メンタルヘルスケアへのアプローチ

いま、メンタルヘルス対策にはコメディカルスタッフの活躍が求められるだけではなく、治療の現場でもメンタルヘルスに関する知識や体験が必要不可欠になっているといえるだろう。

小西喜朗 

(ウェルリンク株式会社・厚生労働大臣認定産業カウンセラー・心理相談員)

企業に求められる心の健康調査

いま日本の企業を襲っているのは不況ばかりではなく、社員の「心の病」もある。1998年以降、日本の年間自殺者数は5年連続で3万人を超え、2002年の自殺者数は3万2143人、この数は交通事故死の4倍近くに及んでいる。急増の原因の1つは働く中高年層の自殺の増加である。交通戦争が叫ばれた昭和40年代半ばでも事故死は約1万5000人であったことを思い起こせば、現在の自殺者数がいかに尋常なものではないかがわかる。

厚生労働省では2000年3月に「メンタルヘルス指針」を発表、労働者に対するメンタルヘルス対策を進める方向を指し示した。同時期、過労自殺に関する判 決が最高裁にて下り、某広告代理店は1億数千万に及ぶ損害賠償を遺族に支払うことになった。このような背景から、企業の中ではメンタルヘルス対策に対する 関心が急速に高まっている。数年前だと、メンタルヘルスの必要性を訴えても「うちには必要ない」という人事担当者も多かったが、今では、いかに対策を立て ていくかが人事部門の急務の課題になっている。
「心とからだの健康チェックSelf」(ウェルリンク社)による働く人たち1000名への調査結果 では、「ほとんどいつも死にたい」と思う人は全体の1.2%、「しばしば死にたい」と思う人は2.3%で、自殺念慮の高い層は全体の約3.5%に及んでい る(2002年)。日本の就業者数6371万人のなかで自殺念慮の高い人3.5%を自殺予備軍とすれば、働く人たちのなかで約223万人が自殺予備軍とい うことになる。
こうした自殺念慮のある人は仕事の負荷が高い一方、その仕事が自分に合っていないと感じる場合が多く、周囲との人間関係も好ましくない傾向にある。日常的なストレスが心身を蝕む姿が、同調査結果から見えてくる。

こうしたなか、企業の人事担当者の頭をいちばん悩ますのが「うつ」対策である。社員の中に「うつ」が原因で出社困難に至るケースが増えるだけでなく、表面には見えてこない潜在的な「うつ」も気にかかる。会社の生産性に影響するだけでなく、自殺者を出すと企業イメージにも大きなダメージになるだろう。
そんなところから、社員のストレス状態をチェックする健康調査を実施したり、管理職に対してのメンタルヘルス研修を実施する、社員の相談先として外部のカウンセラーに依頼するといった様々な対策をとりはじめる企業が増えてきた。

総合的なストレス対策が大切


現在、働く人たちのいちばんのストレスとして、職場の人間関係があげられ、「うつ」対策が最も着目されているが、ここで1つ注意が必要だ。メンタルヘルス対策は「うつ」対策だけではないということである。ストレスを受けることで、不安障害や数々の心身症に至るケースも多い。
たとえばストレス の影響として、高血圧や心疾患などの循環器系疾患、胃潰瘍などの消化器系疾患、各種の不定愁訴を含む自律神経失調症などがあげられる。また、強い心理的な ストレスは内分泌系や免疫系にもダメージを与えるため、ほとんどの内科系疾患と深く関連している。日本の3大死因であるがん、脳血管障害、心疾患だけでな く、「死の四重奏」といわれる高血圧、糖尿病、高脂血症、肥満が増えている。現代日本社会で課題となるほぼすべての疾患に対して、ストレスは深く関係して いる。

言い換えると、人間関係までも含めた広い意味での社会生活と「うつ」や生活習慣病は深く関係しており、ストレス・マネジメントを大きな柱にアプローチしていくことが、「うつ」対策を含めた総合的な健康づくりには大切になってくる。
ストレスから自殺に至るのは最悪のケースだ。交通死亡事故の背後に膨大な事故件数があるのと同様、自殺の背後には数百倍に及ぶ多くのメンタルヘルス不全や心身症が存在する。交通安全教育を広範に行ったり、車や道路の安全性を高めていくのと同じように、総合的なストレス対策を進めることが大切となる。つまり、交通事故対策での救急体制の整備といった疾病対策だけではなく、東洋医療で説く「未病を治す」という視点に立つ「総合的な健康づくり」が大切であり、それが「うつ」対策としても効果を出す。

コメディカルの連携プレーで可能となるメンタルヘルス

企業のメンタルヘルス対策として、臨床心理士や産業カウンセラーが悩みの相談を受けることが多い。こうした対応はもちろん大切だが、現実に悩んでいたり、「うつ」に苦しんでいる人がなかなか相談に訪れないという課題も一方にある。
その理由の1つに、カウンセリングへの「敷居の高さ」がある。「自分はカウンセラーに相談するほど悩んでいない」「カウンセリングでは自分の問題は解決しない」と思ったり、「カウンセリングに行くなんて情けない、自分で解決しないといけない」と考える人も多い。現実のカウンセリングは、必ずしも深刻な問題だけを扱うわけではないし、カウセラーは利用者が自分で問題を解決していく手助けをする存在である。気軽に利用することが望ましいのだが、なかなかそうはならない。
一方、ストレスを受けて緊張するのは心だけではない。身体が同時に緊張し、筋肉も収縮する。自律神経系のバランスが崩れ、疲れやすい、肩がこる、頭痛がするといった初期症状が出てくる。このような身体の不調は精神状態にも影響し、日常のつらさやさらなるストレスを増やすことにもなる。気分が落ち込んだり、不安になったとき、こうした身体反応に対処することも重要なストレス対策となる。
そのため、心の健康づくりやストレス対策には、カウンセリングだけでなく、運動や食事、睡眠、休養といったライフスタイル面への指導、緊張を取り除くためにリラクセーション法の指導など、様々なアプローチが求められる。
今後、こうしたストレス対策の分野で活躍を期待されるのは、医師やカウンセラーだけではない。人間を丸ごと一つにみた健康づくりを行う全人的なアプローチが大切であり、広い意味でのコメディカルが連携できる体制がぜひとも必要となるだろう。
たとえば、ストレス反応として最初に出やすいのは、首や肩がこるといった身体の緊張である。こうしたクライアントに対して、鍼灸、マッサージのもつ効果は絶大である。ゆったりした治療のなか、全身の血行が改善され、身体の緊張がほぐれていくことで、心身ともにリラックスできるだろう。交感神経が優位の状況から心身をゆるめることで、自律神経系のバランスを整えていく。あるいはスポーツクラブで運動指導を行う、栄養士が食事指導を行うとともに、カウンセラーはメンタル面からのサポートを行うといった総合的なアプローチが必要になる。
あるいは、鍼灸治療や看護を求める患者の多くは現実にメンタルヘルス的な課題を抱えていることが多い。というのも、全疾患の8割はストレスと密接に関わっているといわれるからだ。たとえば、とても几帳面で仕事に取り組んでいる人が肩こりに悩んで来院したとしましょう。彼はトップにならないと気がすまないタイプで、猛烈に仕事をこなしている。その結果、過度にストレスをため込んで、身体が悲鳴を上げた。対処法としては肩こりを治せばよい。しかし、同じ行動パターンを続けると、高血圧や心筋梗塞になる可能性は一般平均よりも高い。病状を軽減することで患者は満足するかもしれないが、全人的な視点に立つとき、それで十分だと言えるだろうか。
治療よりも予防が重視される中、患者の健康をサポートしていくには、表面に出てきた症状だけでなく、本人の生活状況やストレスに関して無知ではいられない。
いま、メンタルヘルス対策にはコメディカルスタッフの活躍が求められるだけではなく、治療の現場でもメンタルヘルスに関する知識や体験が必要不可欠になっているといえるだろう。


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