メンタルヘルスケアへのアプローチ - 3

心と身体を一つに診る伝統の知恵

小西喜朗 

(ウェルリンク株式会社・厚生労働大臣認定産業カウンセラー・心理相談員)

心と身体の密接な関係

心と身体は1つに結びついたものであって、切り離すことはできない。
人はストレスを受けると、心だけでなく身体にも様々な症状が現れてくる。たとえば、緊張状態が続くことでイライラしたり、不安になってくるが、同時に肩に 力が入ったり、歯を食いしばるなど、筋肉も緊張させている。「心だけが緊張した状態」をイメージしようとしても、どうも釈然としないのではないだろうか。 逆に心臓がドキドキすることで、気持ちが高ぶっていくということもある。
あるいは、頭の中に酸っぱいレモンか梅干しをイメージしてみよう。自然と唾液が出てくる。もちろん目の前にレモンあるわけでも、現実に梅干しを食べたわけでもない。ただイメージしただけで身体は反応する。
このように心身一如の反応は身体のあちらこちらで発生し、人間の身体は広い意味でのホメオスターシスを維持している。それは自然の中で培われてきた生命の知恵ともいえるだろう。
東洋医学では、心身一如の思想が古くからある。元来が心と身体を分けることなく治療体系が組まれているという。しかし、物事を分類することで何かを学ぶこ とに慣れ親しんできた我々の多くは、こうした発想そのものがどうも難しく感じられる。ひとまずは、心と身体がとても深い関係にあるというところから考察し たい。
メンタルヘルス対策を行うウェルリンクでは「心とからだの健康チェックSelf」を用いて、働く人たちの健康をサポートしている。この中に「心の健康度」 と「からだの健康度」の指標があり、心の健康度は合計24項目(すべて4択)の質問から構成され、「うつ傾向」および「神経症傾向」の指標としている。こ の質問の回答結果によって、「心の健康度」上位15%を「心の健康度が高い」とし、下位15%を「心の健康度が低い」として、心の健康度の高低によって身 体症状がどのように違うかを出してみた(サンプル数は合計1000人)。
 「からだの健康度」の質問項目の中で最も大きな差が出たのは、「目が疲れる」という項目だった。心の健康度が低い人では、「ほとんどいつも目が疲れる」 と答えた人が44.7%いるのに対して、心の健康度が高い人では14.7%だった。逆に、「目が疲れることがほとんどない」という人は、心の健康度が低い 人では3.3%に過ぎないのに対して、心の健康度が高い人では33.3%となっている。「目は心の窓」という言葉もあるが、「目が疲れる」ということと 「心の健康」はかなり深く関係している。
そのほか、「からだがだるい、疲れる」「肩や首がこる」「便秘や下痢をする」という身体の自覚症状と心の健康も深く関係していることが分かる。ストレスを ためて心の健康にダメージを受けている場合の共通現象として、「目の疲れ」「からだの疲れ」「首や肩のこり」「下痢や便秘」が典型的な自覚症状として出て くるといってよいだろう。

東洋医学から見る身体の反応

こ れらの症状を東洋医学的に見るとどうなるのだろう。後藤学園附属医療施設.はりきゅう臨床施設の瀬尾港二室長は「目といえば、まさに肝です」という。「肝 は目を威す」という言葉もあるように、陰陽五行論の中でも目と肝は同じ分類になっている。前号でも紹介したが、肝の機能は情動のコントロールと密接に関係 している。肝の作用が衰えてくると、感情的なストレスをうまくコントロールすることが難しくなってくる。
こうした症状に対して鍼治療を行うと、「肝鬱、つまり肝気が滞っていて気が十分に流れない状態を改善する」(瀬尾氏、以下同)効果が高い。また、肝と目の 関係はよくいわれるが「下痢だけの場合は、脾の症状と考えることが多いのですが、下痢と便秘を繰り返すときは肝の要素が考えられます。首や肩のこりも肝と 関係しています」という。
活動力が衰えて、やる気が出なくなっている状態は「気虚」といえるが、ではどこの気が「虚」しているのかが課題になってくる。肝には気をスムーズに流す機 能があり、身体のどこかで気が滞っていると、どこかで虚してしまうことにもなる。それが「心と脾で虚しているときは、心脾両虚といって不眠になる」とい う。また、イライラしたりカッカしている状態は、「肝陽上亢といって、肝での陰が虚しているために、陽の力が高まり過ぎて、気がどんどん上がっている状 態」のことをいう。
気というのは、そもそも陽の性質があって上がりやすく、とくに脳を使うとさらに上がりやすくなる。そのため、デスクワークをはじめ頭脳労働が中心になって いる人は下半身を使うことも少なく、気を下げるための努力が必要になる。たとえば、足の裏にあるツボの湧泉をイメージしたり、足を温める、ゴルフボールを 踏むといったことも効果がある。

心身一如のアプローチとは

セリエ賞を受賞した故・池見酉次郎先生(左)日 本の心身医学の父ともいえる故.池見酉次郎氏は昭和38年(1963)に九州大学に心療内科を設立し初代教授として活躍、東洋医学の考え方を早い時期か ら心身医療に取り入れるだけでなく、禅やヨーガ、気功などのボディーワークがもたらす心身への効果にいち早く着目していた。そして、がんの自然退縮の研究 で国際ストレス学会からハンス.セリエ賞を平成4年(1992)に受賞、東洋の伝統の知恵をサイエンスとして世界の医学界へ広めた貢献者としても知られ る。
池見氏によれば、心身の調和が乱れている現代人には、心を調えて身体を調える心身コントロールよりも、むしろ身体を調えることで心を調える 「身心コントロール」が優れているという。そして、気のボディーワークは「身体から心を調える東洋の知恵である」(『肚・もう1つの脳』潮文社刊、以下 同)というのが、池見氏の到達した考え方だった。
がんの自然退縮は、死と対決するような高いストレス状態の中で「自分を活かしている自然のいのちに目ざめることによって自然治癒力の活性化が起こる」とい うこと、そして「このような現象の発生には、東洋的な身心セルフコントロールの役割が考えられる」と述べている。心身を一如としてとらえる「気の医学」が まさに心と身体の調和をもたらし、生命エネルギーを賦活させていく。
身体を動かすことで、気の流れを改善していく方法が気功法である。その意味で身体からのアプローチといえるが、ここでとらえられる気は、心とも深く結びつ き、調身.調息.調心が一如の行法となる。鍼灸の治療でアプローチするのもやはり肉体である。この身体感覚を刺激することで心身の調和へ導き、心のバラン スを回復させていく効果をもたらす。気功法や鍼灸治療は、気というメディアを通じて、そこに心を内包しながら身体にアプローチする方法といえそうだ。 「身」からのアプローチは、同時に「心」をも1つのものとしてとらえているアプローチであり、それは因果関係としてはとらえられないものだろう。
では、心はどこにあるのかという質問がある。それはハート(心臓)にあるのか、脳なのか。では、心身一如というとき、心は一体どこにあるというのだろう。

全体性を取り戻すアプローチ

精 神科医としての経験も豊富な北田志郎医師は在宅医療に取り組む一方、後藤学園附属医療施設.入新井クリニックでも漢方薬を用いた治療を積極的に行ってい る。北田氏は学生のころから「心とからだの統合体としての身体」に魅せられ、研修医時代から東洋医学を学んできたという。
 「気は物質と考えられますが、気の流れを裏打ちするものとして心があります。そして気の流れが命のあり方を表しています。五臓という器にも、それぞれ心 があります。ですから、五臓を調えることが、そのまま心に働きかけることになるわけです。東洋では部分に全体が宿っていると考えます。心はどこにあるの か。この質問に答えるとすれば、身体のありとあらゆるところにあるといえるでしょう」(北田氏、以下同)
そうであるから「身体感覚を取り戻す」ということは、そのまま「心身のあり方のバランスを取り戻す」ことになる。さらに、「身体を通じて心にアプローチす るというのは、厳密には少し違うのではないでしょうか。心と身体を分けて語ることの必要性もありますが、心とからだが未分化である状態の身体に働きかけて いるのだといえるでしょう」と北田氏は語る。
このように「心は身体に遍在している」という思考体系の中で、心と身体を一つのものとして、東洋医学では患者に様々な感覚のあり方を聞いていく。それが全 人的ということであり、病気ではなく、その人を診ていることになるだろう。一方で、高度に専門分化していった近代医学では、専門分野の症状のことしか聞か ない。ここに近代医学と伝統医学の大きな違いと、専門分化することの矛盾も見えてくる。
 「精神疾患ではある種の感覚や感情を抑圧することでバランスを失っていると考えられます。その抑えつけられたものを知ること、忘れていたことを喚起され るだけで人は統合に向かう。つまり、何らかの事情で断たれてしまった情報を取り戻すこと、全体感を取り戻すことが大切ですから、漢方の持つ全体性に働きか ける機能が有効だと思います」
こうした漢方の効果は、治療を進めるうちに別の病気が治ったり、忘れてしまっていたことをある日、自然に思い出すといった形で現れてくることも多いという。
 「ですから、いわゆるカウンセリングはしません。患者さんが封じ込めていた感覚を出してもよい状態になれば、出るべくして出てきます。そうした感覚は身体が調ってくると自ずと出てきますので、無理に聞き出すことはありません」
こうした全人的なアプローチは鍼治療でもまったく変わらない。
 「身体に鍼を打つことを通して治療を行うわけですが、それは同時に心も扱っています。ですから身体が対象に見えますが、鍼をうつなかでは心と身体を分けているわけではありません」(瀬尾氏)
そして、鍼治療を行うなかで、患者さんからいろいろな悩みや心の中の出来事が、まるで浮き出るように言葉となって現れることがよくあるという。鍼によって 身体のバランスが調うのと同時に心も調い、心と身体が織りなす現象としての歪みが調整されていく。それは気という媒介であり文脈を通じて心と身体が結ばれ ている治療体系といえるだろう。

ストレスは悪者と決めつけられることが多いが、必ずしもそうではない。たとえば、敵が目の前に現れたとき、その敵と戦うか逃げるかの対処をするために、集 中力を高め、心拍数や血糖値、血圧が上がり筋肉に大量のエネルギーを送り込む。敵がやってきても、ぼんやりして何も戦う準備をしなければ、人類は遠い昔に 絶滅していたに違いない。というより生命そのものが進化してこなかっただろう。ストレス反応があるからこそ、私たちは生命を守り続けることができた。こう したメカニズムは心と身体が別々に機能しているわけではなく、心身が一つになって生命を維持しているシステムと考えられるだろう。
一方、現代医学は心と身体を分離するだけでなく、身体をさらに細かく分割していくことで詳細に分析し、発達してきたところが大きい。身体の症状を診る場合 にもいくつもの科に分かれている。それぞれの専門分野を持つことでより詳しく知ることができるという利点を持つが、全体観に欠けることは否めない。
そこに求められているのが広い意味での伝統医学であり、東洋医学の持つ大いなる知恵ではないだろうか。生命現象として現れてくる総体を把握し、それらの経 験を因果関係のみで取捨選択することなく、知恵として蓄積することで、現象そのものへアプローチするのが伝統医学の持つ特性ともいえる。生命をまるごと1 つにとらえる知恵として結実したのが東洋医学ではないだろうか。


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