クリニカルパスを考える - 1

医療現場に不可欠のアイテムとなりつつある
「ケアの進行表」

医療現場では、クリニカルパスと呼ばれる
「ケアの進行表」が用いられることが多くなってきた。
これまでばらばらだった医療ケアのあり方を標準化するうえで有力な
方法として注目されている。
リスクの低下、医療費の削減、在院日数の短縮、患者の満足度の向上など、
さまざまなアウトカム(効果)をもたらすといわれる
クリニカルパスの考え方を紹介する。

医療ケアのプロセスを標準化


昨年11月、大阪国際交流センターで開催された日本クリニカルパス学会は、約2500人が参加し、立ち見まで出る盛況ぶりだった。この医療の新しい動きに、関係者が並々ならぬ関心を寄せていることが示されたのである。
クリニカルパスとは、ある病気を持った患者について、入院指導、オリエンテーション、ケア処置、検査項目、退院指導などをまとめた「ケアの進行表」のこと。医師、看護婦のほか栄養士、理学療法士、作業療法士などのコメディカルがお互いに連携してチーム医療を行うなかで、効率的に患者をケアするためのガイドラインとなるものである。
アメリカの医療の場でクリニカルパスが使われ始めたのは1985年頃のことといわれる。クリニカルパスは「クリティカルパス」とも呼ばれ、その基本形は1950年代に登場した人工衛星の生産工程を管理するための「クリティカルパスメソッド(critical path method)」にあるという。複雑極まる生産工程を効率化するために使われ始めたものだった。
アメリカでは1983年に、医療費が現在の日本で行われているような「出来高払い」から「DRG(診断群別包括支払いシステム)」になった。同じ病名の病気については、合併症があってもなくても、在院期間がどのくらいかかろうと、医療費は固定されることになったのである。この結果、病院は患者に合併症をなくし、早く治して退院してもらわないと利益が出なくなった。そのため、医療ケアのプロセスをクリティカルパスメソッドのような方法で効率化し、標準化することが必要になったのである。
一方、アメリカの社会・経済的状況として、膨れあがっていた医療費の削減が求められるようになっていた。病院は生き残るためにケアの質を向上させ、患者の満足度を高めるという厳しい競争を迫られることになったのである。こうした要求に応えながらケアを効率的に行う方法として、クリニカルパスが有効であるとして、多くの病院で採用されることになった。そして今、日本ではこの新しい医療の流れを受け入れようという動きが活発になってきている。

パスを構成する4つの要素

クリニカルパスは、時間軸、ケア介入、ケアの標準化、バリアンス(変化要因)という4つの要素からなっている。「ケアの進行表」なので、ある病気の患者のケアを標準的に進めるために、時間の経過を追って、どこでどのようなケア介入がなされるかが記入されていく。そして、それが合理的なものであるかどうかが検討され、さらに患者の特別な要因に応じた変更がなされていくのである。

●時間軸は、ケア介入の中身によって分単位、時間単位、週単位、さらに月単位と変わってくる。つまり、急性期なら次々と矢継ぎ早にケア介入をしていかなければならないし、慢性期になれば1ヵ月に1度というケア介入でもよくなるわけだ。この時間軸の上には、疾患の状態・疾患の急性度、回復状況、ADL(生活行動力)なども記入することができる。

●ケア介入は、疾患や疾病、病院、病棟によって異なる。ケア介入の単位(看護、安静度、リハビリテーション、食事、栄養、退院指導、検査、その他)で記入することもできるし、介入グループ(看護、栄養士、理学療法士、作業療法士、ソーシャルワーカー、検査科、レントゲン科)で記入することもできる。


手術入院から退院までパスを追うことで入院日数が短くなるという

●ケアの標準化は時間軸とケア介入を明確にしてから、病院などの医療機関の中に作ったクリニカルパス委員会の中で行われる。ここでは疾患の治療やケ アがどのようになされるべきかが検討され、たとえ一度標準化されたものであっても固定化されることはなく、つねにより合理的なものが目指される。

● バリアンスとは、標準化したクリニカルパスから逸脱したケア介入や時間軸の変化したものだ。すなわちケアを行う上で質の向上や効率化を妨げる要因といえ る。そのなかには、検査室のスタッフ不足や休日で検査ができないというシステムの問題や、患者や家族が治療やケアの受け入れを決断できなかったり拒否する という問題、指示漏れや作業の遅れなどの医療スタッフの問題などが含まれる。こうした変化要因を明らかにしていくことによって、質の高い効率的なケアを提 供していく上で何が障害になっているかが明確になっていく。

有効性を示す4つのアウトカム


リハビリなど、コメディカル グループとの連携もパスして

クリニカルパスは4つの側面から有効であるといわれており、これを「4つのアウトカム(outcome=効果)」と呼んでいる。それは、経済的アウトカム、臨床的アウトカム、機能的アウトカム、満足度の四つである。
経済的アウトカムは、患者にとっては医療費が安くなるということであり、医療機関にとっては経費が節減できるということになる。これまで担当の医師を中心 に動いていた日本の医療ケアは、医師の処置だけでなく、看護の内容や理学療法士との連携、他のスタッフなどにもさまざまなばらつきがあり、その中には多く の無駄が含まれていた。
クリニカルパスはEBM(科学的根拠に基づく医療)を導入して、患者を中心にしたチーム医療によってそうした無駄をなくし必要最小限のケアを行うというこ とが原則だ。そこで専門家の目で見て、経験上よくわかっている「次に何をすべきか」ということがパスの中に示される。たとえば医師が指示を出すことを忘れ るために、ケアの日程がずれこむということもなくなる。その結果、在院日数が短くなり患者の回転が速くなるのでベッド単価が上がる一方、患者にとっては早 く退院したり治療処置が必要なくなるという臨床的アウトカムとも結びつく。

当然こうしたことにより患者のADL(生活行動力)など、機能の回復という機能的アウトカムが得られる。もちろん患者の満足度が上がるという満足度のアウトカムも向上するわけだ。
クリニカルパスは病院システムそのものを改革することになる。ケアに関わるチーム全体のコミュニケーションをよくし、情報が一元化するのでケアの記録が効率化する。また、パスの通りにならないバリアンスが生じればその理由を出していくので、もともと病院や医師が持っていた問題点が明らかになることもある。検査スタッフが足りないとか、予約を過剰に入れすぎているなど、システム上の問題が分析されるので病院を改善するツール(道具)にもなるわけだ。

導入は3段階で進む


手術方法にも標準化したパスが求められている
クリニカルパスには3段階まである。第1段階は現在行われている医療をまとめただけのものである。
第2段階は、そうした医療ケアを改善し、EBMに基づいて標準化していったものだ。実際にはこれができない医療機関がきわめて多い。たとえば患者に告知す べき内容について決められていなかったり、感染率が高くなるといわれる手術時の剃毛に関しても規定されていないという場合が少なくない。
第3段階は病院のシステム改善まで達成された「理想のパス」といわれるものだ。たとえばリハビリが必要なケースで、週末に理学療法士が休みを取るために在 院が延びてしまうというバリアンスが出てきた時、土曜・日曜にも理学療法士が出勤するような対策がとられなければならない。
日本で現在クリニカルパスがどのくらいの病院で使われるかについては、いろいろなデータが示されているが、日本看護協会の調べでは日本の病院のほぼ30% に導入されているといわれている。もっともこのデータはたった一床だけ使っている場合でも、「使っている」ことになっており、「よく使っている」という病 院はそのうちの「だいたい半分」とされる。

すでに患者にも手渡される「患者パス」と呼ばれるものを実現している医療機関もあり、患者はベッドサイトにこれを貼り出して自分で記入しながら利用している。あるいは、在宅ケア用のパスも使われ始めており、在宅療養に取り組む患者をサポートする有力なツールになるとも考えられている。
クリニカルパスがよく使われている地域は、九州などに偏在している。その理由はいくつかあるが、病院間の競争が強い地域では「選ばれる病院」になろうという意識が強く、競ってパスを導入する傾向があるようだ。日本では今後各地で病院の生存競争が激化するといわれており、こうした背景からもクリニカルパスは不可欠のアイテムになっていきそうだ。


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