中医診療日誌 - 4

肝機能の改善
水・食物を「清」と「濁」とに
分離する機能を守ることがポイント

飲みすぎ、食べすぎが気にかかるシーズンになった。長年の飲酒の習慣から脂肪肝に陥った症例を通して、肝臓の機能とは何か、いかにしてそれを守り改善していくかを考えよう。

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平馬直樹 (ひらまなおき)
1978年東京医科大学卒業後、北里研究所付属東洋医学総合研究所で研修。87年 より中国中医研究院広安門医院に留学。96年より平馬医院副院長、兼任で、後藤学 園附属入新井クリニック専門外来部長として漢方外来を担当。

「沈黙の臓器」が作り出した脇腹痛

53歳で出版編集の仕事をしているNさんが来院したのは、今年3月のこと。あまり顔色もよくなく、疲れ気味であることは、一目見てわかりました。主訴は「右脇腹(右季肋部)の痛みと下半身のだるさ」です。また、以前受けた人間ドックで「脂肪肝」と診断されているということでした。Nさんは次のように、自分の症状が肝機能の障害から来ているのではないかと話しています。「以前は仕事柄ほとんど毎日酒を飲んでおり、脇腹の痛みもだいぶ前からあったのですが放置していました。脂肪肝だと言われたので、食べすぎ、飲みすぎのせいだと考えて思いきって断酒してみたら、いったん脇腹の痛みも収まっていたのです。ところがその後仕事がとても忙しくなってストレスが大きくなったうえに、付き合いでどうしても酒を飲まなければならない機会も増えてきて、控え目ながらまた口にするようになりました。すると、また右脇腹に時々痛みが出るようになってしまいました」


肝臓は「沈黙の臓器」といわれるように、障害があってもあまり症状がないのが普通です。また、Nさんの場合、γ-GTPなどの肝機能を示す検査値は それほど悪くはありませんでした。ですから、右脇腹の痛みが直接の脂肪肝の症状といえるのかどうかはわからなかったのですが、ほかに胆石や胆嚢炎、胃や十二指腸の障害など、痛みの原因になるような病気が隠れているわけでもないようです。
また下半身のだるさもかなり顕著なようで、夜もよく眠れないことがしばしばあるそうです。そして、朝、目が醒めた時、前日の疲れが残っている感じが続いているとのことでした。
舌 を見せてもらうと、苔が白く、太くてボテッとした感じの「胖大」といわれる状態であるのがうかがえました。東洋医学では、これから2つのことが考えられま す。1つは身体の水分の代謝が悪くて湿り気が蓄えられた結果、舌の組織が水浸しの「湿舌」になっているということです。もう1つは気虚といって、気のエネルギーが不足するために組織を引き締める力がないことから、舌にもそれが表れているという考え方ができます。これらの場合、舌だけでなく体つき全体がいわ ゆる“水太り”の状態になっているのが普通です。私はNさんの舌の所見から「湿舌」と診断しました。

飲みすぎ・食べすぎで生まれる病理産物=痰飲

現代医学でいう肝臓は、東洋医学でいう五臓六腑のうち、「肝」というよりむしろ「胃」や「脾」に相当する臓器です。人間の身体は、日常の活動のエネルギーや栄養を、自然界の空気と食べ物と水から得ていますが、東洋医学では空気を処理する臓器が「肺」であり、食べ物と水を処理する臓器が「胃」や「脾」であると考えます。
外界から身体の中に取り入れたものはそのままでは直接エネルギーや栄養とはなりません。これらの臓器は、そのように体に取り込んだものを、体に必要なもの=「清」と不必要なもの=「濁」に分離する処理をします。もともと空気も水も食べ物も清と濁を併せ持っていて、人間の身体は清の部分を取り込んで、濁の部分を排泄する作業を営んでいると考えるわけです。
水と食べ物は空気よりずっと大きなエネルギーを持っていますが、それらを清と濁に分離する中枢器官は脾です。脾は消化器の中枢と考えることができ、胃と協力的に働きます。現代医学的には消化吸収の器官は胃、小腸、大腸、すい臓、肝臓、胆嚢などが関係しますが、中国医学的には脾と胃がこれらの役割をすると考えます。ちなみに人間が生きていくための先天的なエネルギー、すなわち成長力や生殖能力を生むエネルギーは「腎」の中に蓄えられています。
脾と胃が協力して清と濁とに分離した食べ物と水の処理は、さらに他の臓器が受け持ちます。脾は清の部分を「肺」や「心」に送り、心がそれを「血」という栄養物に変化させます。さらに気は肺が全身に巡らせ、血は心が全身の必要な部分に巡らすしくみです。一方、不必要な濁は胃が腸におろしていって、小腸や大腸の協力も得て最終的には大便として外に排出してしまうわけです。
さて、昔の人たちはつねに飢餓と隣り合わせで、食べ物が不足するために起こる病気のほうが大半を占めていました。ところが現代では食べすぎ、飲みすぎという過剰のために起こる病気のほうが多くなっているわけです。どんな食べ物であっても適量を取り込むことによって、栄養やエネルギーは「清なるもの」として身体に取り込まれるわけですが、逆にどんなものでも度を過ごして取り入れるとなれば身体に害のある病理産物になってしまうというのが中国医学の考え方です。
たとえばお酒なども適量であれば清として取り込まれ、気と血を巡らす作用をします。この結果、体を温めるなどいい効果をもたらします。ところが、飲みすぎてしまうと脾と胃が担当する分離作業が間に合わなくなって濁が排泄できず、清濁が混じった状態で身体を巡ることになります。それが身体に害を及ぼす病理産物になるわけです。
このように飲みすぎ食べすぎで身体の中に堆積する病理産物を、1つは「湿」といい、それに熱が加わったのが「湿熱」、それからさらに進んだ状態を「痰飲」といいます。さらに食べすぎに関しては、消化不良産物である「食積」が加わってきます。そして、こうした不必要なものが身体の中に溜まってしまうと、清らかな気や血が全身に巡っていくのを邪魔して、身体の機能、五臓六腑の機能を障害するという考え方をします。
とくに脾の働きは湿り気に弱いと考えられています。水をうまくさばけないと「湿」が生じ、脾の機能が低下しやすくて、具体的には下痢をしやすいという症状として表れます。
また、アルコールというものは高いエネルギーを持つので身体の中で熱に変化しやすいと考えます。そのためアルコールの摂りすぎは「湿熱」という病理産物を身体の中に生み出しやすいのです。こうしたものがとくに消化器の働きを障害して起こるのが二日酔いなどの症状であるというわけです。
さらにこうしたお酒の飲みすぎが日常的に続くと、水が停滞してより病的な液体成分に変質してしまいます。これが「痰飲」というわけです。
現代医学でいえば、コレステロールとか中性脂肪は適量であれば本来身体に必要なものです。ところが、それが過剰になると高コレステロール血症になって、血管壁にコレステロールなどがこびりついて身体を障害する作用をするようになってしまいます。こうしたことは、痰飲とまったく共通する概念といえるでしょう。
現代の中国医学では、Nさんが持っている脂肪肝などという状態も、痰飲が長く身体に留まった結果として起こるという解釈をすることが多いようです。また、その時その時の単なる食べすぎや飲みすぎなら、五臓六腑の脾と胃の問題になりますが、それが長く続くと脾と胃の障害が「肝」にまで影響を及ぼすことになります。そして、肝が強く障害されると、非常に疲れやすくなり異常なだるさを覚えるという現象が生じます。
五臓六腑は体内を巡る栄養やエネルギーであるところの気・血・水に対する作用をそれぞれ分担して持っているわけですが、この肝という臓器のいちばんの働きは、気や血の巡りを司るということです。気を全身に運ぶというのは肺の仕事であり、血を全身に運ぶのは心ですが、肝はそれらの臓器をコントロールするわけです。
そして、肝は精神状態と非常に関係の深い臓器です。ですから精神・情緒の変動によって起こる病気が肝にも影響するというふうに考えます。たとえば自律神経の機能などは、東洋医学でいう肝の機能とはいちばん密接な関係があるといえるでしょう。
また、肝はホルモンのバランスにも関係します。ホルモンは東洋医学でいう肝と腎に関係が深く、とくに女性のホルモンのバランスは肝の機能と密接な関係があります。

基本は体内の水分代謝の改善


食べすぎ、飲みすぎによっていちばん最初に負担がかかってくるのは胃と脾であり、濁が脾に溜まってその機能を損なわせます。すると、吐き気がした り、体がだるくなったり、下痢をしやすくなるわけです。こうした2日酔いを早くさますものとして、昔から日本の漢方では「五苓散」という薬が推奨されてき ました。この薬はじつは身体の湿をとる薬でむくみなどによく使います。中国医学に照らしてもある程度理のある処方といえるわけです。 
ただ五苓散には気や血の巡りを促進する「桂枝(シナモン)」が入って、これが身体に合わずにかえって吐き気などが強くなることがあるので要注意です。
また、飲みすぎた翌日吐き気がして食欲がなく下痢気味という2日酔いの状態だと「平胃散」という薬がわりと効果を示します。

それからもともと体質的に脾に熱がこもりやすいような人が、お酒を飲むと湿熱が表れます。この場合は胸が焼けるような感じがしたり、ベタッとしたいやな臭いのする便が出ることなどが目安です。また、口が渇いて水が飲みたくなりますが、湿熱なので脾には湿り気もあって、飲むとかえって気持ち悪くなるというやっかいな症状が出ます。
湿熱が見られるときには平胃散に加えて、便が出てもすっきりしないような場合、茵陳蒿湯という薬が合います。これは単独では急性のA型肝炎などにも使う薬です。A型肝炎の特徴は黄疸が顕著に表れることですが、この黄疸も湿熱による症状の1つと考えることができます。
ただし、下痢気味の人が茵陳蒿湯を飲むとかえって下痢を強めてしまうことがあります。こうした人は平胃散に合わせて葛根黄連黄ゴウ湯という薬を合わせて使うこともいいでしょう。
このような湿や湿熱を習慣的に日々取り込んでいると、脾が水をうまくさばけずに病的なものに変化して痰飲が生じます。たとえば風邪が長引いたあげく咳といっしょに出る痰などもこの痰飲の1種です。こうした痰飲が身体に溜まるとむかつきなどが強くなり、めまいやだるくてしかたないといった症状が表れます。これは正常な水がうまく回ることができなくなったり、痰飲がベタッとして気の通り道をふさぐので気の巡りも悪くなるため起こると考えます。単純に栄養不足などで気が不足して身体がだるくなるという場合(中国医学でいう「気虚」の状態)などは、身体を休めれば元気が回復しますが、このように気の巡りが阻まれているという場合は休んでもとれません。つまり、痰飲が解決しないと、治らないわけです。朝起きても身体がだるくてだるくてし方ないという人は、こういうタイプが多いのです。こういう場合漢方では「二陳湯」という薬を中心にした処方をすることが多くなります。
さらにその状態が長く続いて、脾の機能の悪化した影響が肝の機能に及ぶということになると、身体のだるさばかりでなく、精神的にもいらいらしやすく情緒的に不安になります。肝に負担がかかれば症状がよけい複雑になってくるわけです。
このように肝機能の治療の基本は、まず水分の代謝をうまくはかって消化器の機能を高めるということで、これを「健脾」といいます。そして、湿を取り除く「化湿」や、痰になっていればそれを取り除く「化痰」ということを行います。「化」は、「病的なものをきれいなものに転化して体の外へ排除する」という意味です。

舌の苔の厚さが病状の目安

私たち漢方家は脾にたんに湿があるだけなのか、あるいは湿熱が溜まって胃腸を侵しているのかを鑑別するうえで、舌の色をとりわけ重視します。脾に湿熱がこもると、舌の赤味が濃くなり舌にベタッとした黄色の舌の苔が伸びてきます。さらに進んで痰飲が体に停滞している人は、舌を見るとたいていはベタッとして白あるいは黄色い苔が湿熱よりもっと厚くなっています。
Nさんの場合はこの舌診などから、脾の機能を高めて湿を取り除くという治療を中心に考え、平胃散に近い薬の処方をしました。右の季肋部の痛みについては、東洋医学的には肝の気の巡りが妨げられているサインというふうに考えられます。そこで肝の気の巡りを助けるための処方として四逆散という薬の成分も組み合わせました。また、脂肪肝はアルコールの飲みすぎばかりでなく食べすぎによる消化不良物の堆積、すなわち「食積」という要素も考えられたので、消化を助けるために消化酵素の多い「麦芽」や肉や脂の消化を助ける「山楂子」なども加えています。


もちろん漢方薬で補っているからお酒がたっぷり飲めるというわけにはいきません。Nさんには脂肪肝が解消し、肝臓の機能が回復するまで「お酒をなるべく控 えなさい」と話しています。また、ストレスがなるべくかからないような生活のコントロールも大切であるとアドバイスしました。
Nさんの経過として は、薬を飲むうちにまもなく下半身のだるさは取れて眠れるようになってきたとのことです。また、不規則だった便通も整ってきたようです。半年を経た現在、 舌のベタッとした苔などもだいぶ薄くなってきています。顔色などからも元気を回復しているのがわかり、だいぶ身体のバランスがよくなってきているのではな いかと思います。


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