖尿病をご専門にしておられましたね。それがどのような経緯で、経済やマネジメントの方向に進まれたのですか。
真野
糖尿病内科から、突然まったく異なる分野に移ったような印象をよく持たれるのですが、私の中では両者はつながっているのです。マネジメントの視点の1つでは、医療をチームワークとしてとらえます。外科などのように技術の専門性のウエイトが高いチームではなく内科を、そのなかでも、高度なチームワークが要求される糖尿病内科を選んだのは、もともと糖尿病内科は看護師、薬剤師、栄養士などが相互にサポートしながら患者さんの指導に当たっていることを考えると、最初から潜在的にチーム医療ということを志向していたのだと思います。

アメリカ留学が転機に

後藤
1995年から97年にかけてアメリカに留学されていますが、この時期からマネジメントに目を向けられるようになったのでしょうか。
真野
まさにその通りです。私が留学したコーネル大学の医学部はニューヨークのマンハッタンにありました。様々な人種や民族がひしめく大都会で、とくにマンハッタンは世界経済をダイナミックに動かす中心地ですね。そこにいると医師といえども一人の人間だという感覚が沸きたち、医療や医師というものを相対化して見ることができるようになりました。
後藤
日本では、医師というと特権階級のような意識が当時はまだ強かったですからね。
真野
日本の医療との違いでまず刺激を受けたのは、オルタナティブ・メディスンです。アメリカでは当時から、東洋医学やハーブなども含めた広い意味での代替医療に、かなり科学的に取り組んでいました。それに接して、いままで自分がやってきたことは少し視野が狭かったのかなという気持ちが生まれ、新しい分野に挑みたいという思いが芽生えました。もう1つは保険制度の問題ですね。当時のアメリカでは、お金から見た医療という視点が強く打ち出されていました。
後藤
HMO(健康保健維持機構)が盛んだったころですね。
真野
そうです。HMOによるマネージドケアは90年代がいちばん盛んでした。それによって医療が制限され、自分の理想とする医療をやりたいんだけど保険からお金がおりないといって、多くの医師が悩み苦しんでいる姿を目の当たりにしました。日本ではまだ保険は出来高払いでしたから、これはいったいどういうことだろうと思ったわけです。
後藤
お金が医療を縛るという状況を、真野さんは10年以上も前にアメリカで目撃され、いちはやく医療における経済の重要性に気づかれたわけですね。最近は日本でも医療における経済の問題を強く意識するようになってきました。医療費の自己負担も増えたし、医師にとっても思ったように保険がおりないという状況が出てきています。
真野
医療や、場合によっては介護など医療の周辺までもが、お金を中心に決まっていくいまの流れというのは、私は間違っていると思います。現実にアメリカでも、私が留学していた90年代は管理医療的な考え方が中心だったのですが、だんだん患者さん中心の医療が見直されてきています。実際、90年代に比べ、マネージドケアの伸びは沈滞化してきています。日本の医療も患者さんに寄り添う方向に進んでほしいと思いますし、そのためにも、経済や経営の視点で正しく医療をとらえることが重要だと考えています。
後藤
それで、アメリカでMBA(経営学修士)を取得し、京都大学で経済学博士を取られたわけですね。医師としてはとても珍しいのではないでしょうか。
真野
それもまさにアメリカと日本の違いでした。アメリカではMD(医学博士)で公衆衛生学の修士やMBAを持っている人がたくさんいます。日本でも、経済学博士となるとほとんどいないと思いますが、自分の病院の経営に役立てようということでMBAを取る医師は以前から少なからずいました。

看護師は「自立」せよ

後藤
最近の著書を拝見するとコメディカルに注目されています。これもご専門の医療経済と医療マネジメントから出てくるものだと思いますが、コメディカルに目を向けられたのはどのあたりからですか。
真野
もともと潜在的には関心があったと思いますが、それが理論的にはっきりしてきたのは、やはり経営や経済を学んでからですね。
後藤
コメディカルの中でも看護師のことで申し上げると、私どもでは2006年4月から、看護師の国家試験にチャレンジする准看護師のための通信制講座を始め、1学年250人が勉強しています。3月の末に合格発表があったのですが、通信制を受講していた人たちの85%が合格し、通学生を合わせると合格率は90%に達しました。
真野
それは凄い確率ですね。
後藤
みなさんとても向学心が高く、看護師になっても、さらに専門性を高めたい、キャリアを上げていきたいと考えています。こうした看護師たちに対して、何か真野さんの専門性からアドバイスがありますか。
真野
まず「自立」することをお勧めしますね。この中には自らを律する「自律」の意味も含まれます。医師のサポートをするのが看護師さんの業務であることは間違いないのですが、患者さんとの接点がいちばん多いわけですから、いろいろなことを患者さんから尋ねられたりします。これまでなら「お医者さん」に聞いてくださいということで通っていましたが、これからはそうはいきません。自分で対応できること、また対応すべきことにはその場で答え、対応できないことは医師に答えてもらう。そのための判断力や采配のバランス感覚を身につけていくことが必要です。医療における在宅診療のウエイトが大きくなっていくなかで、看護師が訪問看護ステーションを運営する道もすでに開かれています。これはまさに「自立」であって、看護師自らが経営や採算性を考えつつ、マネジメントをしていかなければならない。こういう状況を見据えたうえで、自分のキャリアアップを真剣に考える時代がきているのかなという気がします。

キャリアアップのための3つの方向

後藤
開業のお話が出たのでうかがいますが、これからの看護師がキャリアアップして自立していくには、具体的にどのような方向があるとお考えですか。
真野
大きく分けると3つあります。看護業務の専門性を高めていく方向、看護教育のスペシャリストになる方向、そして経営者として自立していく方向です。最後の経営については、先ほど申し上げた訪問看護ステーションだけでなく、病院の中で経営にタッチしていく道もあります。実際、アメリカなどでは看護師が院長になっている例がけっこうあります。
後藤
日本では法律的に看護師は院長にはなれませんが、副院長をやっている方なら少ないながらもいらっしゃいますね。ただ、医師が経営に携わるのに比べ、看護師が携わることにどんなメリットがあるのでしょうか。
真野
看護師はもともと組織人なのです。一方で、医師になる人はどちらかというと組織からはアウトサイダー的ですね。看護師はつねに組織で動いていますから、チームの人たちの気持ちもわかりますし、管理する立場になったとき、どうすれば組織が動くかということがわかる。
後藤
なるほど。いまおっしゃったことで1つ気がつきました。当学園にはいろんな学科があるのですが、そのスタッフたちを見ていて思ったのは、鍼灸師などのソロプラクティスをやっている人は、チーム医療にはなかなか馴染まないですね。リハビリテーションもまたチームワークが大切なのですが、理学療法士もソロプラクティス的なところがあるようです。そんななかで、看護のスタッフは、こちらが言わなくても組織人としてのものの考え方がきちっとできている部分があります。
真野
看護師が副院長になるというのは、そういう意味で正しいことなのだと思います。

看護職のリスクマネジメント

後藤
看護師が自立していくと、リスクマネジメントも必要になってきますね。
真野
そうですね。自立しているということは、裏を返せば責任があるということですから。いろんな決定を自分でするなら、そのリスクを負わなければなりません。アメリカでは以前から看護師がリスクを負って、訴訟で訴えられるケースもよくあります。日本ではこれまで、良くも悪くも医師まかせだったからそういうことはなかった。でもこれからは自ら決定して、責任を持たなければならない。先ほど訪問看護ステーションを経営する例をあげましたが、その場合、失敗したらつぶれてしまうわけですよね。まさに責任をとっているわけです。それと同じことが看護職にも要求されるのです。安全ということが看護職の大きなテーマでもあるわけですから、安全にも細心の注意を払わなければならなりません。
後藤
最近「ヒヤリ・ハット」といって、ふだん看護の仕事に従事していて、ヒヤリとしたこと、ハッとしたことなど、もう少しで医療ミスにつながるような経験を集積して、大きな事故を起こさないようにしようという試みが行われていますね。真野 ええ。でも「ヒヤリ・ハット」は病棟や統括する看護師長によって、集積される数が違ってきます。なんとなく情報を上げにくい空気が形成されている病棟や、上がってきても看護師長が隠してしまうケースがあるからです。
後藤
大きな失敗や事故につながらないようにすることが目的なのに、それを隠蔽してしまうというのは、何をやっているのかよくわかりませんね。
真野
そうですね。これは看護師長のマネジメント力にかかわる問題でもあります。

看護教育と専門職大学院

後藤
もう1つの教育のスペシャリストになる方向ですが、看護の臨床を経験しないで、いきなり教育現場の先生になっている人が多くなりそうだと問題化されています。
真野
どこまで極めるかというのは議論があるとしても、ある程度臨床をやっていないと、患者さんや現場の看護師の気持ちがわからないということがあるでしょうね。
後藤
このごろ普通の大学を卒業していったん他の仕事に就いたあとで、自分や家族が病気になるなどの経験をして、それから准看護師になって看護師を目指すという人が増えてきています。
真野
そうですね。大学を出てから本当にやりたいものが見つかったという人が多くなりましたね。
後藤
医療の世界以外での社会経験があって、病気のつらい体験から人の痛みがわかる、そういう人たちにこそ医療・看護の専門職になってほしいですね。また50年間、医療専門学校をやってきた立場から、医療に携わる専門職の人たちが、キャリアアップするための場としても、また学校を運営する側のステップアップという視点からも、専門職大学院という方向も考えていくべきだと思っています。とくに、一定の社会経験をしたうえで医療の道に進んできた人たちにとっては、有効な場になってくると思うのです。
真野
その通りですよね。テクニックの勉強は前の段階ですでにしているわけですし、またそこに一定の社会経験をして医療の道に進んできた人たちが入ってくると、専門職としての意識を高めると同時に、視野を広げる場としても有効に機能すると思います。

健康指向に合ったコメディカル

後藤
『健康マーケティング』という著書の中で、マイナスからゼロに戻すのが医療であり、ゼロからプラスにもっていくのが健康指向だと書かれています。このごろ、医療や介護の世界でも予防ということが注目されて、健康マーケティングという考え方が広がっていますね。こういうところでのコメディカルの役割についてはどんなふうにお考えですか。
真野
それはとても広いと思います。鍼灸マッサージの方なんかはまさにそうですね。でも、あまり医療ということに固執しないで、健康という視点で、ゼロをプラスにしていく仕事だと思われたほうがいいかもしれません。資格を持たなくてもビジネス街でOLさんなどを相手に足や手などのマッサージを開業しているところがありますね。彼らのほうが見た目はオシャレで、いまの健康指向にもうまくマッチしています。
後藤
商売上手なわけですね。
真野
技能や知識という点からはちゃんと資格を持っていたほうがいいのですが、それにこだわり過ぎると逆に視野を狭くしてしまいます。
後藤
おっしゃることはよくわかります。でも鍼灸師やマッサージ師にとっては、専門職としての意識が強くあるし、それも大事なことではないかと思うのですが、そう考えること自体、頭が固いということなのでしょうか。
真野
ケアの世界では、われわれが提供するようなサービスは、単なるサービスではなく、プロフェッショナル・サービスと位置づけています。それと同じことで、プロであるというプライドを持ったうえで、いまの人々の健康指向に合ったものも柔軟に取り入れる必要があるのではないでしょうか。

多様な分野に広がる看護師の職域

後藤
では健康という視点から、看護師にはどのような役割があるでしょうか。
真野
いま注目されているのは保健指導ですね。これはもともと保健師が担ってきたのです。でも、現場を知っているのはやはり看護師だということから、5年間の時限措置ではありますが、特定研修のあとの保健指導に関しては看護師も指導できることになりました。つまり厚生労働省が、看護師に保健指導をするためのお墨付きを与えてくれたわけだから、これはチャンスだと思います。それに企業における産業保健でも、保健師より看護師のほうが多いわけです。そういう場にもどんどん出ていかれると面白いと思います。
後藤
医療や保健以外の場にも、進出していっていますね。
真野
最近親しくしている保健師の資格も持っている看護師さんはJTBでヘルスツーリズムの仕事をしています。
後藤
私の利用する旅行会社の人も「シルバー世代のツアーでは、看護師さんに添乗してもらいたい」と言っていました。看護師に旅行のこともちゃんと知ってもらって、ツアーコーディネーターやコンダクターになってもらう、そういう教育を立ち上げてもいいなという話をしました。
真野
それはいいアイデアですね。アメリカの経営学の本にはっきり書いていることですが、医療や看護を知っている人がマネジメントを勉強するほうが、マネジメントの専門家が医療や看護を勉強するより簡単だと言います。それと同じように、看護師さんがツアーの勉強をするほうが簡単なわけです。
後藤
もう1つ当学園の例で申しますと、看護科を卒業してから鍼灸科に入る人がいます。看護師として外来で働いた経験があるので、患者さんの扱いがとても慣れているし、その気持ちもわかる。こういう人が鍼灸のライセンスを取って鍼灸院を開業するととても流行っています。看護師の資格を持っているからこそ、患者さんの状態によって、これは病院に連絡したほうがいいといった判断もできる。先に話してくれた「自立」という意味でも、看護師が鍼灸師になるという流れもとても良いことだと思っています。

介護保険と医療の将来

後藤
老人医療費のことで医療経済を少し勉強したのですが、もっと医療の資源としてコメディカルを考えていくべきですね。以前、京都大学の西村周三教授に、本誌でインタビューしたことがあるのですが、そのとき西村教授は、コメディカルが活躍できる場所がちゃんと保証されれば医療費が下がると話していました。
真野
その通りだと思います。その意味で、オルタナティブ・メディスンの役割もまたさらに重要になってくると思います。とくに後期高齢者の場合、それこそ医師の人たちも、85、6歳のお年寄りに大手術をしなければいけないのかという疑問を持っていますよね。がんなどの場合はやむを得ないとしても、たとえば痛みの緩和であれば、鍼灸治療のほうが効果の高い可能性がある。
後藤
鍼灸治療による痛みの緩和については、エビデンス(科学的根拠)が出てきていますからね。またコメディカルの位置づけという点では、介護保険など医療政策の位置づけも気になります。
真野
これまで国や地方自治体が主導して、医師の判断にゆだねられていた医療が、介護保険の導入によって、患者さんとの契約によってケアマネジャーや民間が判断できるようになってきました。
後藤
医療保険では自由診療や混合診療は認められていませんが、介護保険ならそれができる。まだいろいろと問題はありますが、今後、医療制度を大きく変えていく可能性を秘めていると思います。
真野
患者さんにとって、選択肢は多いほうが良いわけです。かつては医師が決定権を持っていたので、治療を行わない緩和ケアなどけしからんという風潮でしたが、いまではそれが認められて、緩和ケア病棟は患者さんで満員です。そういう意味で、看護師も、またその他のコメディカルの方々も、自身の活躍の場をどんどん積極的に広げていくべきじゃないでしょうか。そのとき、やはり自分の専門はこれだとあまり狭め過ぎないで、ちょっと頭を柔らかくして取り組まれるのがいいのではないでしょうか。

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