東洋医学とプロスポーツの接点 - 4

野球団体にみる未熟な健康管理

シドニー・オリンピックへのプロ参加をきっかけに、プロ野球とアマチュア野球の交流が改善されている。かつては元プロ選手の指導は一切許されなかったアマチュアとの関係も、現在では、プロを退団した選手が社会人でプレーすることも可能なほど規制が緩められた。しかし、こと高校野球となると、話はなかなか厳しい。

横浜高校と死闘を演じたPL学園も野球名門校だ

つい最近も、今年のセンバツ高校野球で優勝した東海大相模高校の監督が、元日本ハム監督の上田利治さんと新聞紙上で対談し、高野連から処分を受けて いる。日本のアマチュア球界は、実業団と学生の二枚岩というだけでなく、学生野球が大学を取り仕切る学生野球連盟と高校野球を管轄する日本高野連に分かれ ており、さらにこれとは全く別な組織として少年野球が(それも三団体)活動するという、実に複雑な形態をとっている。その少年野球にしても、ボーイズリー グ、リトルリーグ、シニアリーグの三団体が、高校野球ではなく、社会人野球が中心となった日本野球連盟の傘下になっているという不整脈状態である。
こうした系列の煩雑さが未熟なプレーヤーの肉体に大きな影を作っていることは、疑いのない事実だ。指導者の指導目標が一貫していないということは、責任の 所在が短期間にあちこちに分散してしまい、未熟な肉体がその場限りの健康管理に晒されていることを意味する。最も顕著な弊害は、甲子園を頂点とした高校野 球に見ることができるだろう。

痛みをこらえての投球

3年前に在京球団に指名されたA君の例を見てみよう。
A君は、小学校4年生のときにボーイズリーグに参加した。このリーグは、アメリカ生まれのリトルリーグとはかなり違う、日本発の少年野球である。リトルリーグが、塁間を狭めたり、盗塁を規制したり、連投を制限したり、少年の体力保護を考慮して、大人の野球規則とは違う運営を行っているのに対し、ボーイズリーグはプロ野球や社会人と同じ野球規則に則った運営を行っている。かつて南海ホークスの監督だった故・鶴岡一人さんが主宰し、もともとが関西を地盤としたリーグで、その目標としているところが甲子園の即戦力だから、その意味では実に日本的な組織と見てもいいだろう。巨人の桑田、清原、元木をはじめとした、現在のプロで活躍する甲子園出身のエリート選手の多くは、このボーイズリーグの出身で、A君もその道をたどった。

とにかく野球が大好きで、父親が野球経験があった。家族や近所の人たちの熱心なの応援を受け、A君はチームの大黒柱として全国大会にも出場。その少年野球 チームでの活躍が認められて、関東の野球名門高校に推薦入学することができた。1年の途中から、今度は投手に抜擢され、その頃から、肩の痛みを抱えるよう になったという。
「中学のころから腰の痛みはありました。それが、投手になってから肩に上がってきた。痛みは、利き腕の右肩の前の部分と後ろの部分で、後ろのほうはほぐし て貰うと治りましたが、前のほうが痛んだ場合は、休むしかない。鍼治療も受けたんですが、ぼくにはあまり効果がありませんでした。その時は痛みが消えるん ですが、結局は、その場しのぎですぐに痛くなりました。休むのが一番でした。そこをかばってしまうので、今度は肘が痛くなったり、二年生の秋は最悪でし た」A君の場合、幸か不幸か、試合に使える投手が他にいなかったため、練習試合でも登板せざるを得ない立場にあったのである。明らかに肩の酷使から来た故 障だが、高校生の場合に、これを防ぐことはなかなか難しい。A君もそうだったが、高校野球でレギュラーの座を手にするのは全力投球型の、真面目な野球少年 が多いからだ。
「肩が痛いときには、他の学校の選手もそうだったと思いますが、唐辛子なんかを混ぜた塗り薬を塗るんです。そうすると、カーッと熱くなって痛みが麻痺す る。それに、チームの台所事情は分かっていますから、監督にどうだと聞かれれば、ダメだとは言いません。こっちだって野球をやりたいし、甲子園に行きたい んですから」それでは、監督ひとりの責任になるかというと、必ずしもそう言い切れないところに、この問題の根の深さがある。

少しずつ開かれたトレーナーの世界

横浜高校―PL学園の熱闘を物語るスコアーボードそもそも、高校野球の監督とは一体、何をする人たちなのだろうか――この問いに、日本のアマチュア・スポーツの曖昧な部分が浮き彫りになってくる。ゴール がプロ野球にあって高校野球はあくまでも途中経過である、そうした考え方が一方である。しかし、その一方で、高校野球はあくまでも学生野球としてのスポー ツ追求であり、プロ予備軍ではないという考え方も成り立つのである。
今年3月のセンバツ前の会議で、日本高野連はプロ側から打診のあった、〈高校 生にもドラフトでの逆指名権を与える〉という提案を拒否することを決めた。ご存知のように、プロ野球のドラフト会議では七年前から、社会人と大学の選手に 対しては、本人の事前了承を得るという、いわゆる逆指名権が認められている。それに対して、高校生には認められてこなかったことは、松坂大輔(西武)の例 で覚えておられる向きも多いだろう。松坂は地元・横浜ベイスターズを希望したが、セパ複数の球団が指名し、西武がくじ引きによってこの黄金ルーキーを獲得 している。

前時代的なクジ引きによる職業の選択、しかも一部に認めないという不平等さに関しては、余りに非人道的という批判が多い。誤解されているようだが、これは プロ側が押しつけた規則ではなく、高野連側が一貫して主張してきたやり方なのである。プロは何時でも、高校生の権利を認めたいのだが、高野連は、そうした 自由なパイプがいったん出来てしまうと、高校野球のプロ予備軍化に歯止めがきかなくなってしまうと警戒している。今回もその主張が再確認されたわけだが、 この言い分には十分に正当性がある。
逆指名権を受け入れたら、そうでなくともプロ化している高校野球は、間違いなく予備軍となってしまい、高校生らしい純粋なプレーでその地位を保ってきた甲 子園の魅力は半減する。そのことが日本の野球にとって(社会にとってどうかはともかく)プラスになるかマイナスなのか、そこまでの論議になれば、なかなか 結論は出ないだろう。前回も触れたが、ここに学生野球が独自に地位を保ってきた日本野球の、米国とは違う伝統の複雑さがあるのだ。

横浜高校の強力打線を相手にPL学園の投手たちも奮闘したつまり、何もプロに行くことを夢見ている選手ばかりではなく、甲子園にさえ行ければそれでよしとするだけの社会的価値が存在するのである。そうならば、監督は肩が少々痛む選手にマウンドを委ねるだろうし、選手も喜んでボールを受け取ることになる。
高野連はこうした傾向に決して無策でいるわけではない。投手を1人でも多く使えるよう、甲子園のベンチ入りのメンバーを一人増やし、94年からは大会前に 整形外科医がピッチャーの肩、腕、肘などの検査を実施している。また、95年からは大会期間中に理学療法士がベンチ裏に控え、アイシング、テーピング、ス トレッチなどの指導を始めた。今年のセンバツでは100件ほどの処置が行われているというから、かなり浸透していると見ていいだろう。また、健康を考慮し た上でのルールの改正も行っており、この春のセンバツから実施に移されている。

進まぬルールの改正

青森・三沢高校の太田幸司投手の熱投で思い出される延長18回引き分け再試合制度が、延長15回に短縮された。細かな改正では、臨時代走要員からバッテリーが外されることになり、こちらは今年の大会で実際に適用されている。しかし、こうしたルール改正も結局は大きな解決策にはならないというのが、現場指導者たちの実感なのである。
野球は、サッカーやバスケットボールほどの運動量を要求されない、比較的穏健なゲーム・スポーツと言えるだろうが、投手にだけ極端に負担がかかる偏った一面がある。選手の健康を優先させるならば、投手の酷使をなくせばいいわけで、そのためには投手数を増やすしかない。しかし、A君の例もそうだったが、これが可能な高校は多くない。そうでなくとも子供の数が減っている現状に加え、野球人気のお陰で高校野球に求められる技術と体力のレベルが上がった。ボーイズリーグを中心とした中学生の好素材は、プロどころか、高校野球スカウトによって掘り尽くされ、激しい競争の中にあるのが現実だ。子供たちもまた、甲子園に行く実力のある進学先を求めるのは必然であり、となると、私立の付属高校、宗教法人系列などが圧倒的に有利になる。公立の、まして男女共学の進学校、あるいは女子の多い商業高校などは、一人のエース投手を確保するので精一杯というのが現状なのである。
例えば、オーストラリアのような野球後発国においては、ジュニア選手の投球数を100球に制限し、連投を禁じたりするなどの画期的な予防策を講じることも可能だが、日本でそこまで踏み切るとなると、高校野球を一からやり直すに等しい。

もちろん、改善の余地はまだある。甲子園大会、あるいは夏の地方予選では、準々決勝からの三試合が連続して行われ、この間に予備日を設けるという提案は実現していない。学校の行事日程との兼ね合いといわれ、この辺に、文部省の体育教育の矛盾が横たわっているだろう。
思い出される方も多いだろうが、一昨年の夏に全国制覇した横浜・松坂は、準々決勝の対PL学園戦で延長17回、250球を投げて完投した。その試合後に NHKのアナウンサーが「明日も行けと言われたら投げますか?」と質問したのだ。日本のスポーツ報道をダメにした元凶がNHKの甲子園中継といわれる通り である。連投を期待し、讃えるかのような質問に、松坂は驚いた表情で「いえ、投げません。投げられません」と答えていた。松坂の性格もあっただろうが、こ れは横浜高校だから言えたことでもあった。
横浜高校は、その伝統から選手層が厚い。すでに何度か全国制覇している渡辺元監督には、素質のある選手を、高校野球だけでなく大学―社会人、果てはプロ野 球という一貫性の中で起用するだけの余裕があるからだ。社会的な影響のある高校野球の場合、こうした余裕は一学校だけの伝統に限らず、地域の野球伝統とも 結びついているだろう。神奈川県は全国有数の激戦区であり、半端な体制でそこを勝ち抜くことは不可能である。
大きく見据える姿勢は、1人の指導者だけで構築できるものではなく、高校野球を支える周囲の日常的な理解が欠かせない。
このように、高校野球、大学野球、プロ野球と個別の世界が独立した社会価値を持っている中で、投手の肩はどのように彷徨し続けるのだろうか。

待たれる専門の健康管理者

君は、現在、在京球団の二軍で鍛えている。いまでも、試合が続くと肩に痛みを覚えることがあるという。
「痛みがあると、やる気が起きませんね。ボールを見るのが嫌になる。でも、ぼくは寮に入っているから分かるんですけど、現役の選手でどこも痛くない選手なんかいないんじゃないですか。どうやって怪我や故障と付き合って、プロ生活を少しでも長く続けるかだと思うんです。二軍の選手が、痛いから休みますって言ったら、そこで終わりですよ。もう使ってもらえないでしょう。その辺が、難しいです」各球団には専属のトレーナーがいる。主にマッサージで試合や練習後の手当に当たるが、鍼灸の資格を持っているトレーナーがほとんどだ。

延長17回、250球を投げ抜いた松坂大輔A君によれば、二軍のトレーナーの中にも監督の意見を遮って故障者を休養させる人もいるし、助言をめぐって監督とケンカになることもあると言うから、プロ野球の世界でも少しずつトレーナーの立場も強くなってきていると考えていいだろう。
高校野球を否定する人がいる。しかし、フォア・ザ・チームに徹するあの純粋なプレーを発揮する機会は貴重であり、すさんだ社会に対しても、一つの指針とし ての存在価値は大きい。それが、高校球児の意に添わないならば問題だろうが、彼らもそれを望み、それを目指している。心に別な将来の夢があるにしても、必 死に白球を追う姿にウソはない。ならば、どうするか?彼らの肉体の痛みをどう社会が分かち合うのか?現場にいる若い指導者たちの知恵と勇気にすがるしかないのだろうか。


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