「バイオエシックス」にみる 生・病・老・死 - 3

病 病気を見る医療から人間を見る医療へ

インフォームド・コンセントで患者中心の医療を
病気に対してではなく、患者に光を当てる医療を求めて、医師も、病院も、医療概念も変わってきた。
しかし、一方で、遺伝子解析などの高度なテクノロジーの発展が新たな問題を生み始めている。こうした状況の中で東洋医学と世界の固有の文化の知恵が医療に果たす役割は大きい。

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木村利人 (きむら・りひと)
1934年東京生まれ。早稲田大学第一法学部卒業。同大学大学院法学研究科博士課程修了後、サイゴン大学、ジュネーブ大学大学院教授、ハーバード大学研究員等を経て、ジョージタウン大学医学部客員教授、早稲田大学教授。著書に『バイオエシックスとは何か』等多数がある。

医療者中心から患者中心へ

世の中にはじつに様々な病気があり、これに対して、「病気とは何か」といった哲学的な考察、あるいは「この病気をどう治すか」という医学的な考察など、多角的なアプローチがなされている。バイオエシックスの立場からは、患者が病気との関わりの中でどういうふうに位置づけられるのかというところがポイントになる。何故ならば、近代の医学の中で病気に光が当てられ、病気を持つ人間が忘れられていたからである。病院を訪れても、「興味ある症例がきた」というふうにしか見られず、人間がモノとして扱われるようになっていた。

そうした医療の場における患者の非人間的な状況が、様々な医事訴訟などを通じて問い直されてきたのが、1960年代後半から70年代に入ってからのことである。その中でまず大きく変わった要素の一つは、医師と患者の関係であった。

従来は病気になると、患者は医師に自覚症状を訴え、医師はそれを聞いて診察して、診断内容を話し、どういう処置を施すかと告げるのが普通である。いちいち「こういうわけで具合が悪いのだ」という説明はしないし、患者も医師に「お任せする」という態度をとり続ける。すなわち、医療側が裁量権を持ちながら、治療行為をするというパターナリズムであり、これが60年代までほぼ世界各国共通して続いてきた。
もちろん現在の日本でもそうしたことが多くの医療現場で続いている。
こうした医師と患者の関係が大きく変わり、医療側は専門家として患者について知りえた様々な情報を親切にわかりやすく告げなければならないといわれるようになってきた。実際にそれが行われつつある。

1970年代後半、私は「インフォームド・コンセント」という言葉を初めて日本に紹介したわけだが、現在では日本語として定着している。その考え方は、医療側は自分の知り得た診察の内容に基づいて、現在の医学の水準でどういう処置が可能なのかということを説明し、どれを選ぶかを患者と相談して決めるというものである。また、治療を行うにしても、「ほかにこれだけ違う方法があります」ということを告げ、「成功の可能性はどれくらい、リスクはどのくらい」ということを示し、さらに「予後がどうなるか」ということまで話す。

がんにしても、従来日本では患者本人に病名を告げないのが普通だったが、いまや告知しなければ患者に正しい情報を流さなかったとして医療側に責任が生じるというのが国際的趨勢となっている。また、がん治療では、外科手術のほか、放射線治療、化学薬品による療法など、どれを採用するのか、あるいは末期なので治療をやめて痛み止めを中心にしたホスピスケア・システムに入るのかといったことを、患者と相談しながら決めていく。

このように患者に情報を十分に与える、選ぶ権利を与えるという考え方に変わってきた。最終的に患者が医療の中心に位置づけられ、主体的な決断にまかされるわけである。

医療施設も情報公開のシステムづくり

患者と病院という医療システムの間にも変化が起きてきた。病院自体が、患者に情報を十分に与えようというシステム、メカニズムを作り始めたのである。

アメリカの病院には、「患者の権利宣言」というものが掲げられている。情報公開について、個々の医者の自由裁量に任せるのではなくて、制度として患者に正しい情報をきちんと流すようになっているのである。それだけでなく、病院の中に患者の権利を守る専門の部門を置いたり、医療者と患者との意思疎通をはかるためのコーディネーターを置いたり、インフォームド・コンセントのケースで患者と一緒に医師に「これはどういうことか?」ということを訊ねたりする専門職も生まれてきた。

ホスピスでは日常の家庭生活の雰囲気を醸し出していて病院くささはない。

例えばジョージタウン大学のロンバルディーがんセンターというところには、家族連れで来ても誰もが読めるようにいろいろなパンフレットを用意してあ る。その中にはいろいろながんについての情報もあるし、健康な人が病気を予防するための情報もある。あるいは、自分の病気について、症状がどんな経過をた どるとか、どんな治療法があるかといった予備知識を得ることのできるビデオテープが待合い室に置いてあって、自由に見ることができる。

壁には病院のあらゆるスタッフの写真が貼り出してある。そして、「私たちはこの病院で皆様のお役に立ちます」、「もし質問があったら何でも聞いてください」と書いてある。

さらにこのセンターにはいろいろな部署があり、子供のための学校もあるし、特別の教室もある。本部にいくと顧客担当係というセクションがあり、病院に出入りするあらゆる職員や業者のための教育セミナーなどを組み立てたりしている。病気の人を隔離するのではなく、本当に人間として暖かく迎え入れようという姿勢がうかがわれるのである。

患者は家族だけではなく、地域コミュニティ全体で支えようという試みもなされている。病気を持たない一般の人たちも実際は地域へ税金を払うことによって、病気の人と直接・間接に関わりを持っているという意識が生み出されているのである。そのため、例えば脳死について検討したり、生命維持装置をいつ外すかといったことについて検討する倫理委員会に、地域の人たちも参加する。あるいは、病院ではコミュニティ・フェアというイベントを開催するが、住民たちはその中の展覧会やデモンストレーションに参加したり、バザーに自分の作った陶器や刺繍を出品したりする。

東洋医学や遺伝子解析が医学観念を変える

60年代後半から起こった価値観の大きな転換の中で、病気や医療の考え方自体も変化した。その一つは、従来は人間の病気を特定のバクテリアとかウイルスによって発生するという近代的な医学観念が変わった点である。同じ病原菌があっても発病する人もしない人もいる。そこで、人間の病気というものが病原菌に由来すると考えるのではなく、人間の生活と環境との関わりの中で大きく見直して行こうという考え方が出てきた。すなわち病気ではなく人間の全体を見るという東洋医学の影響が出てくるわけである。

集中治療室で生命維持装置を付けた患者。脳死判定の最も微妙な瞬間である。

また、ここ10年人間の遺伝子の解明が進み、ヒトゲノムの総体がわかりつつあることも、新しい病気の概念が生まれてきたことと関わりがある。これま で糖尿病や結石などの病気や、あるいは失業などにより、うつ病になるといったことは、人間の後天的な病気と思われてきた。ところが、これらはもしかすると 遺伝子の原因で起こりうるという可能性があることがわかってきた。

日本で「舞踏病」ともいわれるハンチントン病は、その遺伝子を持ってい れば必ず発病する病気である。発病すると体が衰弱して、体が振るえ、知能遅滞が発生して、ついに心臓停止する。ただし、この病気は40代後半から50代ま では絶対発病することなく、それまではまったく健康に過ごすことができる。

このようにヒトゲノム解析が進めば、将来発病をもたらす遺伝子もわかり、「この人は健康だけど病気である」というふうに病気の概念が変わることになる。あるいは、そういうふうに変わっていいかのかという問題になる。遺伝病とされる遺伝子をもっていながら現在健康な人が、そのことによって差別を受けるという可能性も出てくる。遺伝子データが知られることにより、保険の加入も拒否されるといったことが起こるかもしれない。会社の人事などにも非常に大きく影響してくるだろう。

一方、ヒトゲノム解析のような高度の医療の時代を迎えているにもかかわらず、その恩恵を受けられない人が世界の70%もいるという現実を認識しなければならない。食べるものもなく、プライマリィケアと呼ばれる一次的な医療も受けられない人が圧倒的多数を占めるのである。

そこで、このようにグローバルな時代の中で、先進諸国がもっと協力しようという考え方から、WHOが「西暦2000年にすべての人々に健康を」というスローガンをかかげた。ところが、まもなくその西暦2000年を迎えようという段階まで来ながら、この地球上は戦争やテロが氾濫し、エイズが生まれ、結核が再び増え始めるという状況にあり、理想からはほど遠い。

ヒトゲノム解析でわかってきた大腸がんの遺伝子変型私はWHOのスローガンを実現するための具体的施策の策定委員の一人だが、「すべての人々に健康を」という目標に何か欠けていたものがあるのではないか、 と考えている。すなわち、我々は健康や病気のことを考える時、あまりにも西欧近代医学の論理とテクノロジー、人間観に染められてきた。それを考え直すため に、東洋の知恵や文化的な背景の中に国際的に貢献できる部分があると思う。たとえば、昔から日本という国では「美的感覚」「見栄え」といったものに価値を 見出してきた。こうしたビジュアルなイメージを重視した戦略が、新しい時代の健康づくり、病気克服ということにつながるのではないかと私は考える。このよ うに、世界各国の文化、歴史、風土といったものを踏まえながら、バイオエシックスの観点からもう一度スローガンを考え直すことを提案したい。


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