在宅療養者の心と身体のケアを担う訪問看護の世界

高齢者が長期入院する療養病床を2012年度までに15万床削減する方針のなか、在宅療養への橋渡しが加速され、訪問看護の重要性がさらに求められている。
東京都大田区大森にある地域中核病院・医療法人財団仁医会牧田総合病院では、在宅療養の必要性を考えて1991年から訪問看護室を設け、2000年に牧田訪問看護ステーションを本格的に立ち上げた。地域に密着した16年間の実践を踏まえた訪問看護の活動について取材した。

牧田訪問看護ステーションの活動

訪問看護に向かう堅田さん「牧田訪問看護ステーションでは6名の看護師が、大田区大森地区を中心に品川区の一部を含む地域に住む約70名の患者さんに訪問看護サービスを行っていま す。訪問看護というと在宅患者さんの医療面だけを担当しているように思われがちですが、医療制度や介護制度が変わり、様々な医療スタッフや介護スタッフ、 福祉スタッフなどとの連携の上に訪問看護システムは成り立っています」と同ステーションの米持あや子所長(東京衛生学園看護科卒)は語る。

T・Mさんの生活スケジュールは看護の日程を基に作られる。訪問看護はまず患者や家族の要請を受けて、その家庭に迎えられることから始まる。病院に入院するのとは違って患者が住み慣れた環境で療養生活を送ってもら える反面、家庭の中に入って看護しなければいけないため、家族構成や家庭の諸事情をも考え併せた支持・支援を心がけないと、真に安心できる療養生活は実現 できない。
訪問看護ゆえの難しさとやりがいについて米持所長はこう語る。「患者さんの家庭に訪問して行う医療サービスですからいろんな側面が問題 として出てきます。たとえば患者さんが家族から風邪をうつされて発熱したときには、入浴サービスの停止や医師の要請などを寸時に判断しなければなりませ ん。また家族が介護疲れで倒れることもあります。介護や福祉との連携が欠かせないわけです。家族が訪問看護を要請しても『他人に身体を触られたくない』な どと患者さんに拒否をされることもあります。そんなときは家族と患者さんの間でどう受け入れてもらうか、訪問看護のプロとしての腕の見せどころです」。

訪問看護同行ルポ

牧田訪問看護ステーションの堅田麻衣子看護師が訪問看護を担当する在宅利用者宅へ同行取材をさせてもらった。
取材前日の打ち合わせのとき堅田看護師から、「明日は自転車を持ってきてくださいね」と告げられた。その理由は翌日、堅田さんの後に続いてすぐに分かった。牧田訪問看護ステーションが担当する京浜地域は狭い路地が入り組んだ地帯で、自動車より小回りのきく自転車のほうが移動に威力を発揮するからだ。
訪問看護歴9年の堅田さんは「雨の日も風の日も自転車です」とベテランらしく頼もしい。

頸椎損傷による四肢麻痺が残るT・Mさん

最初に訪問したのは公設アパートに住むT・Mさん(40歳)のお宅。T・Mさんは17年前千葉の御宿で水泳中飛び込みをして頸椎を損傷し、後遺症として四肢麻痺が残っている。この日は週2回の排便援助にあたっていた。血圧の測定などバイタルサイン(生命機能)の観察を行いながら、シャワー室でヘルパーの手を借りて、座位で1時間ほどかけて洗腸とお腹へのマッサージを組み合わせた排便援助を行った。それが終わると髪と身体を洗い、ベッドでの寝衣交換へと一連の作業が行われた。寝衣交換では体温がうまく調節できないということで、床ずれのできないかたちで靴下を履かせるなど援助技術の確かさをうかがわせた。
堅田さんの訪問看護を9年間にわたって受けているというT・Mさんは「私のような状況では1日、1週間、1月、1年というライフサイクルのすべてが看護を基に設計されているので、堅田さんにはとても心強く思っています」と言う。
T・Mさんは重度の障害を持ちながら、訪問看護や介護を上手に利用して社会活動にも活発に参加している。自ら理事長を務めるNPO法人ボーダレスは「共生社会をめざす」をスローガンに、障害当事者と一緒に学ぶ体験学習プログラムなどを提供するかたわら(http://www.bordaless.com)、今春から人間総合科学大学に入学して学生生活も始まった。

堅田さんとT・Mさんは家族のように会話が弾む。
医師の指示で膀胱洗浄を行う。
牧田訪問看護ステーションのスタッフと看護計画の打ち合わせ。
足の衰えのため要介護となったY・Kさん

次に向かったのはY・Kさんのお宅。坂の多い馬込地域を堅田さんは急な坂道もなんだ坂こんな坂といった塩梅で軽快に自転車をこいで行く。途中、小さな公園で一休みしたのは、疲れたからではなく時間調整のため。遅刻するわけではないからいいのではと思うが、早く着いても家族の迷惑となる場合があるという。訪問看護は時間厳守なのだ。
Y・Kさんは明治44年生まれの95歳。足の衰えがあり昨年8月から要介護生活に入った。1ヶ月ほど前に風邪を引き入浴介助サービスを中断させているという。堅田さんはここでもバイタルサインを確認しながら「Y・Kさんは、築地で卵焼きの名人だったんですものね。テリー伊藤のお兄さんに卵焼きの手ほどきしたんでしょ」などと娘さんを交えて会話を弾ませる。
ゴミ袋やペットボトルを上手に使って、しばらく洗っていなかったY・Kさんの髪を洗い、身体清拭を行ってオムツ交換。髭をあたってあげるとY・Kさんが上機嫌になっていくのが分かる。堅田さんが次に行ったのが看護用語でいう「罨法等身体安楽促進ケア」というもので、蒸しタオルを患部に当てたりマッサージを施す。するとよほど気持ちが良いのか、リラックスしてY・Kさんは自分から話すようになっていった。
Y・Kさんは訪問看護のほかに週1回の訪問リハビリを受けていて、風邪も順調に回復に向かっているという。「もうすぐお風呂にも入れますよ」と堅田さんが語りかけると、「お風呂はいいなぁー」と嬉しそうにY・Kさんは応えた。
 「ゴミ袋やペットボトルを上手に使いますね」と聞くと、「看護の世界では常識です。でも訪問看護の場合、家庭の資産を使うわけですから、なるべく家族に経済的な負担をかけないように心がけています」と堅田さん。

Y・Kさんのバイタルサインを確認する
ゴミ袋や洗剤の容器を利用して頭を洗う。
マッサージにあわせて手の運動をする。
94歳で一人暮らしのK・Kさん

三軒目の訪問先は品川区在住のK・Kさんのお宅。Kさんは牧田総合病院に入院したことがあり、現在は健康を保っているものの高齢ということもあって経過措置として医師の往診と訪問看護によるケアを受けている。
堅田さんが訪れると待ちかねていたように出迎えてくれた。K・Kさんは3年前にご主人を亡くして現在一人暮らし。足の痛みがあるが家事は全部自分でこなすという。明治の女性らしく凛とした趣があり、部屋も清潔感にあふれている。血圧計や聴診器を使ってバイタルサインを観察するのは今まで通りだが、堅田さんが薬の使用量の確認に念を入れている様子がうかがえる。
一人暮らしのK・Kさんのために、堅田さんが時間いっぱいまで話し相手をしていたのは、心の安心のケアにほかならない。話をしながら敷物のめくれや家具の置き方などに心を配るのは転倒予防のためで、療養生活のうえでの安全・安心を守るためである。帰りがけK・Kさんは玄関まで送ってくれた。その自立した姿に近所の人たちが「あやかりたいおばあちゃん」と呼んで尊敬を集めているのだと、堅田さんが教えてくれた。

K・Kさんの昔の写真を見ながら思い出話を聞く。
3年前にご主人を亡くしたK・Kさんは堅田さんの訪問を楽しみにしている。
脳梗塞で昏睡が続くT・Tさん

牧田訪問看護センター近くのマンションに住むT・Tさん(87歳)は、脳梗塞で倒れてから8年間昏睡が続いている。息子さんの手厚い介護の甲斐あって褥瘡もなく現在まで経過しているという。T・Tさんの部屋の前に来ると堅田さんは「この時間は息子さんがいらっしゃらないので」と言いながら、バッグから部屋の合い鍵を取り出して開けた。訪問看護師は鍵を預けられるほど信頼されているのだ。
T・Tさんは空気圧で可動するベッドで寝ていた。腹部から胃に胃瘻チューブが挿入されていて、流動食を摂取するようになっていた。堅田さんは「のど、渇いたぁ」と話しかけながら市販の電解質溶液をチューブ通して飲ませてあげた。それから排便ケア、膀胱洗浄、清拭、オムツの交換、クリームを使った皮膚の乾燥防止ケア、ベッドメーキング、痰の吸引、口腔ケア、バスタオルを濡らして枕元に架けての湿度調節までを手際よく一人でこなしていく。最後には連絡ノートにこの日施した措置や所見などを詳しく書き留めて、ヘルパーや訪問リハビリ、家族などと情報の共有を図っている。
堅田さんは言う。「どのような療養生活をするか迷っている患者さんや家族に対して様々な選択肢を提供します。どのように決定するかは患者さんや家族ですから、誘導するのではなくプロとしてアドバイスをし、サポートするという考え方が大切です」

昏睡が続くT・Tさんにも常に語りかけながら作業をする。
連絡ノートで医療・介護・家族間の情報を共有する。
堅田さんの声にT・Tさんは反応しているように見える。

TOP