がん診療日誌 - その1

希望を核に前向きの心を

全人的な治療で知られる帯津三敬病院。
そこでは様々な人生を背負ったがん患者たちが闘病を続けている。
これは、その患者たちと悲喜・苦楽を共にし、がんと戦う院長の診療日誌である。

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帯津良一 (おびつ りょういち)
1936年埼玉県生まれ。東京大学医学部卒業。医学博士。東京大学第三外科、都立駒込病院外科医長などを経て、現在帯津三敬病院院長。専門は中医学と西洋医学の結合によるがん治療。 世界医学気功学術会議副主席などを務める。著書に『がんを治す大事典』(二見書房)など多数。

 

6月4日 うす曇り 蒸し暑い


火曜と木曜の午後2時から4時までは、初診の予約患者さんの診察に当てています。主として、がんの患者さんです。私の外来担当日は月曜と金曜ですが、こち らは患者さんの数が多く、初診の、しかもがんの患者さんの話をゆっくり聞いて、あれこれ相談している時間はありません。そこで別枠を設けたというわけで す。

患者さんは電話でアポイントメントを取ってやってきます。そのための電話は月曜から金曜までの午前中、専門の担当者を待機させて受け付けていますが、常に電話は鳴りっぱなしです。相談したくても、いつも話し中だという患者さんからの苦情が絶えません。

そうして苦労して来てくれる患者さんと十分に話し合うためには、1日の予約は少しでも少ない方が良いにきまっています。それだけ一人の患者さんに時間を割くことが出来るからです。しかし、1日当たりの患者さんを少なくすれば、予約はどんどん先送りになり、これも患者さんの迷惑になってしまいます。ここに私たちのジレンマがあります。電話予約の担当者の苦労は並大抵ではありません。

今日の患者さんは7人でした。少し多すぎる感じです。まず電話担当の山田婦長が、電話のやりとりを記録したカードをもとに、一人一人の状況をもう一度聞いて、それを私に報告して、それからはじめて診察室です。

さまざまな臓器の、さまざまな進行度の、すべて印象的な患者さんばかりで、特にどの患者さんがいちばん印象的というわけではありません。思いつくままに、一人の患者さんを紹介いたしましょう。


「岡山から今日出ていらしたんですか」

「はい。一番の新幹線で来ました」

「大変でしたね。お疲れになったでしょう」

「そうですね。少し疲れましたかね」 

45歳の男性。大腸がんです。

平成7年3月に地元の総合病院で手術。大腸の主病巣は切除しましたが、腹膜への転移がかなり広範にみとめられ、姑息手術に終わっています。

術後、病状の説明をうけ、抗がん化学療法をすすめられましたが、いろいろな情報から、自分の場合は労多くして功少なしと判断し、これをお断りし、自分の出来る範囲で、オーソドックスでない治療法を求めて、これまでやってきました。「山田婦長からの報告と、あなたご自身の闘病記録を見せていただいて、おおよそのことはつかめました。腫瘍マーカーが少しずつ上昇してきているのは気になりますが、でも、いろいろ積極的に取り組んでいるじゃないですか。お仕事もつづけていらっしゃるのですか」

「はあ、なんとか一人前にはやっております。

実は、手術が済んで、抗がん化学療法をどうするか話し合っている段階で、よく持って残り一年ですねと主治医に言われたんですよ。ショックでしたね。と同時に、ひどいことを言うもんだと腹も立ちましたね。でも何日か経ったら、それも仕方がないなと思えてきたんです。

これも運命なんだろうと。割合、冷静に受けとめられたんですね。

そこで、仕事の出来る間は仕事をしていこう。治療も、ストレスにならないようなものを選んで自分なりにやってきました。そして一年経ってしまったんですね。残り一年と言われていたのが、曲がりなりにもクリアしてみると、なんとなく欲が出てきたと言うのでしょうかね。現在やっている、いろいろな治療法を見直していただきたいと思って、今日出かけてきたのです」

「そうですか。欲が出てきましたか。それはきっと良いことですよ。いつも、そしてどなたにも言うんですが、こういうとき、いちばん大切なのは、あなたの気持ちです。心のどこかに希望を持つことです。その希望を核に前向きの心を持ちつづけることです。

その次に来るのが、日々の食事の内容に配慮することと、気功のような自分の力で、自分の自然治癒力を高める方法を身につけることです。この二点についてはどうですか」

「その辺は少し弱いんですよ。気功は関心がないわけではないのですが、仕事だけで手一杯で、習いに行く余裕がありません。

食事も、出来るだけ肉食を避け、緑黄色野菜を多く摂るように、家内が気をつけてくれているのですが、外食も少なくありませんし、なかなか思うようにいきません」

「食事については、こうでなければいけないということはありませんが、ある程度の原則というものがあります。私のところでは、専門家が指導をしていますから、一度、折を見て指導をうけてください。

気功についても、病院ではいろいろな功法を用意していますが、岡山から毎週習いに来るわけにもいきませんから、今日はとりあえず見学していただいて、将来に備えてくだい。まずは身体を見せてください」

「はい」

食欲は良好ですが、やや便秘がち、時に腹痛ありとのことです。

「わかりました。お腹に少し固い部分がありますが、まあまあですね。こちらにお座りください。


心、食事、気功という、自然治癒力を高める基本的な三要素を押さえたとして、次にいろいろな治療法が来るのですが、西洋医学的な方法としては当面は適当な ものがないとして、東洋医学的なものとしては、もぐさ温熱療法と枇杷葉温熱療法をやっていますね。これはこのまま続けてください。

漢方薬はまだですね。これは今後の選択肢として頭に入れておきましょう。

そのほかにプロポリスとキチンキトサンですか。こういうものはたくさんありますが、いずれも自然治癒力にはたらきかけると考えてよいと思います。ただ、自 然治癒力そのものがまだ科学的に解明されていない現在、それにはたらきかけるものを客観的に評価するなんて無理な話なんですよ。だから、自分なりにそのメ カニズムを判断してみて、やると決めた以上は、その効果を期待してやってください。その意味でも二種類ぐらいが適当でしょう。もう少し経って、その効果を 見直してみることにしましょう」

「わかりました。いろいろ参考になりました。とりあえず今日は漢方薬を処方していただけますか。これからの戦略のなかに加えてみたいと思います」

「いいですよ。いま処方しますから。くどいようですが、いちばん大切なのはあなたの気持ちですからね」

「わかりました。なにかこう元気が出てきたようです。また来月にでも出てきますからよろしくお願いします」

さわやかな笑顔を残して、診察室を出ていきました。

 


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