EBMを考える - 2

慢性病と急性病ではエビデンスの質が異なる

EBMの臨床の場から
慶応大学医学部放射線科 近藤誠講師に聞く

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近藤 誠 (こんどう・まこと)
慶応義塾大学医学部で放射線治療専攻。卒業後、73年に同医学部放射線科に入る。83年講師となり現在に至る。悪性リンパ腫の抗がん剤治療で成果をあげ、 乳がんに対する乳房温存療法のパイオニアとして知られる。「日本は手術のしすぎ」など医学界の常識を覆す主張を展開。患者の権利法を作る会、医療事故調査 会の世話人をつとめる。

がん治療のエビデンス

近 藤誠講師は、早くから『患者よ、がんと闘うな』などの著書で、がん検診やがん治療などのエビデンスを問題にしてきた。たとえばアメリカのメイヨー・クリ ニックで行われた(喀痰とX線撮影による)肺がん検診の「くじ引き割付試験(検診を繰り返す群と、検診せずに放っておく群に分けて、死亡率に差が出るかど うかを調べる試験)」の結果、死亡率に有意差がないことがわかったというエビデンスをもとに、肺がん検診は無効だと主張している。

「これ までは『がん検診をやってがんが見つかるから、検診は有効な証拠なんだ』とみなす人が多かったわけです。これに対して私は『小さいがんはそのまま放ってお いても育たないかもしれない』という考え方を示しました。そうすると、がん手術を受けた人が10年後に生きているとしても、がん検診をしたことにより延命 したことにはならないわけです。検診群で、がん患者の生存率が対象群より高いのに、死亡者数が減らないのは、検診で育たない肺がんまで発見していることの エビデンスになります」(次頁 表1)
近藤講師は、早期乳がんに対する治療法として、乳房の切除手術ではなく、がんだけ切除して放射線でたたく乳房温存療法でも治療成績が変わらないという海外 のエビデンスを紹介し、日本における乳房温存療法の普及に貢献してきた。ほかにも、次のようながん治療のエビデンスを紹介する。
胃がん手術でリンパ節を大量に郭清する拡大手術の有効性は、イギリスとオランダで行われていたくじ引き試験で否定された。




早期前立腺がんの比較的おとなしいタイプでは、摘出手術と、放置・観察して場合により手術という方針とで、生存期間が違わないというくじ引き試験結果が得られた。
子宮頸がんの放射線治療は、子宮切除に比較して成績が劣ることはないことが証明されている。

疑問が多い高コレステロール血症治療

近藤講師は臨床の現場で、がん治療以外にも数々のエビデンス無視があることを実感してきた。たとえば最近、有効性の問題がクローズアップしている高コレステロール血症治療もその一つだ。
「日本ではネズミを使った実験でコレステロールが下がると寿命が延びることから、『きっと人間にも有効なはずだ』と、実験室レベルのことをそのまま臨床に 応用してきました。あるいは人間に関して、イギリスでメバロチン(コレステロール低下薬)の臨床試験をやったら、死亡率がわずかに下がったというデータが ありますが、それは日本人とは比べものにならないほど高コレステロールの人たちを対象とした試験のデータなのです。はるかにコレステロールも、心臓病のリ スクも低い日本人に薬を飲ませる根拠にはならないのに、海外のデータをそのまま採用して投薬してきました」
ある計算によれば、高コレステロール血症の治療をして、一人の心筋梗塞の発症を防ぐために、男性では1億3000万円分、女性だと5億円分の薬が必要だとされる。おまけにコレステロール値が低いと、死亡率も発ガンの率も高くなるというエビデンスもある。
こうしたなかで、日本の医学会の中でも、高コレステロール症への投薬基準を、総コレステロール値220mg/dl以上とする学会もあれば、280mg /dl 以上とする学会もあるなどの混乱が生じている。この問題一つとっても、日本のEBMがどこにあるのか疑わしくなってしまう。

大規模臨床試験の結果も絶対ではない

「日 本のEBMで何が問題かというと、エビデンスというものを都合よく解釈して、自分たちの仕事を増やすということに結び付けようとする医療者が少なくないと いうことだと思います。そこで、一般の人や患者さんは、医療者の言う『EBM』をどう考えたらいいかが問題になります」
近藤誠講師は、現代の医療は、とりわけエビデンスがつかみにくくなっていると指摘する。それは、疾病構造の変化と大きな関わりがあるという。
「昔 は病気といえば感染症のことでしたから、治療のエビデンスは比較的簡単に得ることができました。たとえば肺炎で熱がある人に抗生物質を使うと熱が引いてい くので、『これはペニシリンのおかげだろう』ということがわかるわけです。ところが現代では、そうした急性疾患が減る一方で、生活習慣病などが増えてき た。そのため、何かをしたことと病気が発症したり治ったりすることとの因果関係が非常に不明確になってきたのです」

たとえばがん検診や各種 成人病検査で寿命が延びるかどうか、コレステロールを下げたら心臓病を予防できるかどうか、血糖値を下げたら寿命が延びるかどうかといったことは、ペニシ リンの効果のように簡単にはわからない。有効性を確かめるためには、かなり大規模な試験をしなければならなくなる。
「高脂血症や高血圧症などの生 活習慣病は、無症状の段階で医学的介入(治療)をして五年間生きた人がいたとしても、その人は何もしなくても五年生きたのかもしれません。数千とか数万の 人を対象にした大規模な比較試験をしても、わずかな差しか出ないというものが多いでしょう。この差は、患者個人にとってほとんど意味がありません。私は 『有意差が認められた』という治療法があっても、それが1000人以上を対象とした臨床試験の末のことなら、その治療は受けなくてもいいのではないかと思 います」
そうした試験では、一生懸命差を出そうとするバイアスがかかっている可能性もあるわけである。逆に近藤講師は、「試験結果に違いがない」というデータこそ、信頼度が高いと話す。

「『差 がなかった』という結果を示そうとする試験は意外と対象とする人数が少ないものです。たとえば乳がんの乳房温存療法と全切除した場合の成績を比較した試験 などは、数百人しか対象としないものがあります。また逆に小規模の試験で違いが出るようなら、どちらに有効性があるかは明らかです。最初から『違いがな い』ということがほぼわかっているなら、小規模試験でもいいし、バイアスがかかることも少なく、そこで出た結果の信頼度が高いことになります」
EBMの普及により、医療はますます大きく変わっていきそうだ。


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