中医診療日誌 - 8

更年期障害
“のぼせタイプ”も“冷えタイプ”も
陣へのアプローチで改善

更年期障害は、多岐にわたる諸症状が現れるが、中医学ではこれらを主として腎の系統の障害とみる。ある場合は熱がこもり、またある場合は冷えがまさるといった症候群に対して、腎へのアプローチが穏やかながら確実な改善をもたらす。また、伝統医学に蓄積された知恵は、男性更年期という新しい考え方に基づく症状に対しても治療手段を提供する。

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平馬直樹 (ひらまなおき)
1978年東京医科大学卒業後、北里研究所付属東洋医学総合研究所で研修。87年 より中国中医研究院広安門医院に留学。96年より平馬医院副院長、兼任で、後藤学 園附属入新井クリニック専門外来部長として漢方外来を担当。

老化へのソフトランディングを提供

約2000年前に中国で集大成された『黄帝内経』の「素問」といわれる部分には、人間の成長・発育・老化の原理について書かれています。これによると、女性は7の倍数、男性は8の倍数で変化の節目を迎えると記述されているのです。まず、女性は7歳になると歯が生え変わり髪の毛が伸び、14歳で月経が始まるとされており、一方、男性は8歳になると髪の毛が伸び歯が生え変わり16歳で射精が始まるとされてます。
このように生殖能力を備えることを、中医学では「腎」の機能が充実してくると考えます。そして腎の精から「天癸」という物質が生じるとされます。具体的にいえば女性なら卵子、男性なら精子を指しており、排卵や射精が始まることを「天癸至る」と表現します。


こうして、女性は28歳、男性は32歳で腎の精が充実して生殖能力がピークを迎え、子どもを生んで育てるのに最適の年頃とされます。これ以降腎の精はだん だん衰えに向かい、女性は49歳でさらに急激に腎精の働きが落ちて排卵が終わって「天癸尽きる」という身体になり、老人期への入り口を迎えるわけです。
こ うした女性の生理現象ともう一つ密接な関係がある働きをする臓器は「肝」です。肝は血を蓄え、全身の血流量を調整しているとされ、女性の月経も肝の調節に よるものと考えられています。そして、肝の働きが衰え低下してくるために女性の月経サイクルにも変化が出て、ついに閉経を迎えると考えるわけです。五臓六 腑のつながりでいえば、腎の機能が衰え、肝が過敏に反応して機能が乱れるという病態になります。
更年期には、現代医学の診療科からいっても多岐にわたるような症状が出てきます。中医学では、これら諸症状は腎の系統の障害であり、またそれによってもたらされる肝の失調であるという概念を用いています。
一方、現代医学では、更年期障害を和らげる有効な手段としてホルモン補充療法(HRT)というものを採用するようになっています。しかし、補充療法はがんを誘発するのではないかとか、糖尿病を持っている人はそれを悪化させるのではないかともいわれています。日本人は一般的にこの療法に心理的抵抗があって、欧米に比べると受け入れる人は少ないのが現状です。これに対して漢方には、性ホルモンの急激な減退をカバーし、ソフトランディングさせることにより更年期障害の症状をやわらげ、より自然に更年期から老年期に向かうようにサポートするという役割が注目されるわけです。

腎の陰が衰えているのぼせタイプ

52歳のK子さんが来院しました。様々な不定愁訴を覚え病院にかかったのですが、更年期障害と診断されホルモン補充療法を勧められたことに、「いやだ」と拒絶反応を起こし、漢方治療を求めてきたのです。
K子さんは、夫と2人で小さな商店を経営しています。身長158センチ、体重60キロと少々太めですが、元来元気な働き者の「おかみさん」として商店街でも人気者でした。
K子さんは51歳で閉経していますが、49歳から月経の間隔が本来の周期より長くなり始め、この頃からのぼせの発作が頻繁に起こるようになりました。顔などに発汗をともない、ひどい時は動悸に悩まされます。それが一日に何度も起こることもありました。とくに気温差に敏感で、ちょっと暑さを覚えるとたちまちのぼせが来ます。逆に店の床はコンクリートのたたきなので足元は冷えを覚えます。
就眠中にものぼせ発作が起こって、目が覚めやすくなりました。夢にうなされたり、寝汗をかいたりすることも頻繁です。そのほかこれに伴い、肩が凝ったり、頭がずんと重くなり、ときどきめまいにも見舞われます。また、やたら口の乾きを覚え、水ばかりよく飲むようになりました。
精神的状態にも不安定さが現れ、本来の明るさ、快活さが損なわれるようになりました。なにかとイライラしたり、気持ちが落ち込んだりすることが多くなり、ちょっとしたことでご主人と口げんかをしたり怒鳴ったりすることが増えてしまいました。また、もの忘れが多くなり、物の名前、人の名前が出て来にくいこともしばしばです。自分でも気になるし、まわりからもそのことを指摘されるようになりました。
K子さんの舌を診せてもらうと、舌の赤みが増して苔が正常より少ないのがわかりました。これは身体の中に熱がこもっているという所見です。


脈診では脈が細いほか、弦脈という特徴的な脈が観察されました。脈が細いのは身体の中の物質が不足している状態を示すもので、すなわちこれは血が不足したり、腎の精が足りないことを表しています。
ま た、弦脈は中国医学では肝気が高まっている時にも起こる脈とされます。こうした脈は血圧の高い人に起こりがちなので血圧計を使ってみると案の定 168~92mmHgと高めでした。健康診断などでも血圧が高いと指摘されているとのことで、これもコントロールが必要かと判断されました。
東洋 医学は心身のバランスを陰と陽から診ます。K子さんは足の冷えがあるので一見陽の不足ともみられますが、それは上が熱くなったために気が下りていかないた め起こる現象と考えられます。すなわち足元は冷えるけれど、身体の本質は陰が不足して熱のほうに傾いているわけです。これは腎精が不足した結果、腎の陰陽 のバランスが乱れて腎陰虚という状態になっていると考えられます。
そのほか肝の機能はつねに腎のサポートを受けているため、腎に問題が出てくれば肝にも影響が表れます。すなわち肝の陰も不足するため肝陽や肝気が暴れやすくなります。
K子さんの症状は、こうした中医学の診立てに基づく病態にほぼぴったり合致するものでした。すなわちほてったり、寝汗をかいたりするのは、腎陰虚の病態として知られてています。また、肝は精神情緒と関係の深い臓器なので、イライラしたり落ち込んだりするというのもやはり肝気が乱れているということで説明がつくわけです。中国医学の診断では、「肝腎陰虚」という証であり、上半身ののぼせというのは「肝陽上亢」という状態が起こっているのだろうと考えます。
こうしたことから治療方針としては肝と腎の陰を補って上った陽気を下に鎮める「滋補肝腎」ということを考えます。そのための処方は、杞菊地黄丸に当帰芍薬散、二至丸という3つの漢方薬を組み合わせ、「気長に飲んでください」と指示しました。
しかし、薬を飲み始めた時期がいちばん身体内のバランスが乱れやすい閉経期を過ぎていたこともあって、投薬の効果は意外と早く現れたようです。K子さんは治療開始から1ヵ月以内にのぼせが軽くなったのが自覚できました。そして諸症状が徐々に緩和され、2ヵ月以内にはほとんど「つらい」という自覚がなくなったのです。
一方、血圧のほうは薬を飲み始めてからある程度下がりましたが、やや不安定な状態が続きました。また、最初の血液検査でややコレステロールが高いことからコントロールが必要と考えられます。これらは陰虚の体質を治していくという治療を続けるうちに安定していくものと考えられます。

冷えの強いタイプは腎の陽が低下

50歳の主婦・T子さんは、病院で補充療法を受けたのですがうまく症状が改善しないということで、漢方治療を求めて来院されました。K子さんとは逆に冷えを主症状に訴えておられます。じつはK子さんのようなのぼせタイプの人は現代医学のホルモン補充療法などにもよく反応するのですが、冷えが目立つ人は補充療法にうまく反応せずに漢方療法を求めるケースが多く見られるのです。またT子さんは体型的にもK子さんとは対照的にやせ型です。
T子さんは普通の女性よりやや早く48歳で閉経しましたが、その少し前の45歳くらいから身体の冷えが強くなっていました。ときにはのぼせたりイライラすることもあるのですが、精神情緒の面でも、「気持ちが落ち込んで積極的になれない」といった症状が主に出ています。以前は主婦として元気に家事をこなしていたのですが、徐々に元気がなくなり、朝ご主人や子どもたちを送り出したあと、また横になりたくなるという状態が続いていました。彼女は更年期でうつ症状をともなうタイプとみられます。
また、腰や膝の痛みもありました。胃腸は基本的に丈夫でなく、食欲にむらがあって食べる時は食べるけれど、いったん落ち込むと何も受けつけなくなります。
T子さんを診断した結果、K子さんのような腎の陰虚とは逆のタイプという見立てができました。すなわち腎の陽気が衰える「腎陽虚」という状態であり、同時に胃腸の中枢である脾の働きに衰えがみられます。
そこでこの患者さんには八味地黄丸という処方をもとに、真武湯という薬を合わせ、また女性の聖薬ともいわれる当帰を加えて処方しました。当帰は20代、30代の若い女性の月経の異常や身体の冷えなどの自律神経失調症状などにもよく使う薬で、ここでは血のめぐりを改善し身体を温め、ホルモンのバランスを調節する作用があります。
T子さんの場合、K子さんに比べれば症状の改善に少し時間がかかり、はっきり体調がよくなり元気になるまでに数ヵ月を要しました。こういう患者さんがしっかりするまでは、1、2年続けて経過をみていくというふうに考えます。
このように中医学は、同じ更年期障害に対してもその患者さんの個別の体質をとらえてそれに合った治療を行うのが大きな特徴です。一方、ホルモン補充量法は、体質とは関係なく行うため、それによく反応する人と効きにくい人が出てしまうわけです。

男性更年期障害に対しても治療手段を提供


さて、最近では男性更年期障害というものが提唱されるようになりました。しかし、学問的にそういう病気があるということが確実に認められたわけではありません。
もちろんそうした患者さんがいたとしてもそれをきちんと診療できる施設はまだ少ないでしょう。
男 性も50代に男性ホルモンの分泌が減ってきて、これが影響して全身のホルモンのアンバランスに結びつくことは考えられます。ただし、男性には月経サイクル もないし、女性にくらべて変化がゆっくりしているため、それがどのように症状と結びつくのかは観察しづらいところがあります。それでも、マスコミなどで男 性更年期という言葉がよく使われるようになってくるにしたがい、そうした症状を自覚する人は増えてくるものと考えられます。
一方、中高年期の男性は社会的にも家庭的にも様々な変化が生じやすく、精神的なストレスが多くなるため、心身症やうつ病など心のトラブルが生じやすくなります。そうしたものとホルモンバランスの乱れによるトラブルを見分けることは専門医でなければなかなか難しいと考えられます。
しかし、じつは、現代の見方で男性更年期障害と呼ばれるような現象はずっと昔からあったというふうに考えられ、中医学はそうしたものにも3000年にわたって対応してきたわけです。西洋医学的にはまだ不確かな存在である男性更年期障害の症状に対しても、中医学は長年の臨床の知恵の蓄積が治療の手段を提供できる場面は少なくないと思います。


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