中医診療日誌 - 6

肥満と糖尿病
病気進行度に沿った改善効果で
病気と快適に共存

糖尿病に対する中医学の効果は未知の部分が多い。ただし、現代医学の食事・運動コントロール、血糖降下治療、インスリン投与の3段階の治療に対応すれば、いずれもよりよい効果を期待できる。40代から病域に入りながら60代を快適に過ごしている男性の症例をみながら、糖尿病との付き合い方を考える。

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平馬直樹 (ひらまなおき)
1978年東京医科大学卒業後、北里研究所付属東洋医学総合研究所で研修。87年 より中国中医研究院広安門医院に留学。96年より平馬医院副院長、兼任で、後藤学 園附属入新井クリニック専門外来部長として漢方外来を担当。

古典に見られる糖尿末期の病態

糖尿病というのは、症状が発現するまでのプロセスが長い病気です。現代では検診により症状が現れる前に見つかるようになりましたが、中医学でも西洋医学でも古典医書に記載されているのは、糖尿病の終末像でした。糖尿病が進行して著しくやせ衰えたり、網膜症で失明したり、腎障害から腎不全になったりする病態については、古くから知られていたわけです。また、終末期を迎える少し前にひどくのどの渇きを訴え、食欲が旺盛になる時期があるということも知られており、中医学ではこの状態を「消渇(しようかつ)」と呼んできました。
これに対して現代の糖尿病についての考え方は、検診で見つかった症状の出る前の状態をどのようにコントロールするか、あるいは合併症の進行をどう食い止めるかということです。こうした意味で、中医学が糖尿病について、どの程度の効果をあげることができるのか、まだ手探りの状態であるということができます。
糖尿病はすい臓のランゲルハンス島といわれる部分から分泌され、血液中の糖分を調整するインスリンの量が落ちたり働きが衰えて需要に応えられなくなる病気です。よく知られているように2つのタイプがあって、一つはインスリンの分泌がきわめて低下しているために外部からインスリンを補給しなければならないインスリン依存型です。もう1つはすい臓から分泌されるインスリンの作用が落ちているけれど、インスリンを補給する必要のないインスリン非依存型です。遺伝的な体質に基づいて中年以降に発症するタイプで、日本人の糖尿病の大半を占めます。中医学の役割が期待できるのは、このインスリン非依存型ということになるでしょう。
インスリンの働きを悪くする要素はいろいろ考えられますが、いちばん大きいのは過食や肥満です。インスリンの需要が増え過ぎて供給が間に合わなくなり、血糖が高くなってしまいます。一方肥満体はインスリンを利用する能力も低下していきます。そのために血液中の糖が高いのに効率的に利用できなくなり、その結果、脂肪やタンパクなど、他の栄養分の代謝にも影響を及ぼすことになるわけです。

ストレスが肥満の引き金に


中医学では肥満体質を、主に腎と脾の2つの臓器から考えます。そして、肥満の大きな原因は、1つは食べ過ぎること、もう1つは食べたものがうまく代謝され ないこと、さらにもう一つは食べたものが身体の栄養にならずに無駄なものとなって残ってしまうことという主に3つの場合を考えるのです。
中国医学では食べ過ぎてしまうことを胃の熱が旺盛であると考えます。胃に熱があると食べても食べても満足できず、同時にやたらのどが渇く現象が生ずるとされます。これは糖尿病の肥満が進むある時期に、のどが渇いてやたらと食べてしまう病態と、かなり一致するわけです。

また、胃に熱がこもるということは、現代でいうストレスが大きくかかわると思われます。ストレスは肝の臓に影響を及ぼし、肝火が胃に移った結果、胃に熱がこもるというわけです。結局、食べ過ぎるというのはストレスの発散という要素も非常に大きいと考えられます。
もう1つ、元気がなく、たいして食べないのに、なんとなくポテッと太っているというケースがあります。中医学でいう「気虚」の水太りタイプの肥満です。これは身体の機能が全体に悪く、甲状腺の機能なども低下していて、うまく食べたものが活発に代謝できず、また運動もなかなかだるくてできない状態と解釈します。
さらに中国医学では肥満と病的に余剰な体液成分である「痰」が関係があると考えます。人間の身体は生きていくために自然界から空気と水と食べ物といったエネルギーを取り入れて、それを身体に必要な清なるものと、不必要な濁とに分ける働きをします。そして、清なるものを体内に取り込み、余分なものを体外に排出するわけです。食物を取り入れて消化吸収するのは胃と脾ですが、たとえば脂肪分や糖分なども人間が生きていくうえで適正な量であれば清なるものとして利用され、過剰になると濁ったものに変質して身体にたまってしまいます。そして、中性脂肪、コレステロール、血糖など、身体に過剰にたまった病的な体液成分を痰湿と呼びます。
これらいずれのタイプの肥満でも糖尿病の引き金になりうるわけです。

進行度に応じた中医学の役割


糖尿病の治療で必要なことの1つは血糖値を適切にコントロールすることです。血糖値が高いと、糖でベタベタして浸透圧の高い状態の血液が全身を流れてい き、ほうっておくと血管障害を起こし全身の細かい血管がダメージを受けます。そこで血糖値を下げるということがまず必要です。また、血糖だけでなく脂肪や タンパクの代謝も悪くなり、その結果痛風などに結びつくので、尿素窒素や尿酸などもチェックし、コントロールする必要があります。
それからさらに長い目で見て必要なのは、なんといっても糖尿病の合併症の進行を食い止めるということです。糖尿病になると感染に弱くなり、たとえば風邪を引きやすく、膀胱炎、吹き出物やおできができやすい、あるいは感染症にかかったりケガをすると治りにくくなってしまいます。
もう一つは高血糖の状態が長く続き、細かい血管がダメージを受けた結果、全身に様々な障害が現れます。最も典型的なのは目です。細かい血管の分布する網膜が障害を受ければ網膜症になり、失明という問題に結びつきます。また、腎臓は血液中の老廃物を漉(こし)取って外へ排出する糸球体がダメージを受けて尿毒症の危険が出てくるし、心臓の細かい血管がだめになると狭心症、心筋梗塞につながってきます。
また、糖尿病性の神経障害という問題も現れがちです。典型的に早く出るのは知覚障害で、手先がしびれたり、足の裏がジンジンするといった感覚を覚えたりします。さらにボタンがかけにくくなるなど細かい手の動きなどにも影響してきます。
外から見えるのは皮膚病変では、できものができやすくなったり皮膚が荒れて痒みが出たりします。血管障害の結果、足のえそなども起こりやすくなります。こうした合併症の進行を阻止することが糖尿病治療の重要な目的になります。
現代医学の糖尿病の治療は、結局進行の段階に応じて血糖値をうまくコントロールすることです。基本的にはインスリン非依存性の糖尿病ではやはり体重のコントロールであり、食事と運動につきると思います。すべての治療はそれに対しての補助療法と考えたほうがよいでしょう。
運動や食事のコントロールだけでは追いつかない時、血糖降下剤が投与されるということも行われます。さらに、それでもだめならインスリンを使うことになり、基本的にはこの3段階ということになるでしょう。
そこで、中医学はどういう役割ができるかということになりますが、私はこの3段階のいずれでもそれなりの役割はあるかと思います。たとえば中医学を応用し身体の新陳代謝を活発にするような治療を食事や運動と並行して行うことにより、体質のアンバランスを是正したり胃腸のコンディションを整えたりするうえで大いに有利に働くはずです。また、合併症がある程度見られるような段階では合併症の治療にも効果が期待ができます。

食事と運動コントロールで快適に

会社役員のTさんが糖尿病のコントロールを希望して初診来院したのは、今から4年前の58歳の時でした。当時身長166センチで、体重65キロであり、それほど太りすぎではないと思われるかもしれませんが、じつはTさんは糖尿病の教育入院をして退院したばかりだったのです。
病歴をみるとTさんは若い頃から比較的肥満がちで、とくに40歳くらいから中年太りが目立つようになり、48歳の時受けた健康診断で糖尿病の病域に入っていることを指摘されました。
ピーク時の体重は78キロ、血糖値も220mg/mlに達することがあり、この頃、病院を受診したら、血糖値が高く、尿糖が出ているということで食事の指導を受けることになりました。その結果、数カ月で10キロ減量し、尿糖も陰性になったとのことです。


ただし、Tさんの血糖値は依然として150~160mg/mlあり、それほどコントロールはよくない状態でした。それでも自分では「よくなった」という気分になり、だんだん病院への足も遠のいたそうです。やがて、体重も再び増えて73キロくらいに戻りました。そして、指先や足の裏がジンジンとしびれる感じが続くようになったので、久しぶりに病院に行ってみると、「血糖値が上がっている」と指摘され、「手足のしびれも糖尿病による神経障害」と告げられました。眼科に回されると糖尿病性網膜症も出始めています。さらに尿タンパク、尿素窒素が出ていて腎障害があることもわかりました。そこで、病院で教育入院を勧められたわけです。
1日1600キロカロリーの食事で過ごすことにより、体重は66キロくらいまで減量し、血糖値も比較的改善しました。「今のところインスリンを打つ必要まではない」と告げられ、食事と運動のコントロールを続け、月に一度の血糖値検査を受けることを指導されたうえ、退院しています。
しかし、Tさんは「これだけでは足りない」と思い、漢方の治療を求めて来院されたわけです。ただし、こうした患者さんに基本的にしっかり理解してもらわなければならないのは、「漢方薬は食事や運動の代わりにはならない」ということです。食事と運動のコントロールが苦しくて漢方に逃げるというような考え方で漢方の治療を受けても絶対にうまくいきません。Tさんにはまずこのことをしっかり認識してもらいました。
Tさんは「身体がだるい」という訴えや脈診、舌診から「気陰両虚 きいんりようきよ」という証であると診断できました。また、手足のしびれは毛細血管の機能が悪くなっているために起こるもので、これを中医学では「血お阻絡(けつおそらく)」という病状と診断します。そこで、治療は「益気養陰(えつきよういん)」「活血通絡(かつけつつうらく)」の考え方から、漢方薬を処方しました。
こうしてTさんは、食事のコントロールを続け、スポーツ・ジムへ通って運動をしながら、煎じ薬を飲み、根気よく病気と取り組んだところ、だんだんジンジンしたしびれも消えていきました。最初の年の冬は秋口から春まで手袋を手放せないほど手先が冷えていたのが、翌年の冬には手袋を使わなくてもすむようになったのです。
現在62歳のTさんは、食事、運動をコントロールした生活を続けた結果、むしろ50歳代より元気になったようです。栄養過剰の時代、中年になって糖尿病を発症する人が非常に多くなりましたが、発症したからといって人生はそれでけっしておしまいではありません。糖尿病と合併症を持ちながら、それを上手にコントロールすることにより、かえって生き生きと快適にすごすことが可能になるわけです。

 


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