介護サービス利用者のための ガイダンス - 3

いよいよスタートする介護保険。
さまざまの問題を抱えながらの実施を同時進行で取り上げていきます。
介護保険は、みなさん一人ひとりのものです。
あきらめないで、使い勝手のよい制度にすることを一緒に考えていきたいものです。

中村聡樹 (医療介護ジャーナリスト

利用者が無関心な理由

介護保険が始まって約半年が過ぎようとしています。この間、介護サービスの不足やサービス事業者の経営が思わしくないといった情報が公開されていますが、保険制度そのものの利用が滞るような重大な出来事は起こっていません。
前回もお話しましたが、利用者の関心が薄いことと、介護保険そのものに対する知識不足が、問題を表面化させない現象を生んでいるのは非常に情けないことだと思います。
そこで、利用者の無関心が、なぜそのまま放置されているのかをいろいろと考えてみました。介護保険は、国が主導するものではなく、全国3300の市区町村がそれぞれ独自に運営することになっています。介護保険の利用者は、自分たちが暮らしている自治体の運営する制度に組み込まれるわけで、関心を持たなければ、他の自治体の状況はわかりません。このことが、無関心でいられる大きな原因ではないかということがわかってきました。

水田に囲まれた白百合苑各市区町村の介護保険に対する取り組みは千差万別です。非常に熱心に取り組んでいるところもあれば、それほど熱心でない地域もあります。当然のことなが ら、両者を比較すれば格差が生まれているわけで、どちらの町に暮らすかで利用者にとっても得られる利益の差が生じています。
他の町の状況を知らないことは幸せなことなのかもしれませんが、同じように保険料を支払って、いざ介護保険を使う段階で受けられるサービスに格差が生じて いることがわかれば、なんだか損したような気持ちになるのではないでしょうか。ことさら、問題を大きくする気持ちはありませんが、自分たちの暮らしている 町の状況を知るためにも、他の自治体と比較検討してみる価値はあると思います。地方分権の時代といわれて久しいですが、介護保険制度は地方分権制度の試金 石と位置づけられているものです。ぜひこの機会に、隣の芝生の状況に関心を持ってください。

不名誉な記録がバネに

先日、取材で、秋田県の小さな町を訪ねました。この町では、介護保険をとても上手に街づくりに活かしています。今回は、その町の状況を紹介します。自分たちの町と比較する機会にしてください。
秋田県由利町は、秋田市から車で1時間。山形県の県境にほど近い農業が中心の町です。国道108号線から町の中心地に向かう道路は、水田の区画整備が進み、インフラが随分と整っていることがわかります。
ところが町役場を訪ねると、昭和30年に建てられた役場がそのままに残され、相当にガタがきていることがわかります。地方の町の多くが、役場の新築にお金をかけて、景観とマッチしない建物が多くなっているなかで、この古ぼけた役場がしっくりと感じられました。
案内されたのは、町営の福祉保険センターです。平成10年に建てられたこの建物の中には、町役場から福祉課がそっくり移転し、社会福祉協議会と一緒に入居しています。
「介護、福祉に関することはここを訪ねていただければすぐに対応します。役所仕事は時間がかかるといわれますが、ここでは即日対応が売りものですね。書類がそろわなくても小さな町ですから、どこの誰だか、お互いにわかります。書類を整える暇があったら、まずは問題解決というのがここの方針です」と福祉課の木内恵一課長補佐は話してくれました。

かつては高齢者自殺日本一の汚名も福祉保険センターの隣には、平成8年に完成した、老人福祉施設「白百合苑」があります。ここには50床の特別養護老人ホーム、デイサービスセンター、 ショートステイ、在宅介護支援センター、ケアハウスの設備が整っています。福祉センターに隣接するところには内科の病院もあり、福祉保険センターの機能と 合わせれば、介護に関する相談から介護サービス、検診までがすべてこれらの施設でまかなえるようになっています。町にとっては、欠かせない福祉エリアがこ の数年間のうちに整備されたわけです。
「介護保険が始まる前に、こうした機関の整備が間に合ったことが大きかったと思います。介護保険が始まるときにあわてなくてすみましたから。しかし、こう した福祉施設の整備は当初から計画されていたものではありませんでした。実は、この町にはとても不名誉な記録があって、その克服が街づくりの方向性を決め たといっても過言ではありません」

木内さんが指摘する不名誉な記録とは、この町がかつて高齢者の自殺者が日本一多い町として全国に知られることになったことです。この結果を受けて、町ではさまざまな原因調査が進められましたが、はっきりとした原因をつかむことはできなかったそうです。
この地域は、国の減反政策のあおりを受けて、水田の耕地面積が縮小。その反面、下水道整備などの公共工事によって町のインフラは飛躍的に伸びました。その中にあって、高齢者の生きがいづくりという視点が抜け落ちていったことは確かなようです。几帳面で、仕事熱心なお年寄りが減反による仕事量の減少のあおりを最も受けたことは間違いありません。家族とは同居しているが、自分たちの役割、存在価値を見失うことで、自殺者が急増したのだろうと分析されています。

住民意識の勝利

平成5年、由利町では「しんぺねぐ としょれる まちづくり」(心配なく歳とれる街づくり)実行委員会が設立され、その中で、住民が1人1万円ずつ出し合ってもかまわないから安心して暮らせるように、特別養護老人ホームをつくってほしいという要望がまとめられました。
1万円ずつ出してもかまわないといった言葉に嘘はなかったのです。あっという間に基金は1100万円集まったそうです。住民の熱意に応えるのが役場の仕事だという具合に、街づくりの方向性は転換していきました。
「住民の気持ちを無駄にすることはできません。かといって、彼らのお金に手をつけることだってできませんよ。議会が変わってくれたというか、役場全体が変わりましたね。予算を何とかやりくりして、町に老人施設をつくろうという方向に動いて、平成八年には老人施設が完成したわけです。道路をつくったりすることだけが行政の仕事ではない。その発想を変えてくれた住民意識の勝利だと思います」と阿部満町長は振り返っています。
由利町の躍進はここから始まりました。老人施設を完成したところでストップしてしまうと、いわゆる「箱もの行政」の典型になってしまいます。福祉施設を核に、町の福祉レベルをどこまで引き上げることができるかといった挑戦が始まりました。

この施設を自分たちでつくったという自負が笑顔に出る

介護保険の運営は、由利町周辺のいくつかの町と広域連合を組むことで運営し、ここに町独自の政策に力を入れる方向で取り組みが始まりました。その結果、介護保険料は2630円と低く抑えることに成功し、さらに独自の介護サービスを手厚くすることに成功したのです。
介護保険によって、基本的なサービスは網羅されています。由利町の場合、介護保険の要介護認定によってこれまで受けていた介護サービスが利用できなくなっ た場合でも、これまでと同様にサービスの利用ができるようになっています。介護保険制度によって浮いた財源を、すべて福祉に還元する方式が確立されまし た。これで、歳をとっても安心できる街づくりが軌道に乗ったわけです。
最近では、介護を必要としない健康状態で暮らせるように、「予防」の観点からも力をいれています。高齢者が引きこもりを起こさないように、地区ごとに老人の集いを実施しているそうです。

きれいごとが通用する時期は過ぎた

北国のやわらかな陽光が白百合苑を包んでいたさて、由利町の状況を見て、人口5000人くらいの小さな町だからできることだと考えますか。それとも、こんな町に暮らしてみたいと思いますか。今回は、 由利町を紹介しましたが、このレベルに達している町は全国各地に点在しています。冷静に自分たちの暮らす町の状況と比較してみてください。
これより劣っているならば、改善の必要性があると思います。介護保険制度に無関心でいられる間は、幸せかもしれませんが、ひとたび介護が必要になった場 合、自分たちの暮らす町の介護保険制度に従わなければなりません。そのとき、非常に整備が劣っている町に暮らしていることは不幸なことです。
介護保険制度は、短い準備期間のなかで、突貫工事の結果見切り発車した制度です。多くの欠陥が、あとになって見つかっても仕方のないことだと思います。しかし、それを放置したままで暮らしていると、いずれそのツケは、利用者1人ひとりに巡ってきます。
そのときになってじたばたしても、どうしようもありません。せめて、介護が必要になったとき、どの程度のサービスが確保されているのか。どれくらい自由にサービスが利用できるのか。その実情を1度把握しておく必要があります。

住民意識を高めることは必要だと多くの評論家が語っています。しかし、住民1人ひとりの思いは形にしたり計ることが非常に難しいものです。無形の意識をどうやって高めていくかとなれば、それは行政と住民が一体になる以外に方法はありません。
「こんな町には暮らしたくない」。この一言がいえるだけでも、その先大きく違いが出てきます。あまりにも平穏にすすんでいる介護保険の状況を見るにつけ、危険な兆候だと思わざるを得ないのです。
介護保険は、まだ始まったばかりですが、「みんなで考えていきましょう」といったきれいごとが通用する時期はもう過ぎたように感じます。今、真剣に考えな ければ手遅れになる。行政はそれほど簡単に変わるものではありません。そのあたりをしっかりと念頭に置いて、あなたの町の介護保険をもう1度検証してくだ さい。

 


TOP