中医診療日誌 - 22

異病同治
腎虚に伴う諸病に異病同治の処方で対応

高齢者は加齢とともに抱える疾患が増えてくるため、多種類の薬剤を併用することが多い。重複投薬の身体への負担や薬物間相互作用のリスクが問題となる。中医学には異病同治の考え方があり、一つの処方で多くの問題を解決できるとされている。平馬先生に高齢者医療の支えとして期待できる異病同治について語っていただいた。

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平馬直樹 (ひらまなおき)
1978年東京医科大学卒業後、北里研究所付属東洋医学総合研究所で研修。87年より中国中医研究院広安門医院に留学。96年より平馬医院副院長、兼任で、後藤学園附属入新井クリニック専門外来部長として漢方外来を担当。

幅広い「腎」の働きを支える八味地黄丸

老化とともに頻尿や失禁、排尿困難といった腎疾患、泌尿器科疾患があらわれ始めます。ほかにも整形外科、眼科、耳鼻科、婦人科など多領域の疾患、さらには高血圧のような生活習慣病を合併することが多くなります。そのため、高齢の方たちはいくつもの診療科にかかり、多種類の薬物を処方されることになりがちです。腎臓や肝臓の機能が衰えているところへ過剰な薬物が投与されれば、かえって身体への負担が大きくなってしまうことも考えられます。また、薬物同士の間で相互作用が起こり、悪い結果に陥る可能性も否定できません。

こうした問題に対して中医学に伝えられる「異病同治」という知恵が役立つと考えられるようになってきました。これは同じ診断(証)であれば異なった様々な疾病に対して、同一の処方を適用できるという考え方です。

中医学では前記のような多様な疾患をかかえる高齢者に対して、八味地黄丸(構成生薬:地黄、山茱萸、山薬、茯苓、沢瀉、牡丹皮、桂皮、炮附子)という処方がなされることがよくあります。以前この連載でも、「更年期障害」や「老人性痴呆症」などに八味地黄丸が有用であることを紹介してきました。製薬会社の示す八味地黄丸の適用症として、腎炎、糖尿病、陰萎、坐骨神経痛、腰痛、脚気、膀胱カタル、前立腺肥大、高血圧などが挙げられています。

漢方医は、この八味地黄丸を「腎陽虚証」という診断のもとに用いてきました。この病態は「腎」という臓器の機能が衰えて生じるとみられます。腎の概念は、一つは身体の水分代謝の中枢臓器すなわち利尿器官ということです。もう一つは、成長・発育・生殖などを担う器官ともされています。これらは老化と関係が深く、また一部のホルモン系の働きとも関係する臓器であることを示すものです。

「腎陽虚証」は俗に「腎虚」とも呼ばれ、腎の熱エネルギーのパワーが低下している状態と説明できます。そして、一般に老化とは腎の熱エネルギーの低下と関連が深い現象と考えられます。

また、人体の活動には生命エネルギーの「気」が不可欠です。その人の身体に本来に備わった「先天の気」は腎が受け持っており、体質の強弱に関わります。成長とともに腎気は旺盛となり、老化により衰えます。ですから「腎」の衰えは「気」の衰えにもつながります。

こうしたことから老化により身体のあちこちに生じる病状は、八味地黄丸が広く受け持つことができる問題と考えられるわけです。また、八味地黄丸による「腎」の治療は、子どもの発育遅延、発達障害などに用いられることもあり、また女性の不妊に用いられることもあります。

排尿障害だけでなく足腰の動きも回復

84歳のSさんという男性の症例です。ご高齢ですがおおむね健康で、自立して暮らしておられます。ただ耳が遠いことと、自力で歩けることはできても足腰が弱って来たことを自覚していました。そして何よりも困っているのは、数年前から夜間頻尿が目立つようになったことです。夜中に四、五回も起き出してトイレに行かなければならず、いざ便器の前に立ってもなかなか排尿できません。そのためトイレで長い時間立っていなければならず、冬などは身体が冷えてつらい思いをされているようです。

Sさんが以前こうした排尿障害を訴えて泌尿器科を受診すると、前立腺肥大症と診断されました。そのための治療を受けていましたが、年月を経るうちにだんだん昼間も尿が出にくくなり、時に尿漏れ、尿失禁の失敗をするようになったとのことです。漢方診療を求めて、私の外来に来診されました。

Sさんを診察すると腎陽虚証と診断できます。八味地黄丸の仲間である牛車腎気丸(ごしゃじんきがん、構成生薬:地黄、山茱萸、山薬、茯苓、沢瀉、牡丹皮、桂皮、炮附子、牛膝、車前子)という薬を処方しました。しばらく服用していると夜間の排尿回数が2回くらいに減り、だいぶ楽になってきました。


イラスト:杉浦才樹

さらにしばらく治療を続けるうちに、Sさんはいつのまにか尿漏れ、尿失禁が少なくなっているということに気づいたとのことです。泌尿器科での診察では前立腺肥大の所見や程度は変わっていないとのことですが、本人は排尿障害の症状がかなり和らいだことからとても喜んでおられます。

一方、随伴していた症状にも改善が見られるようになりました。耳が遠いのはあまり変わらないのですが、歩行が以前に比べてかなりしっかりしていることを自覚されています。家人から「歩くのが速くなったみたいね」と言われているそうです。これらも漢方の目からみると、腎の陽気が回復している証と考えられます。

このほか八味地黄丸はその仲間の六味丸(構成生薬:地黄、山茱萸、山薬、茯苓、沢瀉、牡丹皮)などの方剤とともに老化による認知症にも使われます。すなわち、老化全体へのブレーキ役が期待できる薬です。ただ、地黄という生薬は胃腸の弱い人に障害をもたらすことがあるので、利用する時は漢方の知識を持った専門家に相談することが必要と考えます。

ステロイド剤の減量にも貢献

高齢者ばかりでなく、若い人でも八味地黄丸が有用な場合があります。

男性患者のIさんは中学生の時に異常なむくみで発症、病院に入院して「ネフローゼ症候群」と診断されました。身体のたんぱくが尿から排泄されやすくなり、低たんぱく血症に陥る病気です。

最初は現代医学の治療としてステロイド剤の投与を受けました。点滴薬から始め、次第に改善してきたことから内服薬に変えて症状は治まっています。安定した状態がしばらく続いていたことから、ステロイド剤の服用もゆっくり減らしていき、できるだけ病気のことを忘れるように過ごしていました。

ところが、Iさんが高校三年生の時、病気が再発します。入院治療して再びステロイド剤投与を受け、軽快しました。が、一年も経たないうちにまた再発しています。そこでステロイドを増量するということが繰り返されることになりました。ステロイド剤を10ミリグラム(2錠)以内に減量するとまもなく再発し、増量して症状を抑えるというパターンです。Iさんは大学に進学しましたが、入退院を繰り返すことになり、結局学業を断念し退学して家業を手伝いながら療養しなければならなくなりました。

漢方診療を求めて私のクリニックを初めて受診したのは23歳の時です。この時点ではプレドニンというステロイド剤を1日8ミリグラム内服しながら良好な状態を保っていました。

尿検査を行うと、尿たんぱくは陰性です。また、血液検査ではクレアチンとか尿素窒素など腎機能をみる数値は正常で、割とよい状態を保っていることがわかりました。

ただ問題はヘモグロビン11.2グラム/デシリットルと貧血気味であることです。体調を聞くと、「疲れやすい」「寒さを覚えやすい」などの自覚症状を訴えます。脈は弱く、顔面は赤みが薄いなど腎陽虚証の所見が目立ちました。そこで八味地黄丸に基づく処方をしました。

服用を続けるうちに「身体が温かくなった」「風邪を引きにくくなった」と話すようになってきました。当初プレドニゾン8ミリグラムを維持し、半年後に5ミリグラムとしましたが、その後の2年で再発はなく良好な状態が続いています。最近では車の免許も取って、元気に家業について働いており、当分はこのままよい状態が続きそうな様子です。

八味地黄丸はこのように多様な疾患、多様な年齢層にわたって有効な薬剤ですが、けっして異病同治はこの一方剤だけではありません。漢方薬は病名を目標にした薬剤ではなく、「証」すなわち体質を目標にした薬剤なので、異病同治の働きを持ったものは他にもたくさん見られます。


 


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