統合リハビリテーションとは何か?

後藤学園では新しいリハビリテーションの姿として、「統合リハビリテーション(統合リハ)」という考え方を提唱している。統合リハは現実にはまだ存在していないが、社会から待望されおり、リハビリに関わる医療者すべてが共有すべき概念だ。日本の医療保険制度の限界がうかがえるなかで、ともすれば大きな制約を受けがちなリハビリの現状を打開するために、様々な専門技術や職種の連携で統合リハを実現していく必要がある。患者本位、利用者本位の新時代のリハビリの在り方を探っていく。

リハビリは「人間の尊厳の回復」


理学療法士がお互いの専門性を理解し合いながら一人の脳卒中患者さんをケアする
2006年3月25日付の朝日新聞「声」欄(東京本社版)に衝撃的な一文が掲載された。「リハビリ中止は死の宣告」と題されたこの文は、国際的な免疫学者である東京大学名誉教授の多田富雄さんから寄せられた怒りのメッセージだったのである。
多 田さんは2001年、旅先の金沢で脳梗塞の発作に見舞われ、その後遺症で重度の右半身マヒに言語障害、嚥下障害などの障害を抱えることになった。メッセー ジの初めには、「リハビリを続けたお陰で、何とか左手だけでパソコンを打ち、人間らしい文筆生活を送っている」と語られている。しかし、多田さんは告発す る。
《診療報酬改定により一部の疾患を除いて障害者のリハビリが発症後180日までしか、医療保険の対象としては実施できなくなった》


作業療法士がお互いの専門性を理解し合いながら一人の脳卒中患者さんをケアする
このことにより、「それまで続けてきたリハビリを受けることができなくなった」というのである。
多田さんは、別の病気のために3週間ほどリハビリ を休んだところ、「その前まで50メートルほど歩けたのに、立ち上がることも難しくなった」という。「身体機能はリハビリをちょっと怠ると瞬く間に低下す ることを思い知らされた。それ以上機能低下を起こせば、動けなくなってしまう」と訴えている。診療報酬改定については、「障害が180日で回復しなかった ら死ね、というのも同じことだ」と怒りを表明した。いまの日本の行政は、「改革」とか、「スリム化」、「自己責任」という掛け声に溢れ、「経費削減」が金 科玉条になっている。その中でこれまで日本で培われてきたリハビリテーションへの志まで、削減されようとしているかのようだ。
国が打ち出した診療報酬改定やリハビリの医療保険対象180日制限の措置は、いうまでもなく国の膨大な財政赤字に照らし合わせた医療費抑制政策の一角だ。つまり、リハビリにかかる国の費用を削減することにより、国の借金返済の助けになると考えられているのである。
と ころが、多田さんは「この措置は医療費抑制に逆行するものだ」と主張する。すなわち、「リハビリによって身体機能を維持できるなら、寝たきり老人を防ぎ、 医療費を抑制する予防医学となる」としているのである。もちろん多田さんだけでなく、リハビリの専門家なら「ちゃんとしたリハビリこそ医療費削減に結びつ く」と考えているし、寝たきりを予防するような役割を持つリハビリを「介護予防」と呼んでいるのだ。
多田さんは問いかけている。
《リハビリは単なる機能回復ではない。社会復帰を含めた、人間の尊厳の回復である。話すことも直立二足歩行も基本的人権に属する。それを奪う改定は、人間の尊厳を踏みにじることになる。そのことに気づいて欲しい》

統合医療の発想から統合リハへ

最近、「補完代替医療」という言葉が浸透するとともに、「統合医療」という言葉もよく聞かれるようになってきた。現代西洋医学に、東洋医学や世界の伝統医療、栄養学などの補完代替医療を組み合わせて、お互いのよい面を引き出そうというのが統合医療の考え方だ。
日本統合医療学会という組織がある。この学会では統合医療の基本理念を、「患者さんへのサービスとして満足度を高め」「安全で」「効果的で」「効率的で」「非侵襲的な」医療であるとしている。
これに対して後藤学園後藤修司理事長は、「いちばん大切なことは、なぜ統合医療をやるのかということではないか」と問いかけている。そして、統合医療についての考え方を、「全人的で包括的な医療であり」「心にも身体にもやさしい医療」さらに「自然治癒力の再認識をもたらす医療」であるということ、「患者さん自身の力を尊重する医療」と位置づけているのである。
後藤学園ではこの統合医療についての考え方をもとにした新しいリハビリテーションの概念を創出しようとしている。これを「統合リハビリテーション(統合リハ)」として提案している。
「リハビリは、心や身体に障害のある人が社会に再び復帰していくこと、再び能力を持つということを意味します。そして、いろいろな専門職がチームワークにより、障害を持っている人を援助していこうというのが、統合リハの基本です。(がん専門病院「帯津三敬病院」の)帯津良一名誉院長は、統合医療を『治療の場』というふうに表現しておられますが、私は統合リハを『全人的な社会復帰のための場』と位置づけたいと思います」(後藤理事長)
すると統合リハは、多田富雄さんのいう「人間の尊厳の回復」にも通じているのではないだろうか。

ADL改善だけがリハビリではない


統合リハでは様々な医療資源とコラボレーションする。脳卒中リハビリ患者への鍼灸治療
多田富雄さんが「リハビリは単なる機能回復ではない」と語っているように、今日リハビリの概念は非常に大きく広がってきている。食事・更衣・移動・排泄・ 整容・入浴などのADL(Activitiesof Daily Living =日常生活動作、または日常生活活動)、すなわち身体的機能面の改善だけでなく、コミュニケーション能力などの精神機能面も重視されるようになった。さら に喜びや生きがいを持って生活ができるようになるという点や、介護予防などの予防医学もリハビリの役割に含まれるようになっている。

そして、このように多様な方面からリハビリを担うためには、いろいろな分野のスペシャリストが関わることになる。あるときはPT(理学療法士)でありOT(作業療法士)、ST(言語聴覚士)であり、介護士も加われば、医師、看護師、マッサージ師、鍼灸師なども加わる。
「ただし、これら医療者が患者さんに接するとき、それぞれ自分が持っているレパートリーでしか対応できないように専門化され制度化されている現状です。いうまでもなく統合リハは一人だけでは実行できないのです。もちろん自分の専門とする分野の視点で責任を持って仕事に臨むことは重要ですが、専門職になるほど、『リハビリを担っているのは自分たちだけだ』といった思いになりがちな面もあります。またアメリカやヨーロッパで医療技術を勉強してきたという人などには、ときには『何とか、習ってきたこの方法を患者さんに試してみたい』『自分の持っている技術を試してみたい』という考え方が見受けられます。これは臨床家が持っている一つの欲求、宿命のようなものでしょう」(後藤理事長)
たとえばそのことは西洋医学のがんの専門家などにもよく見受けられる。がん治療の分野では、いまだに主導権を握っているのは外科医であり、「手術が最高の治療」と考えるあまりしばしば過剰な切除が行われることもあるし、暴走して医療事故を招くこともあった。一方、内科医ががん治療に参加するとなれば、もっぱら最先端の抗がん剤治療の成績に目が向き、適応のない症例にも用いたり、副作用の問題を置き忘れるといったことも報道された。
「医療者は自分の専門分野を通して患者さんに貢献できないと、あたかも『敗北』のように思ってしまいがちなのです。しかし、臨床の倫理は、治療家が満足するための治療ではなく、『患者さんのため』という視点にあります。患者さんは絶えず、目の前の医療者の専門性とは別のところに、『自分にはもっとよい治療があるのではないか』という思いがあるのです。また、実際にその医療者が提供する専門的な医療サービスに合う患者さんもいれば、適応しない患者さんもいるでしょう。患者さんにとっていちばんいい治療を提供することが『患者さん本位の医療』なのです。それを実現する場として、統合医療や統合リハが期待されているといえるでしょう」(後藤理事長)

お互いを認め合うチーム作りを


グループで行うと運動も楽しくなる
日本のリハビリは、制度が導入されたとき以来、主に米国の模倣だった。ところが外国でも、たとえばドイツでは物理療法を大切にしているし、オーストラリア では手技療法を重視しているなど、固有の伝統が受け継がれている。そこで、後藤理事長は統合リハの実現のために、そうした「伝統的なリハビリの要素をもう 一度視野を広くして検討してみるべきではないか」、あるいは「固定化されたリハビリというジャンル以外のものの可能性にも目を向けることが必要ではない か」と提案しているのである。
「リハビリはいろいろな人が受けるし、予防から治療までいろいろな側面があります。ある患者さんにとっては一対一の訓練のようなやり方が効果的かもしれませんが、ある人にとってはそうではなく集団でレクリエーションに近いやり方をしたほうが効果的な場合もあります。専門職の医療者にとっても自分が取り組んできた分野で対応することが必ずしも相手の患者さんの利益にかなうとはかぎりません。ある治療家は患者さんに向き合っていて『この人には、あのやり方のほうがもっと負担が少なくてよいのではないか』と気づくこともあるでしょう。つまり自分の能力で対応できたらそれがベストというのではなくて、『あの人の力も借りたい』、『この人の協力も得たい』と手をつなぎながら患者さんにとってベストの医療を提供するのが本当のチームワークであり、統合リハの姿だと思います」(後藤理事長)
このように「全人的復権」を目指す統合リハは、「他を排除する」という考え方の上には絶対成立しない。「専門性を大切にする」ということは、自分の専門以外の専門家を認めるということでもある。逆にそれができない人は専門家としては認められないし、自分の行っていることに自信があったら他の人も認めることができるはずなのだ。「多様な分野の人と話し合う視野を広く持とう」というのが統合リハの提案なのである。

よりよく生きられるための「道案内」


ゴムバンドやゴムボールなど簡単な道具を使って筋力の衰えを防ぐ
統合リハは現実にまだ存在しているものではないが、その理念を具体化しようという試みは、少しずつ動き始めている。たとえば後藤学園附属医療施設の瀬尾港 二さんや東京衛生学園専門学校リハビリテーション学科の森島健さんらは、統合リハの観点から転倒予防のプログラムを開発した。このプログラムには、漢方薬 (薬茶)、マッサージ、指圧、薬膳、気功などの東洋医療と理学療法に用いたボール運動やゴムバンド運動などお互いに異分野の医療技術が集められている。
「東洋医学の特徴は『統一体感』や『人と自然の調和』ということです。この考え方からいうと、たとえばボール運動は、筋肉の収縮する 陰 の運動しかできませんが、ここに 陽 の運動といえるゴムバンドを取り入れてバランスを取るという考え方ができるのです。統合リハはこのように、違った視点を持つ医学を相補することにより、患者さんにより適したオーダーメイドのトレーニングを実現しうる可能性があります」(瀬尾)しかし、患者さんにとってはこうした統合リハという新しい医療・介護サービスが提案されていても、それによって何が変わるのかをつかみ取ることは容易ではない。おそらく患者さんは、現時点で何かを統合リハから得られるなどということは想像もつかないだろう。
このことについて後藤理事長は「いまリハビリの患者さんが第一に求めるものは、治療家とのコミュニケーションなのではないでしょうか。患者さんは目の前の治療家が全部を解決してくれなくてもいいと思っているはずです。ただいろいろなことを聞きたい、相談したいと思っています。道を開いてくれるコンシェルジェ(道案内)を求めているのです。統合リハの環境では、たとえば転倒予防の取り組みなのに、その中に骨を丈夫にするという意味から食事の問題が出てくるなど、まったく違う観点からの提案を引き出すことができます。そうした意味では統合リハのもとで患者さんは、単に機能的回復を求めた技術サービスだけではなくて、よりよく生きるための場を専門家と共有できることになるわけです」


生活の場においていつも笑いを絶やさない環境はQOL向上の源だ
たとえば以前から、「笑いが免疫力を高める」といわれてきた。岡山県倉敷市にある柴田病院の伊丹仁朗医師は、笑いによってがんと闘う免疫細胞のナチュラル キラー(NK)細胞が活性化することを見出し、「笑い療法」というものを提案している。また筑波大学においては、村上和雄名誉教授が開拓した 笑いと健康 の研究を人間総合科学研究科看護科学系の林啓子助教授らが引き継いだ。林助教授は、笑いの食後血糖値抑制効果を実証し、笑う習慣が糖尿病の改善に役立つ可 能性を示唆している。また、笑いがホルモン系や自律神経系を支配する大脳辺縁系を経由して顔輪筋を動かし笑顔を作り出すメカニズムから、逆に笑顔を作り出 すことで健康にいい効果を与えようという「笑み筋体操」というものを開発した。すでに医療や介護の現場などで幅広く採用され、マスコミなどでも取り上げら れ、この体操がブームとなっている。
また、お化粧が自然治癒力を引き出すということも提唱されている。高齢者施設などでお化粧をした高齢者の表情が驚くほど生き生きとするということが報告されてきた。

お化粧で心のスイッチを切り換える


お化粧ほほどこされると笑顔が戻ってきてアクセサリーにも興味を抱くようになる
東京や大阪を中心に、年齢に応じて自分らしさを発見し表現していくための「ウェルエージング・メイク」を提唱するラッキーメイクスクール代表の佐治瑞枝さ んは、「女性が高齢化し、最愛のご主人を亡くしたとか、足が衰えて外出が困難になったとか様々な理由で、家に引きこもりがちになると対外的活動が損なわれ 始め、お化粧への関心が薄れて、お化粧を放棄する傾向になる」という。
一般に介護施設などの生活環境において、家庭で使用していた化粧道具や化粧台などの持ち込みは制限される。また、現在市販されている化粧道具は健常者のためのもので、高齢者には痴呆や、手の震えなどハンデキャップをもつ方も多く、自分ですべてを行うには眉ペンシルや眉バサミなどの使用は危険となるため、なおのこと高齢者からお化粧をするという生活習慣を奪うことにもなっている。女性は朝起きて顔を洗い、髪をとかし、お化粧をして、寝る前にお化粧を落とすという動作を日常生活サイクルのなかで身につけている。これら一連の行動を奪うことで「お化粧をしていないから人に会いたくない」などと対外活動から引きこもる動機にもつながっている。
そういった高齢者に対して、お化粧を勧めると「いまさら」という言葉が異口同音に返ってくる。ところがグループを作りお化粧をほどこしてやると最初はいやがっていた人も頬紅に自ら手を伸ばし、手鏡を持つようになる。もっとも素晴らしい効果は、笑顔がよみがえり「あなたキレイになったわ」などとお互いをほめる合う言葉が発せられるとともに、「お外に何か美味しいものを食べに行きたいわ」などと行動変容に関わることが起きてくる。このことから佐治さんは、お化粧が日常生活において心のスイッチの切り換えの役割をしているのではないだろうかと分析し、ウェルエージング・メイクを高齢者に勧めるためには、各施設のリハビリを担う理学療法士や作業療法士の理解を得て連携を深めるとともに、食べても害がない口紅など素材が安全で安心できるユニーバーサルデザインの化粧品の開発に企業関係者の協力も不可欠になってくると考えている。
笑いやお化粧のほかにも、「全人間的な復権」を勝ち取るための統合リハの要素は私たちの周りにいくらでもある。われわれがより楽しく、快適に、笑顔で取り組めることは、すべて統合リハビリテーションの要素として位置づけてもいいだろう。
リハビリに取り組み続ける多田富雄さんは「リハビリは科学。創造的な営みだ」とも語っている。


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