人ごとではない医療事故・医療過誤

増え続ける医療事故・医療過誤。
これまで医療関係者や医療機関という巨大な要塞に、
門前払いされてきた患者や家族がお互いの力を結集して立ち上がり始めた。
インターネットはその一つの武器になっている。

吉村克己(ルポライター)

増加する医療過誤訴訟

昨年1月に横浜市立大学医学部付属病院で発生した、心臓手術と肺の手術を行う2人の患者の取り違え事故はまだ記憶に新しい。
だが、本来、信頼されるべき国公立病院や大学病院などの大規模病院の医療過誤は決して少なくない。
医療事故の調査や鑑定に携わった経験を持つ医師たちのグループ、医療事故調査会のホームページにはその実態が数値で描かれている。

同調査会が発足した1995年から昨年3月までの4年間で、医療事故の鑑定を依頼された件数が345件。そのうち鑑定の終了した250件中、患者に死亡や 障害などが発生した医療過誤が一九五件にのぼっている。この195件を医療機関別に見ると、大学病院の過誤件数が13件、国公立病院・医療センターが52 件、基幹・準公的病院が39件、民間病院が67件となっている。地域の医療の中核ともいえる大学・国公立・準公的病院が医療過誤の53%を引き起こしてい るわけだ。その原因も診断や治療における「医療知識・技術の未熟性・独善性」が250件中180件と圧倒的多数を占めており、単純ミスも少なくないとい う。

当然、医療過誤を巡る裁判も増えており、最高裁判所事務総局の『医療過誤関係民事訴訟事件執務資料』によれば、90年の訴訟新規受け付け数は364件だっ たが、98年には629件にも増えた。そのため未決済件数もうなぎ登りで、98年には2700件に達している。うち、決済を迎えたのはわずか476件にす ぎない。
神奈川県に住む会社員、阿部康一さんも裁判で闘っている1人だ。阿部さんの父親(当時63歳)は肝がんに冒され、95年、愛知県半田市立半田病院で最先端 の医療技術である腹腔鏡下肝切除術を受けたが、その2日後に出血多量により亡くなった。それまで元気だった父親がなぜ、急死したのか、医療ミスではないか と疑問を持った阿部さんは主治医に説明を求めたが、納得のいく答えを得られなかった。
この腹腔鏡とは内視鏡の一種で、腹部に直径1センチ程度の穴を複数開け、腹腔鏡や鉗子やメスを挿入して、モニターで患部を見ながら手術を行う。そのため傷の治りも早く、患者の負担も軽くなるが、手術は難しく、豊富な経験と技術が必要とされる。

阿部さんはこの先端医療について調べるうちに、肝臓切除に関しては出血しやすいなど問題が多く、技術が確立していないために、健康保険適用の対象外である ことを知る。しかも主治医は過去一例しか同様の手術を経験しておらず、敢えて腹腔鏡下手術を選択する合理性は見つからなかった。
そこで、カルテや手術を録画したビデオテープを証拠として保全し、細部を検討した結果、病院と手術執刀医に責任があると判断した。そして九七年に病院の管理責任者である半田市と手術執刀医を相手に訴訟を起こした。99年9月に第8回口頭弁論が開かれ、いまも係争中である。

阿部さんはこうした一連の経緯を「医者にメス」というホームページで発表した。
「当時(5年前)は日本におけるインターネットの普及期で、医療事故情報を 発信するホームページを探しましたが、その類はまだありませんでした。そこで『自分が欲しい情報を自分で集めて発信しよう』と、ホームページを立ちあげる ことにしました」と阿部さんは語る。

いまでは「医者にメス」は医療事故に関する情報や相談窓口など充実した内容になっている。阿部さんはホームページ上に こんな言葉を載せている。「主治医が心の底から詫びてくれれば、どんなにか心の傷が癒されることだろうと思います。主治医を許しさえするかもしれない。訴 訟など起こさないかもしれない。止まった時計を動かすことができるかもしれない。
なぜ医者は謝ってくれないのでしょうか?
なぜ医者は嘘をついてまで、医療 過誤をなかったことにするのでしょうか?」

賢い患者になりたい

阿部さんと同じ思いを抱く人は多かった。
阿部さんは裁判を起こした97年、賛同する仲間たちと一緒に「医療事故市民オンブズマン(メディオ)」を設立した。医療被害者の支援と市民のための医療制度の確立を目指し、阿部さんも一スタッフとして活動している。
現在、会員は約300名だ。「メディオのホームページでは、その活動を中心に、医療事故や医療情報開示に関する情報を発信しています。特にカルテ開示については、法制化に向けての今までの議論を整理するとともに、カルテ開示に積極的な医師や病院のリストを掲載しています」と阿部さんは語る。

「医者にメス」の阿部さんの言葉に心から共感する人がいる。
静岡県に住む渡辺恵子さんは愛する娘、理恵さんを医療過誤としか思えない状況の中で失った。
理恵さんは10年近く、原因不明の難病と闘い、病名が分からない故に医師から精神的要因だと決めつけられるなど、医師の無理解さと合わせて2重3重の苦しみを味わった。その後、自己免疫病の一種「アレルギー性肉芽腫血管炎」と診断されるが、97年に転院した静岡市内の総合病院で副作用の強いステロイド剤を大量投与されて、敗血症を起こし、亡くなった。
本来、大量投与に対する危険性を認識して処方するのが医師の役目だが、その主治医は血液検査すら行わず、最悪の事態を招いてしまった。

理恵さんは闘病中の思いを日記やノート、ワープロに残した。それを元に弟の精太さんが作ったのが「姉の日記より」というホームページだ。苦痛とのつらい闘い、家族への思い、医師や看護婦への苛立ちと訴えなど、読むと胸が張り裂けそうになる。
母親の恵子さんは「お医者様の御診察を仰ぐなどという言葉が、いまだに存在していることは医療者にも患者や家族にとっても情けない現実だと思っています。患者も一定の角度から情報を得て判断するのではなく、あらゆる角度から情報を得て学び、賢い患者になりたい」と語る。

これまで医療過誤では患者や家族側が泣き寝入りするケースが多かった。ましてや問題が起こる前に医師に治療内容を患者から問いただすのは現実的には難しかった。日本ではインフォームド・コンセントは絵に描いた餅でしかない。だが、医師側を攻撃するばかりでは医療事故はなくならない。医師と患者がコミュニケーションを保ち、お互いが「発信」しなければならない。

大阪にある、ほんだ歯科の本田俊一院長は患者の不安や疑問に応える情報発信を積極的に実践しており、そのホームページでは歯科医療のトラブル事例まで掲載している。本田院長は、こう語る。
「現在、歯科医療にまつわるトラブルに巻き込まれた時に患者を支援する組織が全くないのが現状です。トラブルを避けたり、質の悪い診療を受けないためには、しっかりとした正しい歯科医療の知識と、いざというときの対処の方法についてあらかじめ知っておく必要があり、それをホームページでわかりやすく面白く伝えています」

徐々にではあるが、日本の医療界にも本田院長のような人が出てきている。
あとは「私たち全員、医療事故被害者予備軍なのです」と阿部さんが語るように、我々1人1人がどこまで当事者意識を持って実践できるかどうかが問われる。

医療事故調査会
姉の日記より
ほんだ歯科のホームページ

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