心の診療日記 - 4

医療が医学を越えるために

ヒポクラテスの聖地で医の原点を考える

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永田勝太郎 浜松医科大学保健管理センター(心療内科)

1948年、千葉県生まれ。福島県立医科大学卒業。医学博士。千葉大学第一内科、北九州市立小倉病院心療内科、東邦大学麻酔科などを経て、現在浜松医科大学保健管理センター講師(心療内科)。
1996年「ヒポクラテス賞」(第一回国際医療オリンピック)、1997年「シュバイツァー賞」(ポーランド医学会)を受賞する。
主な著書に「全人的医療の知恵」(海竜社)「バリント療法」(医歯薬出版)「新しい医療とは何か」(NHK出版)など多数。

全人的医療とは

現代医学(現代の慣行医療)はルネッサンス以降の西欧文明の上に成り立っています。この西洋医学に対して、世界的に展開されるバイオエシックス(生命倫理)運動一つとってみても西洋医学そのものに危機感を抱く人々が増えてきています。 
その危機を救うこととは、医療の原点にたち戻り真に人間の医療を取り戻すことでないでしょうか。現在欧米でも、こうした問題への取り組みが熱心に行われるようになってきています。 
私たちが提唱してきた患者を「絶えず病を持った人間」としてとらえる全人的医療は医療の原点といえます。 
私たちは全人的医療の基本的モデルの中で、病気の進行を3期に分けて考えています。その3病期とは、(1)機能的病態→(2)器質的病態→(3)致死的病態であり、病気はこの順に進行します。 
寿命(life span)の長さは加齢、ストレス・コーピングの仕方から大きな影響を受け、積極的な健康づくり(positive health) のためには、まず機能的病態への気づき(awareness)を持たなければなりません。すなわち、失感情症、失体感症、失意味症からの解放を図ることが最も優先されます。

現代医学の三つの盲点が生み出す医療不信

現代医療は、近代的西洋医学が主体ですが、その方法論のみでは医療の現状を十分に解決できず、それが医療利用者の医療不信につながる原因となっています。解決できない問題点は次の3つに集約できます。この3点が満足されないと医療の質的側面は満足されず、患者個々のQQL(quality of life・生命の質)も充足されません。

未病を考える医療とは 機能的病態(functional disease)の診断・治療


機能的病態とは半健康・半病人(ill-health)の状態をいいます。病理学的にはまだ完成されていない状態(未病)です。ですから解剖学・病理学を主体とした現代医学では評価が困難です。 
また、この病態は、直接的に生命に影響を与えないので自律神経失調症や不定愁訴症候群といった「病名の屑籠」に投げ捨てられやすいと言えます。 
医師はこうした病態に対してあまり強い関心を示そうとせず、「気のせい」とか「様子を見よう」という言い方になりがちで、抗不安剤の投与くらいしか考えません。しかし、この病態は患者のQQLを低下させ、放置すると器質的病態に発展することもあります。 

伝統的東洋医学では「上工は未病を治す」(いい医者は半病人を治す)と言い、この段階で治療することがもっとも大切であるとしています。 
また、英国の医師マイクル・バリントも「実地医家の最大の役割は、病気がまだ病理学的に未完成のうちに治療してしまうことだ」と言っています。
現代医学的には病的所見は見出せなくとも、東洋医学的な見方では奥
血、水滞などの所見が見出せ、客観的に評価することができます。しかも、こうした状態に対して即治療方法を用意しているのも東洋医学の特徴です。
心身医学的には、自らの機能的病的状態(失感情症、失体感症、失意味症)に対して気づきが必要になります。

副作用のともわない医療とは 器質的病態(organized disease)の副作用の治療・予防

器質的疾患の診断・治療は現代医学がもっとも得意とするところです。しかし、病的臓器・細胞を標的にした現代医学は時にその強い副作用で患者を苦しめます。 
生体の一部に対して目的にかなう方法が、他の部分には目的にかなわない作用をすることはよく経験することです。この副作用をいかに予防し、治療するかは大きな課題となっています。 
特にステロイドホルモン剤や抗癌剤などでは副作用の問題が大きく、患者の多くはその使用を回避したいと願っています。 

また、神経難病のように診断はついても治療が出来ないということもあります。身体にダメージを与えるような検査が長く続き、ようやく診断がついた後で治療方法はないと告知されるような場合、患者はまず例外なく医療不信に陥ることになります。 
副 作用は、生体の生理的機能レベルを治療法(薬剤など)が超えてしまったときに起きやすいと言えます。生体は加齢とともに衰えていくものですが、そこには個 別性があり、それを診る必要があります。生体の個別性を診るということは、治療法との兼ね合いにおいて、東洋医学的治療方法の考え方である補法を行うべき か、瀉法を行うべきかを判断することです。そこを間違えると、東洋医学においてさえ患者を副作用に苦しめることになります。

ケアの医療とは 致死的病態(lethal disease)

器質的病態が進行してゆき、現代医学的には治癒させることが不可能になったときの病態を言います。QQLの低下は著しく、苦痛が患者を襲います。いわば、「手遅れ」の病態です。キュア(治療的医療行為)は望めず、ケア(援助的医療行為)がその中心となり、ターミナルケアで代表されます。この病態では患者は陰虚証(虚弱になっている状態)であり、補い満たす補法という考え方が必要になります。

三つの盲点における共通事項:いかに補法を駆使するか

以上に述べた3点の共通点を挙げてみると、いずれも現代医学単独では解決困難である点であり、さらにいずれも患者が身体・心理・社会・実存的に虚脱した状態に置かれているという点です。したがって、これらの3点の問題解決には「補法」の導入がとても大切です。 
 現代医学は外科的療法で腫瘍を切り取るとか、抗癌剤で癌細胞を叩くとか、放射線療法で癌細胞を殺すとか、鎮痛消炎剤で炎症を抑えるといった「取る、叩く、つぶす、抑える」といった方法(瀉法)がその治療の中心でした。 
もちろん、こうした現代医学のおかげで私たちは細菌感染症を克服し、癌など多くの器質的疾患を治癒させてきました。 
東洋医学の基本的考え方は、随証療法(患者の証にしたがう)であり、実証(奥 などによっておこる病理的な状態)の患者には瀉法を、虚証(正気が虚弱なために現れる病理的な状態)の患者には補法を適用することが原則と考えます。 
現代医学では医療における普遍性を追求することに熱心なあまり、患者という人間個々のもつ個別性(individuality:東洋医学では証という)を評価して治療に当たるということを忘れてしまいました。個別性を診るということは、実は東洋医学で言う「証」を診ることに他なりません。 
このように全人的医療は現代医学、伝統的東洋医学、心身医学の相互主体的鼎立の上に成り立っています。 
このことは現代医学・医療を十分に評価し、その適応と限界を明確にし、今ある医療資源の中で、何が活用できるかを考えることが重要です。 
科学はそれぞれの哲学・方法論を踏まえた上で、適応と限界を明確にするところから始まります。分析的手法、統合的手法を使い分け、その成果を各個人(whole person)に投影していかねばなりません。そこには医療人が、人間としての幅広い見識の上に、サイエンスとアートを使い分けるヒューマニズムを持たなければならないと思います。 
さらに、全人的医療を行うためにはそれが絵に描いた餅であってならず、実在する人的・物的医療資源を合理的に駆使して、いかに実践するかを科学的に普遍的に系統立てていかねばなりません。

コス島で全人医療の必要性を訴える

このような医療・医学の変革期の中で、第1回国際医療オリンピックが1996年夏、ギリシャのコス島(医聖ヒポクラテス生誕の地)で開催されました。 
世界51カ国から1500人の医師が集まり、今後の医療について熱心な討論がなされました。 
参加者に共通することは、現代医学・医療に精通するとともに、学際的にも進歩的な考え方を持ち、代替医療、伝統医療をも熟知し、机上の空論ではなく臨床の事実を重視し、実践家で理論家である点などでした。 
私たちはこの歴史的な祭典で国際シンポジウム「全人的医療」(comprehensive medecine)を主宰しました。シンポジストは、英国、米国、オーストリア、スイス、イスラエル、フィンランド、ポーランド、中国、日本の10カ国に及びました。このシンポジウムの意義は、来るべき21世紀に向かい、現代医学(慣行医学)の問題点として、医師が何をすべきかを以下のように明確にした点です。
1、市民の有する医療不信
2、機能的疾患の診断、治療の限界
3、器質的疾患の副作用
4、致死的病態のケアの限界 


統一的見解として、こうした限界を乗り切るには、現代医学を一層進展させるとともに、伝統的東洋医学、心身医学の相互主体的な導入を提案し、全人的医療の考え方が今後の医療の方向性を打ち出すものとして提案されました。 
なかでも伝統的東洋医学には補法という考え方と臨床実践があり、このことは人類の医療にとって資源の宝庫であるといえます。しかし、私たちはまだこの点を十分に活かしているとは言えません。 
日 本には発展した現代医学があり、漢方や鍼灸を主とした伝統的東洋医学が根づき、さらに医療哲学の異なる両者を橋渡ししうる心身医学の蓄積も大きなわけで す。これら三者を相互主体的に駆使することで可能となる全人的医療の発展が国際的に貢献しうるという期待がこの大会で表明されました。 
21世紀に向かい、私たちは以上の点をよく認識しなくてはならず、伝統的東洋医学を、心身医学をインターフェースにしながら全人的医療の文脈の中で駆使するシステムを構築していかねばなりません。


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