メンタルヘルスケアへのアプローチ - 2

銀灸マッサージとメンタルヘルスの可能性

小西喜朗 

(ウェルリンク株式会社・厚生労働大臣認定産業カウンセラー・心理相談員)

メンタルヘルス不全への鍛灸アプローチ

長引くストレス、強いストレスは、心と身体の両方にダメージを与える。厚生労働省の調査によると仕事や職業生活で強い不安や悩み、ストレスを感じている労働者は61.5%(2002年) に及ぶ。うつをはじめとするメンタルヘルス不全者は急増し、昨年の自殺者数は3万4000人を超え、統計を取り始めた1978年以降で最多となった。こうした状況に対して、鉱灸マッサージはいかに対応できるのだろうか。
後藤学園附属医療施設・はりきゅう治療室の瀬尾港二室長は、「中医学では、もともと心身を分けては考えていません。心と身体は密接であることは古くから言われてきました。互いに影響し合っていることを前提に、身体からアプローチします」と語る。
内臓の調子を崩すとその影響がツボに表れてくる。そのツボを刺激して症状をとると、内臓が治るというのがツボ刺激の基本的な考え方だという。同じように心の状態はツボにも出てくる。身体の症状と同様に、ツボに出てくる症状をとると、心も楽になるという。経絡を通じた気の流れ、その滞りからくる症状、ツボの刺激という考え方は、心と身体に共通する。
では、精神的なストレスは具体的には、どう表れてくるのだろうか。
「仕事が多くて頭がいっぱいになっているという場合は心に症状が出て、人間関係の軋轢に悩むときは肝に出やすいですね」(瀬尾)

陰陽五行論では、「肝」は「怒り」と関係が深いが、現実的には感情的なストレス全般と関わることが多く、「肝」の機能低下によって気の流れは滞り、 ストレスに弱くなる。逆に、肝の機能を高めると、交感神経の緊張を緩め、筋緊張も緩める効果があるという。そして、ょうりょうせんこうしたストレス症状 は、右足の陽陵泉に反応が出やすい。とくに、右の季肋部が腫れている場合は効果的だという。
「肝は疏泄といって、感情や気の流れ、血の流れを伸びやかに、良くするうえで、とても大切な臓器なのです」(瀬尾)
ま た、くよくよ考えて眠れない、食欲が落ちるといったうつ症状は、「心牌両虚」の状態だという。食欲が落ちて心血虚となり血流が不足し、脾気虚となる。逆 に、イライラして眠れないこともあるが、そういうケースでは、「心が熱をもつ陽の克進がみられる」と瀬尾さんは言う。腎陰虚が原因で「心腎不交」となるタ イプで、こうした例はたいへん多いという。
このように銭灸の世界では、古くからストレスからくる心と身体の症状に対応してきた。一方、WHO (世界保健機構)が1996年に提案した鋪灸の適応症のリスト(図-1参照)には、うつ病を含め、各種の心身症が記されている。

鍼灸とカウンセリングを併用する意義とは

心身を1つにみてきた東洋の知恵は、そのまま心身症やメンタルヘルス不全に対して大きな効果を発揮する。しかし、こうした鍍灸の知見だけでなく、そこにカウンセリングをプラスすることの意義を強く訴えているのが、浜松医科大学付属病院心療内科・保健管理センターで講師を務める永田勝太郎医師である。
心療内科医であるとともに東洋医療を積極的に活用している永田さんは、「右手に鍼、左手にカウンセリング」を合い言葉に、鍍灸マッサージ師がカウンセリングを行うことを提言し続けている。
「名医は東西を問わず、心の琴線に触れる術を心得ています。ですから、理屈ではなく、自然とカウンセリングを行う鍼灸師も多い」と前置きしながら、「患者を全人的に理解するための医療面接を考案したことで知られるバリントが、いちばん聞きにくい質問をするには身体に触れている時がよいと言っている。身体に触れられている時は、心も開いているんですね。この機会をぜひとも活用してほしい」と語る。
鍼灸マッサージを受けると、身体の緊張はほぐれゆったりとしてくる。それだけ心もリラックスしているのだから、患者も本音を話しやすい。そんな絶好の機会に雑談をしているのは、とても「もったいない」というわけだ。
「たとえば、肩こりの患者がいたとき、整形外科医ならば肩こりの薬を与えるなど身体的なアプローチをするでしょう。心理療法士の場合は、なぜ肩がこるのか、緊張の原因を心理的に分析して問題を解決しょうとします。どちらが適切かというよ-も、両方のアプローチをしたほうがよいわけですね。患者さんは1人残らず癒されたいと思っています。癒しを求めて訪れた患者さんに、心も癒す方法をとるべきでしょう」(永田)
身体的なアプローチ、あるいは心理的なアプローチだけでは全人的な医療とはいえない。全人的な医療モデルというのは、心理的、身体的に加え、社会的、そして実存的なアプローチを行ってい-ことだという。そして、こうしたアプローチを可能にするには、現代医学だけでは不十分である。現代医学に、東洋的伝統療法、心理療法を加えていくことが必要となる。
こうした全人的医療を進めるうえで、鍼灸マッサージという身体的なアプローチにカウンセリングを加えることは、たいへん大きな意義がある。
その一方、鍼灸マッサージ師の多くは、聞くトレーニングを受けてはいない。そのため、患者の訴えに対して、説教を始めることさえある。しかし、それでは気づきは生まれてはこない。
「カウンセリングで聞くということは、患者が自分自身で気づくことを目的にしています。また、カウンセラーは患者の心の鏡ですから、その鏡がくもっていては気づきは生まれません。心を磨くことが大切です」(永田)
純粋な、くもりなき鏡として、ただ患者の訴えに耳を傾け、患者の気持ちを受け取っていく。患者の話に評価を加えず、言葉を返していく。そうしたなか、患者の心は癒され、自分への気づきも生まれてくることになる。

■話を「聞く」ことの効果
1) 患者は、受け入れられていると感じる
・気持ちが解放されリラックスできる、安心する
・患者との信頼関係が生まれる
2) 患者が、自分の課題に自分自身で気づく
・言葉で表現することで整理される、自分を客観視できる
3) 患者を全人的に捉えることができる
・患者の全体像を把握でき、治療の可能性が広がる
■「聞く」基本的な態度
1) 相手の話すテンポに合わせて応答する。
2) 相手の気持ち、生き方、感じ方を肯定的に受け入れる。
3) 相手の気持ち、伝えたいことを正確に理解する。
4) 相手を評価したり、説教をしない。何かを指導するといった受け答えはしない。
■「聞く技術」のポイント
1) 単純受容/繰り返し
・うなづき(はい、え~、そう~)、あいづち
・繰り返し(相手の言葉を繰り返す)、言い換え
2) 感情への応答
・感情をあらわす表現を受け止め、言葉にする
・相手が表現していない感情を言葉にして明確化する
3) 要約
・それまでの話の内容や相手の気持ちを要約する
~気持ちの受容と確認の効果から
4) 質問
・できるだけ「開かれた質問」をする
閉じた質問: 「はい」「いいえ」で答える質問、答えが限定される質問
開かれた質問:「どのような~」など、答えが限定されない質問

右手に鍼、左手にカウンセリングを実践する

永田さんは日本実存療法学会の理事長も務めるが、本学会は1993年にウィーンからビクトール・フランクル博士夫妻を日本に招碑して結成された。フランクルといえば、ユダヤ人強制収容所体験を記した『夜と霧』の著者として知る人も多い精神医学者で実存療法の創設者である。
「生きる意味」を実感することこそが魂の癒しとなるという。フロイトの「性への意志」、アドラーの「権力への意志」、そしてフランクルの「意味への意志」とよく対比され、自己存在の意味、つまりは生きることの意味をどう実感していくかを実存療法では求めていく。
国際鍼灸柔整専門学校附属鍼灸治療所の廣門靖正副所長は、永田さんのもとで実存療法を学び、まさに「右手に鍼、左手にカウンセリング」を実践する。
「痛みを訴える患者さんが来られたとき、まず最初に鍼で局所の痛みをとります。その後、これまでの経緯や痛みのこと、家族のことなどを聞かせていただくのです。同じことを何日も何回も聞くことがあります。そのようにして、少しずつ話していただけるようになるのです」と、廣門氏はやわらかな口調で語る。
「痛みが強くて、もう生きていても仕方がない」と訴える患者さんも多いと廣門さんは言う。患者さん自身、「誰かに痛みを分かってほしい」と思っている。そして、ただ身体の痛みだけのことだと思い、「なぜ、自分はこんな思いをしないといけないのか」と、痛みにばかり意識が向いている。
そんな患者さんに対して、「痛くてもできることはありますか?」「痛みがとれたら、どうしますか?」と、彼はやさしく質問を投げかける。すると、ある70歳の患者さんは「痛みがとれたら、また働きたい」と答えたという。また、別の患者さんは「長い間、故郷に帰っていない。一度、故郷に帰ってみたい」と夢を語りながら、患者さんの気持ちは「痛み」から「将来への希望」へと変化する。そして、痛みそのものにも変化が生まれてくるという。
「お年寄りの話を聞いてくれる場所は、ほとんどないのでしょう。どこに行っても、話を聞いてもらったことがないとよく言われますね。若いときから苦労をして働いて、身体に痛みを抱えている。そんな一人ひとりのお話はたいへん勉強になります。私自身が生きることの価値や意味を教えてもらい、頭が下がる思いがします」
こう語る廣門さんも以前は、ただ表面的に身体的な痛みしかみていなかったというが、永田さんの治療の現場に立ち会い、「希望を持つことが人を変える。こんなに人が変わるのに、やらないでどうする-」と、衝撃を受けた。そこから、治療に対する考え方は、患者の実存的な課題へと大きく変わっていったという。
「理解しようとする気持ちがあれば、みえてきます。症状というのはまさに氷山の一角にすぎないのです。
水の中の見えないところに、患者さんの身体的、心理的、社会的、そして実存的な課題があります。以前は、こうした内面にはまったく目を向けていなかったんですね。そして、手に負えないと思うと無理だとあきらめていた」と、廣門さんはかつての自分を振り返る。
カウンセリングをするというのは、なにも心理療法を修得しなければいけないものでもない。患者さんの話に耳を傾け、真撃に患者さんの気持ちと向き合うことで'もう1つの世界が大きな扉を開ける。そこから、治療の可能性がさらに大き-広がってくると廣門さんの話から実感した。


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