がん緩和ケアとコメディカル - 4

コメディカルが不可欠の全人的ケア

が んの緩和ケア医療はもはや末期がんだけを対象にしたものではない。がん診断期から始まるものであり、さらにさまざまな心の痛みにも対応する「全人的なケ ア」とされるようになった。それを実現するためは、医師と看護師ばかりでなく、多種のコメディカルの関わりとサポートが欠かせない。患者や家族にとってよ り高いQOL(生活の質)と満足度を追求しているがん緩和ケアの現場を探った。

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岡部 健(おかべ・たけし)

岡部医院院長
呼 吸器外科医として静岡県立総合病院、宮城県立がんセンターに勤務を経て、1997年に在宅ホスピスケア専門の岡部医院を開業。NPO法人「日本ホスピス緩 和ケア協会」東北支部長。2007年、「在宅ケアグループ爽秋会」(http://www.soshukai.jp/)として福島県蓬莱町に「ふくしま在 宅緩和ケアクリニック」を展開。

鍼灸やリンパドレナージの有用性に着目

岡部病院の緩和ケアチームの中で注目されることの一つは、開院当初から鍼灸師が参加していることである。岡部医師は組織体の中にコメディカル職種を導入するうえで、「エビデンスレポートがしっかりしているもの」ということを条件としてきた。
「鍼灸は鍼灸師が関わってた当初から、有効であることを感じていました。最初は鍼灸師が関わってくれる中で、実際にそれが有効であると感じられました。 WHOの緩和ケアに関する報告でも、鍼灸やリンパドレナージ(リンパ浮腫の手技療法)はエビデンスレポートがあります。ですから、この二つは通常の代替療 法といわれているものとはぜんぜんレベルが違うわけです」
2005年の第54回(社)全日本鍼灸学会学術大会で、岡部医院の緩和ケアチームに参加 する有限会社爽秋会メディカルアンドケアサポートの下條静鍼灸師が、「終末期がん患者に対する鍼灸治療」という報告を行った。2000年2月1 日~2005年5月31日までに鍼灸治療を施したがん末期患者116名と良性疾患の患者31名、計147名の診療記録から、鍼灸治療の効果を検討したもの である。
鍼灸初診時の主訴で多いのは、浮腫(55名)、疼痛(54名)、排便調整(36名)、腹部膨満感(34名)、腹水(27名)、しゃっくり (12名)などであった。このうち浮腫に対する鍼灸治療効果は、「消失した」が28%、「緩和あり」が46%とされている。また、腹水では「消失した」が 33%、「緩和あり」が26%だった。もっと効果が顕著だったのはしゃっくりで、「消失した」が91%、「緩和あり」が9%となっている。(図4、図5)
「鍼 灸は、西洋医学にはない調節系を働かせるという機能があります。西洋医学のように切れ味はよくないけれど、ぼんやりと効いて、しかしきちんと結果を出すと いうものです。たとえばしゃっくりは、私たちの実感としても鍼灸でほとんど確実に止まるわけです。西洋医学でも治療薬がありますが、確実性に劣るうえ、眠 くなるという副作用もあります。緩和医療に用いる技術は、理屈はブラックボックスでも、結果を示すことができればいい。ただし、その評価の部分は科学的に 示してあげれば人々のためになる。しゃっくりに関しては、ぜひ鍼灸と西洋薬との比較試験をやるべきです。
これからも追求したいコメディカルのテー マはあります。たとえばリンパ浮腫に対するリンパドレナージはぜひ導入していきたい。また、ドイツなどではフォレスト・セラピー(森林浴療法)を保険制度 の中でやっていますが、がんの医療の中でどういう意味があるのか見ていかなければならないと思っています」

鍼灸が抗がん剤の副作用症状も改善

がんの緩和ケアにおける鍼灸の有用性は早くから注目され、いろいろな施設の中でも取り入れられてきた。そのうち国立がんセンターでは、1985年5月に初めて患者に対して鍼灸治療を取り入れる試みが行われている。
現 麻酔科医長の横川陽子医師が、鍼灸治療が術後疼痛にどの程度の鎮痛効果があるかを調べる目的で比較試験を行った。乳がん術後の患者に対して鍼治療を行った グループと鍼灸治療を行わなかったグループに分けて、その後患者の要求に応じて筋肉内麻酔注射した鎮痛薬の投与量、投与回数を比較検討した。その結果鍼群 では対照群と比較して、鎮痛剤の投与回数、投与量ともに有意に少ないことが分かったのである。
院内では評判が広がり、「鍼灸治療を受けたい」という希望者も増えていく。そして、1989年5月から研究費により2人の鍼灸師が雇用され、診療をルーチンに行うことができるようになった。
1999 年に新病院が完成した際、外来に現在の鍼灸治療室ができ、週3日の診療が行われている。治療室の所属は、麻酔科からこの年に新たに設立された緩和ケア科に 移り、鍼灸治療は緩和医療チームの中で行われることになった。水曜日と金曜日に鍼灸治療を担当している鈴木春子鍼灸師は話す。
「1日に治療する患者さんは十数人。一人当たりの治療時間は30~40分。治療室まで来られないような患者さんの場合病室まで往診しています」
鍼灸の治療費は予約制で、原則として状態の悪い患者の希望が優先される。現在年間の患者実数は100人前後となっている。

国立がんセンター鍼灸治療室での鈴木春子鍼灸師進 行がん患者を襲う疼痛はモルヒネを中心としたオピオイドによる薬物療法によって80~90%は改善するが、取れにくい痛みもある。神経障害性疼痛、筋肉 痛、骨転移痛、感染などの炎症痛、体動時痛、骨折時痛などの痛みだ。このうち、骨転移や炎症の痛みにはエヌセイド(NSAIDS)と呼ばれる非ステロイド 抗炎症薬などが、体動時や骨折の痛みには神経ブロックなどが用いられることが多い。そして鍼灸治療が有効なのは神経障害性疼痛や筋肉痛などで、これらはた やすく改善できる場合もある。
「モルヒネで取れにくい疼痛の中にはがんの患者さんは気血の巡りに滞りが生じ、肺虚証や肝虚証、脾虚証などと呼ばれ る状態の傾向がうかがえます。これに鍼灸を用いることによって、痛みとともに全身の苦痛が緩和できることが少なくありません。身体的痛みが取れれば、気分 も改善されるし希望を持つこともできます。末期で入院の方が、外泊可能になり患者さんやご家族に喜ばれる例も少なくありません」
一方、最近がん治 療に多用されるようになっているタキサン系抗がん剤(タキソール、タキソテール)特有の副作用であるしびれ(末梢神経障害)にも、鍼灸が有効となる例が多 い。細かい作業ができずに困っていた患者が、仕事や家事をできるようになることもある。現在、サーモグラフィーを使って末梢温を測定し、鍼灸の末梢神経障 害に対する有効性を科学的に検証する研究が進められている。
鈴木鍼灸師は、一般的なツボを狙って皮膚に浅く刺す鍼刺激に加えて、独特の接触鍼とい うものを使う。文字通り刺すのではなく、鍼を持った指先を小刻みに動かして皮膚に接触させて刺激する方法だ。鈴木鍼灸師は、2005年7月~2007年5 月に11名(男性7名、女性4名、平均16.4歳)小児がん(ユーイング肉腫、横紋筋肉腫、悪性リンパ腫、骨肉腫、神経芽腫)の患者に鍼灸治療を施した。
「おそらく小児がんに対する鍼灸治療はこれが初めてだと思います。初めは鍼灸を痛いものと思って怖がりますが、この手技を受けると『気持ちがいい』と言ってくれるようになりました。治療後は全体的に体調がよくなることが分かってきました」
かつて国立がんセンターで鍼灸が参加する緩和ケアチームを立ち上げた静岡がんセンターの安達勇医師はこう語る。
「鍼灸などの東洋医学は、問診、望診、腹診、脈診という全人的な診断を行いますが、これは緩和医療に求められる全人的ケアに通じるもの。CTやMRIによる診断にはないものを埋める可能性を持っています」

リンパドレナージが支える全人的ケア

後藤学園付属リンパ浮腫治療室で治療中の佐藤佳代子さんがん治療に伴うリンパ節郭清や放射線照射などの後遺症として起こるリンパ浮腫も、がん緩和ケアの対象となる大きな問題だ。リンパ浮腫は、体内のリン パ液の流れが阻害されて皮膚組織内に体液が過剰たまって現れるむくみ。生まれつきリンパ管の機能が悪くて起こる原発性の例もあるが、9割はがん治療が原因 で起こるものだ。乳がんの手術を受けた人の5%、子宮がんでは20~30%に発生するといわれている。リンパ浮腫を放っておくと日常生活に支障を来たすよ うな体形の変化が現れたり、皮膚が病的に硬くなってしまったり、蜂窩織炎という高熱を伴う炎症を引き起こす。
以前はリンパ浮腫に対する治療などまったくなかったが、最近はリンパドレナージという医療マッサージが取り入れられるようになった。岡部健氏が「エビデンスレポートがある」と認めるケア技術だ。
後 藤学園附属医療施設リンパ浮腫治療室は、日本で初めて専門的にリンパドレナージの治療に取り組む医療機関として20001年4月開設された。当初は佐藤佳 代子室長一人が治療に当たっていたが、現在ではスタッフも17人になり、5ベッドを備え、1日20人の患者を受け入れられるようになっている。これまでに 1500人を超える患者の治療に当たってきた。がん種別では婦人科がん6割、乳がん3割強で、あとは前立腺や消化器がんなどの術後の人も訪れる。佐藤さん が話す。
「日本では治療施設やセラピスト数が圧倒的に不足しているので、北海道や沖縄から来室される患者さんもいます。かつては数ヶ月の順番待ち だったこともありますが、現在は1人の患者さんが1ヶ月に1回来室していただけるようにローテーションが組めるようになりました。併せてご指導させていた だく、自宅でのこのセルフケアだけでやっていけるようになる患者さんもいます。リンパ浮腫はより早期からの治療とケアの開始により、重症化を防ぐことがで きます。潜在的な患者さんも多く、後遺症に関する適切な情報普及は急務です」
患者は、病院やクリニックの主治医から「診療情報提供書」や紹介状を 持参のうえ紹介されて来るケースが多い。そうしたデータから既往歴、手術歴、病状などを的確に把握して、あらかじめ安全に治療ができることを十分に確認す る。もちろん患者の状態によって個別にケア内容も刺激量も変えていく。主治医には「治療経過」を定期的に報告している。
「個人差がありますが、腕や足の左右差がほとんどわからないほど改善する方もいます。患者さんには、全体的にからだの負担が少なくなり、気持ちも『楽になった』と喜ばれています」
看 護師や按摩マッサージ指圧師など医療者を対象として講習会も開き、セラピストの養成にも努めている。受講修了者の中には病院内でリンパ浮腫外来を立ち上げ たり、開業して在宅ケアに当たる人も出始めた。すでに全国30以上の施設でリンパドレナージの治療が行われている。また日本リンパ学会、婦人科系学会、乳 がん学会、緩和ケア学会などでも本療法の治療成績が報告されている。看護協会の乳がんや緩和ケアなどの認定看護師の研修でも授業に組み込まれるようになっ た。
「ベッドから動くことのできなくなった終末期の患者さんの治療に出向くことがあります。リンパドレナージを受けながら、整理できていない気持 ち、肉親にも話せないでいることを聞かせてくれる患者さんもいました。病状の進行とともに、言葉を通して表現できなくなってきても、『ずっと無理をし続け て来られた』とか『このような触れ方にすると気持ちがいい』ということを、表情や皮膚を通して感じ取れるものです。先日亡くなられた20代のがん末期の患 者さんは横向きで半分眼を閉じていましたが、すぐに『横向きの体位が苦痛を生んでいる』と感じました。そこでクッションなどの置き方を工夫して体位を斜め に変え楽な姿勢で寝かせてあげると、呼吸が深くできるようになりました。パッチリ開いた目から静かに涙を流れてきて、彼女の表情がとてもしっかりしてきた のがわかりました。最期には、自分の気持ちや想いをご家族にも伝えることができ、心の内にあることを表現され、笑顔になって逝かれたことをお聴きしまし た」
緩和のための全人的ケアには、コメディカルの力が欠かせないのだ。

■文献
安達勇「がん緩和医療学の歴史的背景と現状」
安達勇ほか「本邦での緩和ケアチーム活動の実際」
(いずれも静岡県立静岡がんセンター刊)

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