中医診療日誌 - 11

高血圧
生活改善を抜きにはできない陰虚陽亢の治療

高血圧は糖尿病と同じく「サイレントキラー(沈黙の殺人者)」と呼ばれ、なかなか症状が現れにくい疾患だが、進行すれば命にかかわるような合併症を招きかねない。中医学では陰虚陽亢と呼ばれる病態が多く、年齢とともに生活習慣の中で余分な物質が堆積した結果現れる病気と見ることもできる。長期的な安定をもたらすための対策として、生活改善指導と一体化した投薬が有効性を示す。

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平馬直樹 (ひらまなおき)
1978年東京医科大学卒業後、北里研究所付属東洋医学総合研究所で研修。87年 より中国中医研究院広安門医院に留学。96年より平馬医院副院長、兼任で、後藤学 園附属入新井クリニック専門外来部長として漢方外来を担当。

降圧剤だけでは解決しない

高血圧症は内科の慢性疾患の中では最も患者の多い病気です。とくに症状がない状態が続いても、放っておくと、血管や臓器などに合併症がじわじわ現れ、ついには脳出血や脳梗塞、心筋梗塞、腎障害など、危険な状態を招く場合もあります。これらは、これからの日本ではとくに増えていくと考えられる病気であり、多くの人が早期から上手に血圧をコントロールしていくことが求められます。
高血圧症は血圧測定によってはじめて診断のつく病気であり(最近は140~90mmHg以上を高血圧と診断する指針が示されている)、中医学の世界ではこれまで脈をみることはあっても、血圧を測ることはありませんでした。すなわち昔の中医学のあずかり知らない病気だったわけですが、何も症状が現れないうちから長い目で体調を整えていくという意味では、中医学の健康管理の手法が非常に効果的な疾患かと思います。
現代医学の治療では、従来降圧剤はベータ遮断薬と呼ばれるものと利尿剤と呼ばれるものの2つの選択肢しかありませんでした。ところが、ベータ遮断薬は中医学でいう、脈が遅くて冷え症の腎陽虚タイプの人には合いません。また、利尿剤は電解質のバランスを乱すことがあり、糖尿病やその予備軍、痛風の人には使えないという問題がありました。これに対して、この十数年の間に、現在最もよく使われているカルシウム拮抗剤と呼ばれるものをはじめとして降圧剤の新薬が数多く登場し、これらを上手に選択することにより血圧のコントロールに関しては非常によくできるようになっています。
しかし、高血圧症の治療は降圧剤の服用だけではなく、日常生活でコントロールしなければならないことがたくさんあります。減塩やバランスのよい食事、体重コントロール、運動、さらにストレスを溜め込まないなどの自助努力というものが必要なのです。
一方、血圧は精神的な緊張状態でかなり高くなることがあります。たとえば病院で血圧を測ると医者や看護師の白衣を見ただけで緊張して血圧が上がる「白衣性高血圧」というものがあるなど、自宅で測る血圧とは大きな差が出てしまうこともあるのです。その結果、病院の血圧指導や投薬に対して不信感を持つという人も少なくありません。
また、医者の側としても「血圧が十分コントロールされてさえいればいい」と思いこみがちです。めまいや頭痛など合併症による体調不良を訴えても、それらの症状に対する対応や説明がないため、患者が不満を持ったり、服薬を中断するということもよくあるようです。
また、高血圧にはホルモンのバランス失調や腎臓疾患などの病気があって起こる「2次性高血圧」というものがあります。こちらは原因疾患を把握してこれを治療していくことが大切ですが、ここでは血縁者に高血圧症の人が多いといった体質からくる「本態性高血圧」に対する中医学の診療について述べていきます。

見過ごされやすい陰虚陽亢の症状


 高血圧症に対しては降圧剤の服用プラス患者の自助努力という、一生をかけての取り組みが大切です。漢方薬にはそうした取り組みを手助けするという役 割がおおいにあるのではないかと考えられます。生活指導に重点を置きながら、中医学の診断により、表面には現れない身体の歪みを早期に見極めて漢方薬の処 方で病状を改善することは、血圧のコントロールそのものにもある程度有効です。さらに、めまいや頭痛などという様々な随伴症状を軽減するうえでも意味を持 ちます。そして、血管の変化や眼底の変化などをとらえて合併症を予防するうえでも漢方薬は活用できるのではないかと思います。
中医学では身体の健康において、陰陽のバランスということをいちばん重視してきました。これは宇宙全体が陰陽のバランスの上でダイナミックに流転しているとした中国哲学の考え方を背景にしたものです。
そして中医学の考え方から本態性高血圧は、年齢によって身体が変化していき陰陽のバランスが崩れて起こる状態であるととらえることができます。身体も1つの小宇宙であり、陰陽のバランスがとれていることが大切だと考えられているからです。
中国の宇宙論の概念を示す太極図(上段のイラスト参照)というものがあります。韓国の国旗にも描かれていますが、これは陰と陽が波線を挟んで揺れ動くということを示したものです。すなわち陰陽は固定的なものではなくダイナミックに揺れ動きながらバランスを保っているということになります。そして、人の身体では気や血や津液という重要な物質がめぐって、それが過不足なく供給され、五臓六腑が協調的に働いているという運動の中で陰陽が調和しているのが健康状態と考えます。
高血圧は、歳を取ることによってこうしたバランスが崩れてきて、陰虚陽亢という状態をきたした人に現れやすいと考えられます。そして、陰陽のバランスの失調を脈や舌から診断し、バランスのとれるように治療を施すというのが中国医学の高血圧に対する取り組みの基本です。
こうした陰虚陽亢のタイプの人の症状は、内科医からみるとそれほど重要なものではないということで見過ごすようなことが少なくありません。丈夫そうに見える人でも、たとえばイライラしやすいとか怒りっぽい、あるいは頭痛、耳鳴り、めまいなど陰陽のバランスの失調を示す重要な所見を持っている場合があります。また生活習慣によって体内に生じた 血とか痰飲などの産物が関与して身体のバランスを崩しているという人もいます。これらのことに診断のポイントを置きながら、治療を進めるということになるわけです。

精神的リラックスが改善効果を促進

66歳の男性会社役員Aさんの症例です。この方はお母さんが高血圧で長い間薬を飲み続けていたそうですが、自分も10年以上前に健康診断で高血圧と診断されていました。
そして、6年前に内科で降圧剤を処方されました。ところが、仕事が忙しい一方、あまり病気だという自覚がなく、通院も怠りがちで薬も飲み忘れることが少なくなかったそうです。
こうした中で2年前には、血圧が180~100mmHg以上とかなり高くなり、内科医から「このままでは大変なことになる」とかなりきつく警告を受けました。降圧剤に加えて不眠がちであることから精神安定剤も処方され、以後はきちんと服薬するようになっています。それでも時々血圧が上昇し不安定で、体調もよくないので、心配になり当クリニックに来院し始めました。


Aさんは身長166cm、体重58kgと体格的にはほとんど問題はありません。脈を診ると弦細数と呼ばれる状態で、舌は質紅、苔は薄黄でした。自覚症状と しては、倦怠感、目のかすみ、めまい感、血圧が上がった時の耳鳴り、頭重、不眠、眠りが浅くて夢をよく見る、寝汗、イライラ、物忘れ、手のひらや足裏のほ てり、腰のだるさなどを訴えています。これらのことから陰虚陽亢、肝腎陰虚という証であると診断しました。
治療として、杞菊地黄丸(こぎくじおうがん)と天麻釣藤飲(てんまちょうとういん)をあわせたような処方を行いました。それまでの内科医からの投薬を併せて服用してもらっています。
この結果、Aさんは服薬から3週間頃から血圧は140~90mmHg以下に下がりました。耳鳴り、頭重は少なくなり、だんだん疲れにくくなるとともに、表情 も明るくなっています。また、医師の指示通りにしたところ体調が改善したことから、前向きに病気に取り組もうという意欲が見られるようになりました。そこで、ストレスが高血圧の大きな要因であることを説き、イライラせずに、つとめてリラックスするよう勧めた結果、夜はよく眠れるようになり精神安定剤も不要となりました。以後、血圧も安定していい状態を保っています。

減量・減酒で「死の四重奏」から脱出

48歳の自営業者であるBさんの場合は、明らかに食生活に大きな問題があり、かなりの肥満傾向が認められた症例です。この方は学生時代まで柔道を続けていましたが、やめてからお酒をたくさん飲むようになって太り始め、35歳で高脂血症と診断され、体重もピークの92kgとなっています。その後10kg減量しましたが、それ以上は減らせませんでした。血圧は測ると高いけれど治療はせずに放置し、1日2~3合という飲酒を続けていたのです。
当クリニックを受診した時、Bさんは174cmの身長に対し体重は85kgとなっていて、様々な不調を訴えていました。身体にだるさを感じ休んでもとれず、頭も締めつけられるように重く、胸苦しさを覚えています。時にめまい感、吐き気、車酔いしやすい傾向があり、のぼせがあり、後頭部から肩にかけて張って苦しく、食べ物がおいしく感じられず、また下痢気味でした。動くとよけい体調が悪くなるので運動不足になりがちで、体重もコントロールできません。それでも、「現代医薬の治療はいやだ」とのことで漢方薬による治療を求めて来院したのです。
初診時の検査でBさんの血圧は168~110mmHgであり、コレステロール値は280mg/dl、中性脂肪250mg/dlと高脂血症を合併し、さらに検査で耐糖能に異常があって糖尿病予備軍であることがわかりました。高血圧、肥満、高脂血症、糖尿病のいわゆる「死の四重奏」で、このままでは心筋梗塞への道をまっしぐらという状態です。
脈を診ると弦滑げんかつというわりと力がある脈で、苔は白くベタッとしていました。中医学の虚実の分け方からすればはっきりした実症タイプです。すなわち身体のなかに余分なものがあってそれが悪さをしていることを示しています。それは現代医学から見ればコレステロールなどが高いということであり、中医学の舌の所見からは痰と呼ばれる身体のなかの余分な水分があるために体調がすぐれない状態であるということです。
痰が生じた大きな原因は食生活にありますが、同時に胃腸のコンディションの失調という考え方ができます。Bさんが訴えていたように、下痢気味であったり車酔いする、あるいは食べ物がおいしく感じられない、吐き気がするというのは胃腸の中で痰が生じている典型的症状です。一方、血圧を上げている臓器は肝であるという考え方ができます。そこで、治療は胃腸のコンディションを整えて痰を取り除くことに主眼を置き、さらに肝の気を鎮めるために、半夏白朮天麻湯はんげびゃくじゅうてんまとうをベースにした処方をしました。


Bさんはそれまでかかってきた医者にも、さんざん食生活に問題があり、酒を減らすよう指導されてきたのですが、耳を貸さなかったようです。そして私が治療を始めても、当初はなかなか酒量も減らせず、体重も下がらず、血圧もなかなか下がりませんでした。
そこで、食事の内容を改善し、だるくても運動をすることを繰り返しきつく指導しました。そうした自助努力ができなければ、降圧剤と脂質代謝改善薬を飲まなければならなくなるし、さもなくば心筋梗塞へまっしぐらであると警告したのです。
そ のうち漢方薬をきちんと飲むことにより血圧はコントロールできるようになり、胃腸の調子がだんだん整ってきてだるさやめまいも改善してきました。それに よってある程度運動ができるようになり、食事や酒量を減らすということについても少しずつ努力を見せるようになってきたのです。
こうして6ヶ月の通院で体重は約7kg減少し、血圧150~95mmHg、コレステロール値255mg/dl、中性脂肪160mg/dlと改善傾向を見せています。その後 も必ずしも理想的な養生とはいえないまでも、友人に誘われてゴルフをするようになり、さらに半年後には体重は74kg、血圧150~90mmHgとなりま した。
Bさんは理想として体重70kg以内、飲酒週3日以内を目指していますが、まだそこまではできていません。それでも「心筋梗塞へまっしぐら」という状態からはかなり遠のいており、今後もさらに自己管理を進めて長生きに結びつけてほしいものです。


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