いのちの主人公、からだの責任者

してもらう医療から患者参加型の医療を目指して

病気は自分の持ち物。
納得のいく医療を受けるには、医者まかせにするのではなく、
患者が主体的に医療に参加する必要があると、
電話相談から、模擬患者活動、病院探検隊など、
COMLの活動の輪は広がる。

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辻本好子 (つじもと よしこ)

1948年生まれ。13年間の専業主婦生活の後、82年、医療問題の市民グループにボランティアとして参加。バイオエシックスという新しい学問と出会い、「いのち」をめぐる問題に関心を持つ。90年にCOMLをスタートさせ、今日に至る。ささえあい医療人権センターCOML代表。

医療の問題を自分の手に

後藤
「ささえあい医療人権センターCOML(Consumer Organization for Medicine & Law)」というグループの合い言葉は、「賢い患者になりましょう」ということですが、始められたいきさつをお話していただけますか。
辻本
COMLの前に、医療問題の市民グループでボランティアをしていました。その頃・バイオエシックス、生命倫理・という学問と出会い、「いのち」をめぐる問題に関心を持つようになりました。「いのちの主人公」「からだの責任者」は、自分自身であるのに、いまの医療の現場で、患者が自分のことを自分で決められないのはなぜか。そんな疑問がCOMLを始めるきっかけになりました。
後藤
私も、今の医療システムの中で欠けているのは、患者自身によるセルフケアではないかと思います。それと、もう1つは医療に自主的に参画をしていくということが、なされていないとも感じています。患者側には、医療とは、してもらうもの、という強い意識があり、いまだに参画型の医療システムが実現されていないことは残念なことです。
辻本
患者さんは病院に遠慮したり、お医者さんにまかせっぱなしのままでいる。つまり受け身の姿勢をとるかぎりは、「自分のことは自分で決めたい」と思っても、無理ではないでしょうか。自分がどういうことを求めているのかを、お医者さんや看護婦さんに、きちんと伝えないとだめだと思います。医療者の側も、何を求められているかを、患者とのコミュニケーションで受けとめた上で、伝えるべきことを話すことが大切だと思います。
後藤
COMLの活動の目的と理念をお話しください。
辻本
病気という自分の持ち物に対して、患者が果たすべき責任を自覚する。そういう主体性を持たなければ、これからは安心して、安全な、納得できる、医療に出会えないと思います。COMLの活動の中で、医療を自分自身の問題として捉え、悩みながら、苦しみながら、しかし、深刻にならず真剣に、1人ひとりの手に取り戻したいと願っています。
後藤
具体的にどういう活動をなさっていらっしゃいますか。
辻本
電話相談、患者塾、SP(模擬患者)活動など。病院探検隊もあります。
「電話相談」は7年間で約8500件。「自立しようとする患者の支援」に少しでも役に立てばと思っています。医療現場で厚い層をなす、いわゆる一般患者が、気軽に相談できる場があればと思って始めました。混乱した気持ちをお聞きするだけですが、話すことで問題点が整理され、冷静に自分の意思を確認できる方も多いですね。
後藤
なんとかしてくれという訴えや期待がかなりあるのではないですか。
辻本
最近は減りましたけれど、いい病院やドクターを紹介してほしいとか。ご紹介はできなうというと、怒る人もいました。顔が見えないぶん、遠慮のないやりとりができるから本音が出るんでしょう。平均で40分ほど話を聞きます。私たちはボランティアであり、限界がありますが、ご一緒に考えながら複数の選択肢を示し、持っている限りの情報を提供することを続けてきました。決めるのは本人ですから、こちらの価値観や判断を押しつけるようなことはしません。
後藤
電話に限らず、医師や看護婦からの相談はありますか。
辻本
活動が理解されてきたこともあって、患者に向き合おうとして悩んでいる医療関係者の方たちからの相談もあります。先日も、ある医者が、患者に手術の前に詳しい説明をして納得してもらったのに、しばらくしてから、「先生、絶対だいじょうぶですね」と電話でいわれてショックだったというんです。私は、「それは不信感ではく、不安なんです」と答えました。患者には不安と、自分の思いを伝えられないというジレンマがあります。医者に対する不信感と決めつけないでほしいと申し上げました。

「私」という人間を大切にする医療

後藤
患者塾やSP、病院探検隊の活動も、電話相談から発展していったものでしょうか。
辻本
電話相談をしていて、やはりこれはある意味で社会化する必要がある。同じように悩んでいる人は、大勢いると感じました。電話で、その人だけの個の問題として見据えてしまうのではなくて、広く一般の問題として共有し、互いの意見を交わすというような、対話の場の必要を感じて「患者塾」を始めました。
「SP」という模擬患者活動は、医学・看護学教育に市民が参画してコミュニケーション・トレーニングを行うものです。匿名の、一括りにされた「患者」として扱われるのではなく、「私」という個の人間性を大切にする医療の実現に一歩でも近づくための活動です。具体的には、COMLにかかわるメンバーが模擬患者になり、実際に模擬診察などを行ってその時に感じたこと、気づいたことを率直に医療者役に伝えます。
後藤
ところで、模擬患者というのは日本の医学教育には、先日亡くなられた中川米造先生がさかんにとりいれていらっしゃいました。アメリカでは、模擬患者になることが1つのプロとして確立しています。COMLでも模擬患者の訓練のようなことはなさいますか。
辻本
5年前に、中川先生に勧められて、アメリカの医療現場を視察したのですが、その時、ある医学学校で、俳優の卵を患者役にして、授業をやっているの見て驚きました。それで、中川先生のお力添えを得て始めました。訓練は、シナリオに基づいてします。患者の性格、家族構成、生い立ち、社会背景、病歴などをシナリオに設定して、その人になりきる訓練と、瞬時にその役から抜け出て冷静なフィードバックをできる訓練。その2通りをやっています。
後藤
ナースのためのSPセミナーという活動もありますが、これはナースをSPにするというセミナーですか。

辻本

いえ、ナースの方たちを対象に模擬患者によるコミュニケーション・トレーニングをするものです。

後藤
患者が1人の人間としての主体性を取り戻していく必要性は、痛感しております。しかし、医療や教育の現場では、能動と受動の位置関係ができてしまいがちです。「治療してあげる」とか「教えてあげるとか」という具合になる。まさに病院はその現場ですが、病院探検隊の目的は理解されていますか。
辻本
医療の現場では、患者をどうしても上からの視点で見おろしがちです。患者や患者の家族は、やはり個別の存在としてではなく、マスの一部としてしか捉えてくれません。でも、患者の側から医療を見ると、1人ひとり異なる希望や視点を持っているものです。人間は、1人ひとり違うんだということを、医療に携わる方に理解してもらい、探検隊の感じたことを医療の改善のヒントとして役立ててほしい。そんな思いも持って「病院探検隊」は活動しています。まだまだ、受け入れてくださるところは少ないのですが。

医療はほどほどのもの

後藤
医学に関して病気に関して、教育もそうですが、知識の大きさに受ける側は負けてしまいます。私は負けないことが、大事だと考えています。人間は知識だけで生きているのではない。主体性を取り戻していくということは、そのことに気がつくことだと思います。
医療問題では様々な活動がありましたが、これまでどおり先導していく人について行くだけだったら、主体性は取り戻せないですね。辻本さんが、主体性の確立を一生懸命やっていらっしゃることは、すばらしい方法です。
辻本さんは医療現場と患者とは異文化圏だとおっしゃってますね。異文化を理解しようとすることは、自分と違う価値観や考え方、感じ方を持っている人を認めることができるということです。主体性が確立していないと、交流もできない。そういう意味では、COMLの活動は主体性の確立ということでいうと、たんなる患者学ではなくて、生命倫理学かもしれませんね。辻本さんは、患者だけではなく、医療者も主体性を取り戻せ、と訴えていらっしゃいますが。
辻本
患者は、チーム医療というところに大きな期待をかけています。しかし、そういう視点で医療現場を見ますと、とてもチーム医療は期待できない現状です。それぞれのプロフェッショナルとしての主体性が確立していないんですね。ドクターとナース、薬剤師との関係など。医療者からは、身分を卑下する士農工商という言葉や、自嘲的なあきらめの言葉が、私たちの耳に届いたりします。いい加減にしてほしいという気持ちもあります。
プロフェッショナル性ということを、医療者間での武器にしたり、対立の手段に使うのではなくて、むしろ、これからは、それぞれのプロフェッショナル性を、患者の側にアピールしてほしい。患者を、自分たちの支援者にして、理想とする仕事を確立してほしいと願っています。
後藤
医療現場に対する全体的な不信は、患者の側にもあるし、医療者の側にもありますね。それに、医者対患者の相互にある個人的要素の強い不信感というか、そういうものが生じることがありますね。
やはり、辻本さんのおっしゃるとおり、患者としての、また人間としての主体性――自分のことは自分で決めていくという考え方が、医療では大きなポイントになると思う。数多く患者と医療関係者に触れる中で、主体性のこと以外に、これが欠けているのではないか、と感じられるものはありますか。
辻本
欠けているというよりも、むしろ持ちすぎていると思います。とくに、日本人の権威に対する弱さと依存感ですね。権威に、ただフレキシブルに対応するのではなくて、自分が「いのちの主人公」「からだの責任者」として、果たすべく責務をどう自分の中で確立するかということが大切ではないんでしょうか。
後藤
権威に対して、自分でものを考える、という訓練をされてきていない。パターンに従っていけば、安心ですからね。 教育に携わっていて感じるのは、ペーパーテストの成績は良くても、人とのコミュニケーションがうまくとれない学生が多いことです。実習現場で、患者と接した時にコミュニケーションがとれない、ということがしばしばあります。医療の現場でも、実習生をどう教育するか、わからなくなっているようです。医療関係者は、患者とのコミュニケーションに、やさしい言葉をかければいいのか、じっくり話を聞くべきか、悩んでいると思います。
医療者、あるいは目指す学生に、専門の勉強以外に、関心を持ってほしいことをお話しください。
辻本
ある医学生の話ですが、彼は医療者とは人の心に関わっていく仕事であるということを、実習をとおして再確認したというのです。それまでは、友達とも深く関わらないで、ひたすら勉強していた。それが、職業として人と向き合わなくてはいけないことになり、どうしていいのかわからないというんです。知識をたくさん持っている人や一生懸命に勉強している人は、その枠の中から、1歩も出ようとはしないで過ごしてしまうことが多いようです。彼の悩みは教育の在り方の問題や、彼自身にもあるかと思いますが、医療を目指す人は時間を作って、患者といっぱいおしゃべりをしてほしいですね。医療者だけではなく、異なる立場の人間とも交流してほしいと思います。
後藤
私もそう思います。コミュニケーションを大切にしていらっしゃいますが、ほかに大切にしていらっしゃるのは何でしょうか。
臓器移植を学ぶ会を開催する辻本さん
辻本
中川先生の最後の言葉になりましたが、「医療はほどほどのものである。医療で治せるものは一割、プラシーボの方が3割。残りは6割。そうすると患者の主体性がますます重要になる。患者が医療の主人公である」。そのメッセージと、COMLへの遺言として、「決しておごるなかれ、医療者を教育すると思うな」ということをお遺しになりました。医療がほどほどのものと思えという言葉は、医療界へのメッセージであり、患者への、
医療者とそれを目指す人へのメッセージだと受け止めています。
それから、コミュニケーションの大切さを教えてくださったのも、中川先生です。コミュニケーション、すなわち人と人がつながっているということの大切さ。病気になるということは、いろいろな意味でこのつながりが切れてしまうことで不安になる。これをつなぎ直す作業が医療でもある。これからは、コミュニケーションの能力は、医療関係者だけではなく、患者も持たなければいけない、ということもおっしゃいました。
後藤
医療は一方的なものではなく、治療者も患者も一体になって行うこと、患者が医療に自主的に参画することは、ますます重要な問題になると考えさせられました。どうもありがとうございました。

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