介護サービス利用者のための ガイダンス - 10

オーストラリアの介護の現状に学ぶ

いよいよスタートする介護保険。
さまざまの問題を抱えながらの実施を同時進行で取り上げていきます。
介護保険は、みなさん一人ひとりのものです。
あきらめないで、使い勝手のよい制度にすることを一緒に考えていきたいものです。

中村聡樹 (医療介護ジャーナリスト

介護の本質を無視した見直し案

パースにあるグライトウォーターハイケア施設来年4月に向けて、介護保険の見直し作業が始まっています。
介護サービスごとに決まっている介護報酬の改定や、65歳以上の高齢者が支払う介護保険料の改訂などが主な項目としてあがっています。
しかし、漏れ伝わってくる見直し作業の内容を吟味すると、介護保険の基本的な部分に関する議論よりは、限られた予算の再配分に終始する可能性が高そうで す。つまり、利用者によりよいサービスを提供するケアプランの策定方法や、要介護認定の方法に関するつっこんだ議論ではなく、サービス事業者の受け取る介 護報酬の見直しがメインになるおそれがあるということです。
さらに、介護報酬の見直しも、介護保険実施後2年間の事業者による収支で明らかになった収益状況を基に、均作業が進められるようです。簡単にいえば、儲かっている事業者から儲かっていない事業者へ介護報酬の移し替えをおこなうというものです。

厚生労働省が昨年秋に実施した事業者の経営概況調査によると、特別養護老人ホームや老人保健施設、療養型病床群などの施設では収益率が高く、訪問介護やケ アマネジャーのケアプラン作成業務などは赤字という結果が出ました。この結果を基に、見直し案では施設サービスの介護報酬を引き下げて、訪問介護などの居 宅サービスの介護報酬を引き上げる方向で検討が始まっています。
医療保険制度破綻の二の舞を避けたいのか、総額は絶対に引き上げないで、限られた予算内での配分変更で切り抜けようとする政府の考え方が反映されているよ うで、現状では、見直し案は中味のないものに終わってしまいそうな危機感が漂っています。施設と在宅の間で配分を調整するだけでは、介護サービスに本来求 められているサービスの「質の向上」や「よりよいサービスを提供するために必要な本当のコスト」は明らかにすることができません。また、儲かっているとさ れる施設介護の現場で、実際には何が起こっているのかといった問題にも目を向ける必要があります。
そこで、この日本の現状を検証する前に、オーストラリアにおける成熟しつつある介護サービスの実態を紹介し、日本の介護の現場で起こっている本当の問題、さらに、今後、介護保険の見直しに必要な視点をまとめてみたいと思います。

日本と同じ財政構造なのにサービスは高レベル

訪問する家族と談らんするスペース5月の末に、私はオーストラリアの西端の街、パースに行って来ました。2000年11月にはじめて訪問して以来、現地の福祉施設の関係者と交流を続け、6回 目の訪問になりました。今回のパース訪問の目的は、施設見学を希望する日本の福祉施設の方々を引率することでしたが、あらためて、パースにおける福祉の充 実ぶりを実感することになりました。
オーストラリアの福祉に対する、日本人の福祉関係者の関心は高く、シドニーを中心に年間約2000人の見学者が訪れています。これほどまでに、日本人が押 し寄せている背景には、オーストラリアの福祉制度が、日本と同じ財政構造のもとで実施されているからです。公的な支出と個人支出の両方で成り立つ「中負 担・中福祉」の構造が、日本と似通っているからです。北欧の福祉は、レベルの高いものですが、その実現のために、かなり高額な税金を支払っています。収入 の三割を超える高負担の福祉は、理想であっても参考になりません。

アメリカのように、個人負担は少なくても、ほとんどが自己責任にまかされている現実というのも、国民1人ひとりの自立の精神が低い日本では適応できません。
同じような経済基盤のなかで、福祉サービスの組織運営や介護サービスの中身において、ソフトの部分が日本の少し先をいっている。その実情が、多くの見学者 を集めているわけです。システムそのものや、施設のハード面を見る限り遜色はありません。医療から介護の分野に至る流れも、日本とオーストラリアで大きく 違うことはありません。

入居者のために家庭的なインテリアがほどこされているただ、それぞれの現場で働いている福祉関係者や医療関係者の専門性が極めて高いレベルにあり、サービスを利用する一人ひとりが、仕組みをより深く理解していることに驚かされるわけです。
オーストラリアの場合、どこの家庭にもかかりつけの医師が存在しています。ジェネラル・プラクティショナーといいますが、たいがいの病気にかかった場合、 まず、このかかりつけ医にみてもらいます。そして、必要のある場合のみ、専門医の診断を勧められて、大学病院など大規模な病院でみてもらうことになります。

ですから、大学病院や総合病院で、診療を待つ患者の列ができることはありません。手術を受けた場合も、よほどのことがない限り、できるだけ自宅に早く戻ることが基本になっています。出産でも入院は2日、盲腸の手術を受けても4日目には自宅に戻っています。
その後、家庭での療養生活に関して、さまざまなサービスが準備されています。高齢者の場合、介護サービスの利用までスムーズにつながるシステムで、ホームヘルプサービスや施設介護へと連携されているのです。
介護を必要とする人を抱えている家族が、介護疲れのひどい状況の場合、レスパイトケアと呼ばれる、日本で実施されているショートステイと同じサービスも準 備されています。施設は、状態の悪い方が入居するナーシングホーム(日本の特別養護老人ホーム)、軽度の方が入所するホステルに別れています。
必要に応じて、必要なサービスの利用が可能になるように、医師や作業療法士、理学療法士、看護婦などの専門家で構成される高齢者介護アセスメントチーム (ACAT)が対応します。介護の必要度を認定し、介護サービス期間につないでいく役割を果たしているわけです。日本の介護保険とほぼ同じシステムが準備 され、サービス利用者個々の要望を取り入れたケアプランを策定しています。

必要なのは専門性の高い介護者の供給

オー ストラリアにおける、介護サービス提供の仕組みを簡単に説明しましたが、その中味は、日本と変わりません。それなのに、日本と比べると数段上のサービス提 供が実施されています。そこが、日本人の関心を集めているのですが、実情を分析すると、非常に合理的であって、しかも利用者を主人公に考える思想が徹底さ れていることに気付きます。
福祉の現場は、大半がパートの労働者で占められています。しかし、パートの労働者の専門性は極めて高く、専門家としてフルタイムでどこでも働ける力を持っ ているのです。しかし、3日働けば3日休むという、働き方を選択しています。ワークシェアリングの考え方もありますが、十分に休息をとりながら働くこと で、燃え尽きてしまわない。いつも新鮮な気持ちで、要介護者に向き合える環境づくりが徹底されています。
さらに、施設における介護で、午前中の人手のいる時間には手厚く職員を配置し、昼間の、さほど人手の必要のない時間帯は思いっきりスタッフの数を減らすといった合理的な人員配置が実施されています。
これによって、人件費の調整も行われているわけです。
振り返って、日本の実情と比較してみましょう。日本の介護の現場では、要介護者1人に対して、何人のケアスタッフが必要といった考え方が支配的です。理想 は、1対1のマンツーマン体制になるわけですが、それは無理だということで、要介護者2人に対して1人のケアスタッフが付くという目標に向かって進められ ています。

重度の介護用バスの使用法を介護スタッフから説明を受ける

介護の場面によって、どれくらいのスタッフが必要なのか、あるいは、どのくらいの介護技術を持った職員が必要なのかといった分析は存在していないのです。
これでは、合理的な思想とはほど遠いもので、経営の健全化もはかることはできないでしょう。最初に述べた、日本の介護施設が儲かっているという数字には、スタッフの整備を進めながら、かなり抑制的な施設の経営努力が行われていることが隠されているのです。
人件費の定期昇給率を極力抑え、光熱費などを削減し、爪の先に灯をともすような経営努力の結果、収益を確保している施設のほうが、実際には多いのではないでしょうか。浮かせたお金で、新しい職員を雇い入れようとした矢先に、介護報酬の削減案が見えてきました。
介護施設をきっちりと運営している経営者にとってみれば、今回の見直し案は、相当にショッキングなできごとです。いくら努力したところで、介護報酬が引き 下げられれば、その努力は報われません。介護保険制度の見直しが、儲かっているところから、儲かっていないところへお金の流れを変えるだけの改革にとどま ることの危険性は、計り知れないのです。
今後、施設経営者がスタッフの配置を充実させながら、経営的にも安定を図るために残された選択肢は何かと考えると、人件費の安い、経験値の少ないスタッフ を雇い入れ、人件比率を低下させ、余剰金を生み出すしか方法がなくなってしまいます。その結果、介護の質が低下するわけですから、利用者はたまったもので はありません。
介護保険の改革は、サービス利用者の利便性をいかに向上させながら、財政的に強固なシステムに育てていくかにあります。専門性の高い介護スタッフのレベルとは、具体的にどのようなものなのか。
標準化を図り、給与体系などをもう一度考え直す必要があります。
介護という仕事が、より専門性の高い職種であることの理解を国民一人ひとりが深め、納得できるシステムづくり、オーストラリアのような合理性を兼ね備えた介護システムの構築を実現するためには、「介護の基本的な考え方」に、もう一度立ち戻って考える必要があるのです。


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