食事を考える

キレやすい食生活とは何か

子どもはいったい何を食べればよいのか、
日常の食事が知らず知らずに子どもを蝕む
戦後も半世紀を過ぎ、食が文明化し固有の食文化が大きく様変わりした。
そんな中で二一世紀を担う子どもたちの健康に何か異変が起きているという。
それらの原因の一つに食生活の変化が考えられるという。
いま一度、固有の食文化に立ち返り、日常の食事を見直すことが大切ではなかろうか。

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鈴木雅子(すずきまさこ) 福山市立女子短期大学教授
1937年奉天市生まれ。ドイツ・ハイデルベルク大学医学部留学。岡山大学医学部にて医学博士号取得。73年より福山市立女子短大教授。病態栄養学の立場から健康と食生活の関係に着目し、日本型食生活の見直しや、子供の健康と食生活に対し提言をし続けている。著書に『子どもは何を食べればよいか』(山陽新聞社)『食事が子どもを変える』(家の光協会)他

現代型栄養失調と心のバランス


このところ、中学生が中心になって引き起こす暴力事件があとを断ちません。これらの事件の特徴は、普段はおとなしい、どちらかというと目立たない子ども が、突然凶暴になるということです。こうした状況をマスコミは「キレる」と表現しました。これに対し、教育界を中心に論議が交わされてきました。その内容 の多くは、環境の急激な変化によるストレス、しつけなどでした。しかし、そうしたことだけでは解決の糸口が掴めないことは、すでに教育界においてだけでな く、多くの識者の指摘するところです。ところが、これらの事件の原因と解決方法については、いまだになにも明確にされておりません。しかし、これまでほと んど論議の対象とならなかった食生活のあり方と心の関係については、やっとある程度の理解が得られるようになったと思われます。


実は栄養というと大多数の人は、首から下の体に必要と考えておられるようです。ところが頭=脳は大食漢で、多くのエネルギーと栄養素がないと活発に働かな いのです。脳は心を支配しています。その脳が生き生き動いてくれないと、心もうまく動かない、つまり心のバランスの崩れを起こしやすくなります。周囲にう まく適応できず、いらいら、腹立ち、すぐカッとするなどを起こしてしまいます。 脳の重さは大人では体重の2%位ですが、一日に必要なエネルギーは、全必 要量の20%にもなります。さらに、脳を動かす為には多くのビタミン、ミネラル、アミノ酸、リン脂質などが必要です。つぎの表は、不足すると精神的な不安 定状態を起こすとされるビタミン、ミネラル類です。(表1)

アミノ酸としては、タウリンやグルタミン酸が必要ですがこれらは、魚や大豆に多く含まれています。またリン脂質としてはレシチンが重要で、これも大豆に多いのです。
WHO主催のスウェーデンで開催されたシンポジウムは、これらの栄養素が不足すると、発育ざかりの子どもは特に、脳の発達が妨げられ、精神的な問題を起こす可能性があると指摘されました。
またアメリカでは、ジョージ・マクガバンが発表した「マクガバンリポート」が大きな反響を呼びました。その内容は次のようなものでした。
現在あまりにも多い添加物などのケミカル、脳の栄養バランスを崩すような加工食品の急増、また食品の過度な加工によるビタミン、ミネラルの不足、こうしたさまざまな現代社会に特有の食品環境は、子どもの頭脳の働きを崩すことが明らかとなった。現代の社会では、間違った食事によって、子どもたちの心まで狂わされている。しかし、食事内容の改善は、子どもの心を健康に導くことが出来るし、その方法もわかってきている。
そこで問題にしなければならないのは、わが国の子どもの食生活です。一見したところ、子どもは食べ物の豊かな時代に生きているように思えます。しかしよく調べてみると、彼らの食事で豊かなのは、熱量と量、種類、それにさまざまな色くらいで、脳に必要な栄養素の補給が出来るような食事はしていないのです。欲しいものを欲しいときに、欲しいだけ食べる食事で大きく不足するのは、ビタミンやミネラルです。これらは、緑黄色野菜、いも類、魚類、豆類、海草類に多く含まれるのですが、給食でほとんど残ってしまうのが、これらの食材を煮物にしたものです。

食生活が豊かな時代にあって、必要な栄養素が摂取できない状態を、私は「現代型栄養失調」と名づけていますが、これを変える必要があります。私は1980年当初から、子どもの食生活と精神的な状態との関連性について調査を行ってきました。1984年に最初の調査結果を発表しましたが、その内容をまとめた のが次の表です。(表2)
対象者は、広島県内の中学生男子615名、女子554名です。この生徒達に食生活と体、心の健康状態に関するアンケートを行いました。食生活の良い(朝食 の欠食がない、偏食がないなど)グループの得点が高くなるようにして、統計的に男女をA~Eまでの5グループにわけたものです。これは、マクガバンリポー トと同じ結果となりました。食生活内容が悪くなると、心の不健康が急増しています。


食生活の内容を変える

人間には一三種のビタミン、四○種以上のミネラル、食物繊維、糖質(米、いも、めん、パンなど)、蛋白質(魚、肉、卵、乳製品など)、脂質が必要です。勿論これらをきちんと食べていれば、脳に必要な栄養素もとれます。だから出来るだけ多種類、偏らずに食べることです。それには、工夫がいります。
子どもは魚より肉、緑黄色野菜より淡色野菜のサラダ、煮物より油炒めを好みます。そこで、カレーには肉ときめつけないで、サバなどの魚を使う、ハンバーグも豆腐を加えて肉を減らす、マグネシウムの多い海草類(ひじき、わかめなど)はサラダに加える、緑黄色野菜のホウレンソウはソテーにするなどにしてみましょう。
かつての日本の食生活には、ビタミン、ミネラル、そしてこれらを多く含む野菜に多い食物繊維を、たっぷり食べる「食」の知恵がありました。こうした食習慣を、惜しげもなく捨て去るのは、本当にもったいないことなのです。このようなかつての日本の食事は、脳に良い食事=「賢脳食」と名づけてもいいほどの内容をもっています。生活習慣病を多発させたアメリカは、自国の食事目標を、日本の七○年代の食事のあり方にきめた位なのです。


そこで必要なのは子どもに「何をどのように食べれば良いのか」を教えることです。それも、義務教育の中で扱うべきです。しかし残念なことですが、この国の 教育の柱は知育、徳育、体育なのです。「なにをどのように食べればよいか」についての教育、つまり「食育」はカリキュラムにはありません。
かつて、J・J・ルソーは、彼の著『エミール』において、「教育の原点は、食べることを通じて自己保存できる知恵を学ぶこと」としましたが。こうした教育が早急に検討されるべきだと考えます。

朝食の大切さ

脳は大量のエネルギーが必要だと言いましたが、脳が生き生き動くためには、そのエネルギーを絶え間なく、脳に送り込む必要があります。というのは脳がエネルギーとして使えるのはブドウ糖だけですし、体はこれを筋肉などにグリコーゲンとして、あるいは脂肪として貯えられますが、脳には蓄える場所がないからなのです。
そこで一日3食欠かさず食べることが、大切ということになるのです。なかでも朝食は、睡眠のせいで最も長くエネルギーの供給がとぎれた後に、それを補うものとして欠かせないものです。ところが子どもにも大人にも、欠食が増えています。20年位前に調べた中学生の欠食率は5~7%でしたが、現在は20%を超えることも珍しくありません。20~30歳の独身サラリーマンや、OLの場合は、25%にも達していました。また「食べた」と回答したなかには、コーヒーだけ、いちご一粒、バナナ一本など、とても朝食とは言いがたい内容のものも少なくありませんでした。
こういう生活をしていると、朝はボーッとしている、何をするのも面倒、むかむかするなどの状態を生じてきます。なんとか朝の欠食をさける工夫がいります。朝食が食べられない大きな原因の一つは、夕食後も睡眠前までだらだらと、あれこれ食べていることです。夕食後は口にチャックをすることです。さらに、起床後すぐには食べられないことがありますので、ゆとりを持って起きることです。難しいと言わずにやってみましょう。意外に簡単なことだとお分かりいただけるはずです。

しっかり噛んで食べよう

脳を活性化させ、周りの状況をきちんと把握し、適切な行動が出来るようにするために、「食のありかた」が重要であることはおわかりいただけたと思いますが、このなかには「噛む」ことも含まれています。脳に送られる刺激の50%近くは顔面、それも口を動かすことによるもので、残りが手や足によるものです。つまりよく噛むということは、脳を大いに刺激し、活性化させてくれるのです。
鹿児島大学歯学部の研究によれば、軟らかいものを食べさせたネズミは、硬いものを食べさせたネズミより知能が劣ったということです。
また食べ物をしっかり噛むということは、舌の味覚神経や嗅覚などを刺激するため、脳を広範囲に刺激し、脳のホルモンの分泌を良くするとも言われています。
かっては、しっかり噛まないと食べられない硬い豆や、乾物などを多く食べていたのですが、最近は噛むことの苦手な子どもや大人が増えました。ハンバーガー、カレーライス、プリンなど、子どもたちはほとんど噛まないでのみ込んでいます。
噛まないでのみ込むことになれてしまった子どもが、給食のいも、豆、ひじき、ごぼうなどが食べられなくて、登校を嫌がることがありました。サラダやオムレツ、コロッケ、ソーセージばかりでなく、ひじきの煮物、煮しめ、煮豆なども食べやすく工夫して食卓にのせることにしましょう。

心を通わせて食べよう

動物が食べ物を食べるときは、あたりに気を配りきょろきょろしながら、のみ込むように食べます。これは、食べ物に気をとられるとスキが出来、外敵に襲われる危険があるからです。ところが人間は、食べ物を楽しんで食べることが出来るように、文明と文化を発達させました。
友達を食事に誘うとき、どなたも心楽しく声をかけられると思います。これは食事の内容だけを楽しむのではなく、その場所での会話、つまり心の通いを楽しむことがあるからでしょう。
いくら栄養バランスのとれた、脳に良い食事であっても、腹を立てて、あるいは心淋しく食べたのでは、栄養素の消化吸収がうまく出来ないのです。暴れる子どもたちの多くは、心淋しい思いをいだいています。自分のことに気づいて欲しい、自分の話を聞いて欲しいと思っています。「家族みんなでご飯を食べた。楽しかった」という思い出を沢山持っている子どもは、外へ出ていっても、必ず家族のもとへ帰ってきます。


現在は親も忙しい時代でしょう。でも子育ての月日は、人生のなかでそう長いものではありません。子どもから学ぶことも多いはずです。家庭を持ち、子どもを 持ったら、大人もそれを楽しんで欲しいと思います。だからといって理想を追うのではなく、出来ることから始めてみましょう。一週間に一度は、家族全員でわ いわい言いながら食べるなど、ちょっとの努力を重ねましょう。そのうち子どもが変わってきます。
心と体の健康は、人生を生き抜くのに大きな力になると思います。これこそ大人が子どもに贈ることの出来るすばらしい「財産」ではないでしょうか。

 


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