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        <title>LIFENCE（ライフエンス）</title>
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        <description>生命・生存・健康をトータルに考える総合医療情報サイト。医療の世界で活躍するキーマンへのインタビュー、海外レポート、健康関連情報など。</description>
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            <title>中医学とメンタルケア／中医診療日誌--２５</title>

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在宅医療と伝統医学　第３回　『症状を和らげ最期まで寄り添う』 　前回ご紹介した脳梗塞後に嚥下障害を合併したCさんのその後の経過をお伝えします。Cさんは半夏(はんげ)厚朴(こうぼく)湯(とう)という漢方処方を用いることで飲み込みの力が回復し、ついに経管栄養のチューブを抜き去ることができていましたが、やがてまた嚥下は困難に。生命の炎は少しずつ細くなっていきました。  北田志郎（きただしろう） 1991年東北大学医学部卒業。 その後，東京都立豊島病院臨床研修医（内科系・東洋医学専攻）を経て、 1993年東京都立広尾病院神経科 1995年東芝林間病院神経科 1997年精神医学研究所附属東京武蔵野病院 2000年天津市立中医薬研究院附属医院脾胃科に留学、その後、後藤学園附属クリニック医師として勤務 2003年より千葉県で地域医療を特徴としているあおぞら診療所で勤務。最近はとくに精神医学・中医学と地域医療と関連する研究に力を入れている。帰国した残留孤児達の心身の健康をサポートするボランティア活動などにも、積極的に携わる。      経管栄養を断念、中心静脈栄養へ     どうしても主人に家に帰ってきて欲しい     「苦肉の措置」のもと再び在宅へ     漢方薬と鍼灸併用の「健脾去痰     終末の時が近づき表情は穏やかに  &nbsp; 経管栄養を断念、中心静脈栄養へ  　Cさんはチューブを抜いてから半年の間、口からしっかり食事を摂ることができました。この間、嚥下障害から来る誤嚥性肺炎を一度も起こしていませんでした。 しかし半年後の2月、感染性胃腸炎に罹ったCさんは激しく嘔吐し、ほどなく高熱と呼吸困難をきたしました。吐物による誤嚥性肺炎を起こしたと推測され、直ちに地域の基幹病院に救急入院となったのです。そのまま気管内挿管を受け人工呼吸管理となり、生死の境をさまよいましたが、幸い肺炎は治癒し、人工呼吸器からも離脱することができました。 　しかしCさんはもはや自力で痰を吐き出すことができなくなってしまい3月には気管切開術を受けることとなりました。経口摂取は一切禁止となり、経鼻チューブによる経管栄養が再開されましたが、腸閉塞に罹ったり、嘔吐からさらに誤嚥をきたしたりというトラブルが相次ぎます。そこで、6月に経管栄養を断念し、中心静脈栄養という点滴による栄養補給に切り替えられました。8月に慢性期主体の病院に転院すると肺炎治療を繰り返したためか、痰から抗生剤の効きにくい耐性菌が検出されたのです。 　私たちスタッフはこうした状況を家族や病院のソーシャルワーカーを通じて随時知ることができていたのですが、事態は明らかにジリ貧状態と言わねばなりませんでした。しかし夫人がが、「どうしてもCさんを退院させたい」と希望されたことから、10月のある日転院先の病院で「退院前共同指導」が行われました。これは在宅ケアを担う医療・福祉従事者が退院前に病院に伺い、病院スタッフとのミーティングを通じて病状と生活能力を把握し、スムーズな在宅移行を実現するために開催されるものです。 TOP どうしても主人に家に帰ってきて欲しい出し  　私たち往診チームは、ミーティングの前に夫人と一緒にCさんの病室を訪れました。Cさんはベッドに力なく横たわっていました。顔はパンパンにむくんでいて、目もどんよりと曇っています。しかし私が近寄り声をかけると、動く方の左手に握手をすると驚くほど強い力で握り返してきました。Cさんは私だとわかったようです。 病室を出るとすぐに夫人が小声ながらしっかりした口調で話しかけてこられました。 　「私はどうしても主人に家に帰ってきて欲しいんです。家に帰ればまた元気になるんじゃないかと思うんです。先生また往診をお願いします」とお願いをされました。 　確かに、病院から自宅に帰ることで元気になる方は少なくありません。なかには「余命いくばくもない」とされていたがん末期の状態の方が、退院後その予測を大幅に超えて長生きされ、しかも元気さをギリギリまで保たれることが珍しくないのです。その方の生命力が十全に発揮される「場」が自宅であったのだと言い換えることもできます。かといって、そういった方々が死そのものを免れることができるかというと、これはまた全く別の話です。夫人が求めている「元気」が入院前の状態に戻ることを指しているのなら、あまりにも期待が大きすぎるのです。 　私は大変厳しいと状態を思い「退院となればできる限りのことはさせていただきますが、ご自宅で看取ることも覚悟していただかなければなりません」と言わざるを得ませんでした。 すると夫人は「いや、それも困ります」と言うのです。 　「先生、今度も漢方でなんとかなりませんか？前の時だってもうだめだと思っていたのに、あんなに元気になって、自分で食べられるようになったじゃありませんか」 　「評価してくださるのは嬉しいのですが、漢方薬は魔法の薬ではありません。この前はCさんの体力と気力がまだ十分残っていて、他にもいろいろなテコ入れができたからうまくいったのです。今度はとても安請け合いできる状況ではありません」私はそのようなことを言ったと思います。 　その一方で、もし夫人が自宅での看取り覚悟で連れて帰られるなら、今度は「訪問鍼灸」も導入しよう。なんとかして漢方薬を服用する方法がないものか、などという思いが巡っていました。 TOP 「苦肉の措置」のもと再び在宅へ 　夫人とのミーティングでは多くの不確定要素を残しながらも「退院に向けた準備をする」という方向性への確認をしました。 　しかしほどなくして、Cさんはまた高熱を発してしまったために中心静脈のカテーテルを抜去することになってしまいました。高熱はほどなく解熱したとのことでしたが（これは「カテーテル熱」と呼ばれる感染症が起こっていたためと推測されます）この結果中心静脈栄養の継続も困難となってしまったのです。 　Cさんは再度急性期病院に戻り、改めて経管栄養を受けることになりました。ただし、チューブの先端部位はこれまでの胃ではなく、十二指腸も越えて空腸に達するようにしたのです。胃を亜全摘していたCさんが、注入した栄養物が逆流して誤嚥してしまう傾向を強めていたための苦肉の措置だった分けです。 　Cさんはこれらの困難を乗り越えて、ついに12月になって自宅に帰ってこられたのです。しかしチューブの交換は以前のように在宅ではおこなえず、月に1度病院に行きレントゲン透視下で実施しなければなりませんでした。それでもCさんと家族は、自宅に帰ることを選んだのでした。 &nbsp; TOP 漢方薬と鍼灸併用の「健脾去痰」  　スケジュールの都合上、私がCさんの自宅に伺ったのは、退院から10日目のことでした。その時すでにCさんは誤嚥性肺炎を一度起こしていました。 　Cさんが身体を動かすたびに、切開された気管に挿入してあるカニューレから痰が噴出してきます。私は病院から指定されてきたチューブへの水分量を減らし、入院前に用いてきた半夏厚朴湯エキスを再開しましたが、前回ほど明らかな変化を見ることができませんでした。注入物がCさんの胃腸の処理能力を越え、「痰飲（脾という消化器の衰えによる水分の滞り）」と化していると考えられました。そこで水分の停滞を改善する機能を持つ茯苓飲(ふくりょういん)を合わせることとしました。「茯苓飲合半夏厚朴湯エキス」として一剤で処方できることも、在宅ケアにおいては大きな利点と言えます。一方で訪問鍼灸も開始し、主に水分代謝を高めるための「健脾去(けんぴきょ)痰(たん)」の治療を行ってもらうこととしました。 　効果はてきめんでした。痰の量は次第に減り始め、Cさん自身が自力で唾を飲み込む感触を得たようでした。以降抗生剤の使用も減り、月1回の病院でのチューブ交換も順調にこなして、冬を越すことができたのです。 　しかし体調の安定とは裏腹に、Cさんの表情は徐々に険しくなっていきました。そして5月のある時、私をじっと見つめながら指差し、そしてその指を上へと持っていったのです。 　「Cさん、それは天国ってことですか？私に天国に送って欲しいと？」Cさんは大きく、何度もうなずきます。 ベッドの傍らで立ち会っていた夫人が目に涙をいっぱいためて「お父さんごめんなさい、私のわがままで、でも私はお父さんがどんな姿になっても、お父さんに生きていて欲しいのよ」 　Cさんはその言葉には応えようとせず、ひたすら上を指差し続けていました。 TOP 終末の時が近づき表情は穏やかに 　当院の訪問看護師は、それまで主にCさんの身体のリハビリテーションを行ってきましたが、このエピソードがあってから、彼女たちはリハビリを少し早めに切り上げ、細心の注意を払いつつCさんにアイスクリームやゼリーを召し上がっていただく介助を行うことにしたのです。漢方薬を継続使用しても、もうこのころにはCさんの嚥下の力はほとんど残っていませんでした。看護師が「ごほうび」の後に気管カニューレの側管を吸引すると、胃に入っているはずのアイスクリームがそのまま吸い上げられてきてしまうこともしばしばだったと言います。それでも次の冬を迎えるころには、Cさんが上を指差すことはなくなっていました。  　私はこの間、ずっと茯苓飲合半夏厚朴湯エキスを使い、状況に応じて2種類目の方剤を加えていきました。繰り返す気道感染には、気管の炎症を和らげ痰を切りやすくする清(せい)肺(はい)湯(とう)や苓甘姜(りょうかんきょう)味(み)辛(しん)夏(げ)仁(にん)湯(とう)を加えることで、抗生剤を使う局面を減らすことができました。貧血が強くなり一度輸血を要した時も、胃腸を丈夫にして貧血症状を改善する機能を持つ加味帰脾湯を加えて、貧血を抑えることができています。 　しかし、栄養が過不足なく補われ、疾患を未然に防いでも、その次の春にはCさんの生命の炎は尽きようとしていました。このころには、夫人にも、娘さんにも、そのことが自然にお分かりになったようでした。そしてCさんご自身が、誰よりそのことがよくお分かりだったのだと思います。にらみ付けるようなお顔も、弾けるような笑顔も見ることができなくなりましたが、そのかわりこれまでになく穏やかに微笑まれるのでした。 　7月2日には在宅酸素療法を導入、そして翌3日には経管栄養と漢方処方も止めて皮下への点滴に切り替えました。表情は一貫して穏やかで、これ以上の緩和治療は必要ないと判断されました。 　入れ替わり立ち替わり親戚や友人が面会にこられ、Cさんと目で語り合ったといいます。7月10日、1日500mlの点滴でもむくみが出るようになり、この日で点滴も終了としました。 私はこのことをCさんに告げると、しっかりと目と目が合いその目は「それでいい」とおっしゃったようでした。 　7月14日、ご家族ご親族に囲まれ、Cさんは自宅で息を引き取られました。私たちが訪問診療をはじめてから、約3年半の時間が経過していました。 TOP &nbsp;   &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;]]></description>

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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">中医学とメンタルケア</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 10 Nov 2011 23:28:21 +0900</pubDate>
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            <title>東日本大震災における災害支援ナースの活動を報告</title>

<description>-23年度災害看護担当者会議より抜粋-</description>

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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">お知らせ</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 17 Aug 2011 23:06:39 +0900</pubDate>
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            <title>東北震災医療支援（気仙沼）に向かった看護師はその時なにを考えたか。</title>

<description>津波に襲われた気仙沼の惨状</description>

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            <pubDate>Sat, 02 Jul 2011 17:22:35 +0900</pubDate>
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            <title>日本鍼灸に関する東京宣言2011</title>

<description>―21 世紀における日本及び世界のより良い医療に貢献するために―</description>

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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">「考える」シリーズ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">医療の新しい問題を考える</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 24 Jun 2011 11:11:30 +0900</pubDate>
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            <title>鍼灸レポート</title>

<description><![CDATA[第33回現代医療鍼灸臨床研究会開催がん緩和ケアの医療資源として鍼灸の役割を追求していこうという流れが起きている。実際に鍼灸を利用している先駆者たちの報告。&nbsp;&nbsp;がん緩和ケアにおける鍼灸の役割を追求より早期からの治療開始でより有効化学療法のしびれや末期の呼吸苦にも有用難治の神経障害性疼痛にも期待できる効果がん緩和ケアにおける鍼灸の役割を追求　東京大学鉄門記念講堂で「癌患者の愁訴と鍼灸治療」をテーマに現代医療鍼灸臨床研究会が開催されました。今回は基礎講座、シンポジウム、教育公園の三部で構成されており、満場の参加者の中、鍼灸ががんの緩和ケアの上で果たしうる役割について、非常に熱心に議論が交わされています。&nbsp;TOPより早期からの治療開始でより有効　基礎講座で、埼玉医科大学医科大学東洋医学センター講師の山口智先生は、鍼灸治療が「現代医学的な知識と技術を習得することで、貴重な伝統医学でがん治療の一端を担いうる」と語りました。同センターで84名のがん患者（約半数が末期）を対象に鍼灸治療を実施したところ、64．5％が有効であるとの結果を得られたとのことです。とりわけ早期の患者ほどその有効率が高い傾向にあり、がんに対する鍼灸治療は、より早期から開始して継続することが重要との見方が示されています。そして今後は鍼灸の有用性や有効性を科学的に明らかにしていく一方で、診療所や病院などの連携を拡充していくことが期待されると話しました。TOP化学療法のしびれや末期の呼吸苦にも有用　シンポジウムでは、筑波技術大学保健科学部の津嘉山洋先生が、文献調査とアンケートから鍼灸における臨床データを分析した結果を報告しました。鍼灸の適用となる症状として、疼痛、吐気・嘔吐、食欲不振、化学療法の副作用、浮腫・麻痺や知覚障害、排便などが挙げられたと報告しています。　埼玉医科大学医科大学東洋医学センターの小内愛氏が、同センターでの経験から、鍼灸治療ががん患者に対する西洋医学的な治療による副作用や合併症の症状緩和に有用であることが示されたと報告しました。特にがん患者特有の多彩な愁訴を軽減し、ＱＯＬの向上にも寄与する可能性が示されています。　前国立がんセンター緩和ケア科鍼灸師の鈴木春子先生は、がん患者に対する治療の経験を話しました。鍼灸はモルヒネが効きにくい痛みに有用であり、また多くの終末期患者が悩まされる呼吸苦に対しても役立つ可能性があるとしています。センターに17年間勤務した鈴木先生はこの度退職し、東日本大震災の被災者の救援ボランティア活動に参加しておられ、「緩和ケアの新しい境地を開拓していきたい」と述べました。　明治国際医療大学臨床鍼灸教室の福田文彦先生は、がん化学療法に伴う末梢神経障害に対する鍼灸の有用性を報告しました。乳がんなどに頻用されるパクリタキセルがもたらすしびれの副作用に対して、より早期の段階で鍼治療を導入することで症状の悪化を予防する可能性を示しています。TOP難治の神経障害性疼痛にも期待できる効果　東京医科大学茨城医療センター緩和医療科部長の下山直人氏は、「癌患者の対応と治療」をテーマに教育講演を行いました。がん患者は、「身体的痛み」、「精神的な痛み」、「社会的な痛み」、「スピリチュアルペイン」の４つの痛みに苦しむといわれ、現代西洋医学だけでは痛みの治療が困難であると話しています。医用麻薬（オピオイド）は、身体的な痛みの中でも神経障害性疼痛といわれる痛みや筋肉痛には無力であり、また一方で難治性便秘などの副作用をもたらします。これらの場面において、鍼灸が果たすことのできる役割は小さくないだろうとの期待が示されました。（4月29日）　次回第34回現代鍼灸医療臨床研究会は、11月3日（木・祝）に「診療各科における肩こりの病態と鍼灸治療」をテーマに開催されます。TOP埼玉医科大学医科大学東洋医学センター講師山口智先生（右）を座長に活発に鍼灸とがん緩和ケアの実際と未来が各シンポジストと共に語られた。&nbsp;&nbsp;]]></description>

            <link>http://mag.gto.ac.jp/cat8/cat13/post-222.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">コ・メディカルを考える</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 26 May 2011 14:39:44 +0900</pubDate>
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            <title>エイズが減らない日本の現状を考える</title>

<description><![CDATA[第24回日本エイズ学会学術集会レポート――ＨＩＶ／エイズは「慢性病化」の時代――昨年11月24～26日東京・品川の高輪プリンスホテルで第24回日本エイズ学会学術集会が開催された。今回のテーマは「垣根を越えよう」。1996年に新しい抗ＨＩＶ薬を用いたＨＡＡＲＴ療法（多剤併用療法）ができ、さらに2007年インテグラーゼ阻害薬という薬剤が登場したことで、患者の長期生存が期待できるようになった。ＨＩＶ／エイズは数十年単位で療養していく「慢性疾患」となってきたのだ。その中で大きくなっている心、人と人、国境、民族、性別などの「垣根」を乗り越えてみんなが協力しあって病気と闘おうという方向性が示された。（編集部／林義人）&nbsp;抗インテグラーゼ阻害薬で治療新時代生き生き働く医療者に支えられたHIV／エイズも病診連携の時代ＨＩＶ増殖のプロセス抗インテグラーゼ阻害薬で治療新時代　厚生労働省の「エイズ動向委員会」は、2011年12月7日、日本の新たなエイズ患者は453人で、過去最多であると発表した。前年より22人増え、症状が出ていないＨＩＶ感染者も合わせると、過去2番目に多い1503人で、ともに増加傾向が続いている。　第24回日本エイズ学会学術集会では、日本のＨＩＶ感染症・エイズ患者が世界の先進諸国の中でも突出して多いことが示された。2002～2008年の7年間に、年間のＨＩＶ感染者報告数は連続して史上最高数を更新してきた。2009年1年間の日本のＨＩＶ感染者数は1021人、エイズ患者は431人で、この合計数は2000年のほぼ2倍になる。感染ルートでは、異性間性接触によるものが2割程度、同性間性接触によるものが７割程度、それ以外のものが１割程度とされる。日本のＨＩＶ感染者とＡＩＤＳ患者の数は約１万6000人となっている。　1981年アメリカ・ロサンゼルスで免疫系が失われた人に生じる特殊な肺炎にかかった男性同性愛患者が見つかり、これが世界で初めてのエイズ臨床例となった。83年には病原のウイルスであるＨＩＶが分離されている。　ＨＩＶは、ＣＤ４というたんぱくを持つ「免疫の司令塔」といわれるヘルパーＴ細胞に取りついてこの中で増える。やがて細胞を壊すとともに、ここから新しいウイルス粒子を作り出すようになるとエイズが発症する。患者は免疫不全に追い込まれ、カポジ肉腫という特殊ながんや日和見感染症など、エイズに特異的に現れる合併症を発症する。当初は治療法が全くなく、HIVに感染してエイズを発症すると2カ月くらいで死亡していった。　1987年にようやく最初の治療薬AZTが開発される。逆転写酵素の働きを抑える作用を持った「逆転写酵素阻害薬」と呼ばれる薬剤だ。ある程度の効果を示すものの、HIVはまもなく薬剤耐性を備えてしまうし、副作用も強かった。　その後、「プロテアーゼ阻害薬」という薬ができて、1997年にこれを取り入れたHAART（多剤併用療法）という抗ＨＩＶ療法が標準的な治療法として行われるようになる。この療法によって長期生存が期待できるようになり、カポジ肉腫という特殊ながんや日和見感染症などエイズの指標とされる合併症が減少していく。ところが、患者は長期生存することによって悪性腫瘍や心血管疾患などの慢性疾患を合併するようになった。またHAARTの長期毒性も問題になっている。　こうしたなかで2007年世界で初めての「インテグラーゼ阻害薬」がFDA（アメリカ食品医薬品局）に認可されて、抗HIV療法は新しい時代を迎えた。この薬剤は、これまでの薬剤に比べて副作用の少なさや服用のしやすさ、他剤の相互作用の少なさなどが認められているといい、HIV／エイズ治療の「次の一手」として大きな関心を持たれている。もちろんインテグラーゼ阻害薬といえども、治療を受けるうちに耐性ウイルスの問題が出てくる。HIV／エイズは、継続的な治療の進歩と治療環境の改善などめまぐるしく変転を続けている。TOP生き生き働く医療者に支えられた　第24回日本エイズ学会学術集会では、HIV／エイズの治療法として抗インテグラーゼ阻害薬に関する話題が集中していた。その１つとして、「インテグラーゼ阻害薬がＨＩＶ治療に与えたインパクト」というセミナーが持たれている。この中で、HIV陽性者であり、現在インテグラーゼ阻害薬の治療を受けている特定非営利活動法人日本慢性疾患セルフマネジメント協会の武田飛呂城さんが、自らの闘病体験を通して治療への意見を語った。　1978年生まれの武田さんは生まれつきの血友病で非加熱血液製剤の治療を受ける中でＨＩＶに感染、16歳の時に両親からその事実を知らされたという。当初はあまり有力な抗ＨＩＶ薬もなく、多くの患者仲間が亡くなっていった。武田さんもついに効果を期待できる薬がなくなり、医師から「このままでは1年後の生存を保障できない」と告げられたこともある。　そこへ新しい作用機序を持つ薬が登場し、これが命綱となった。ただ、副作用で硬結と呼ばれる症状が出現し、その痛みに苦しむことになる。そんな中で2007年にインテグラーゼ阻害薬が登場し、この薬に変更すると、副作用が軽減し、仕事を続けることができるようになった。ＨＩＶとともに生きる武田さんたち療養者にとって、服薬の継続は生涯欠かせないことだ。武田さんはＨＩＶ陽性者としての医療者への「お願い」をこう語った。　「薬を飲ませようとする&quot;介入&quot;ではなく、患者が薬を飲みたいと思えるような&quot;支援&quot;を。患者の日常生活満足度が高まれば、服薬遵守立は必ず向上します。患者の満足度の高い病院は、医療者にとってもまた生き生きと働くことができる快適な職場です。私はそうした医療者たちに、『次の新薬は今この開発段階だからね』というふうに、日々進歩しているＨＩＶ医療の情報をいつも共有させてもらっています」TOPHIV／エイズも病診連携の時代　エイズ学会では「HIV陽性者を巡る地域支援の連続性」というテーマのセミナーが設けられていた。大勢の患者や支援者も参加し、HIV診療と精神科医療や地域精神保健活動とのネットワークづくりについて議論が行われている。　HAARTによって長期のコントロールが可能になるとともにHIV／エイズは外来での診療が多くなった。全国には約370か所のエイズ治療拠点病院が存在するが、一部の施設へ患者・感染者が集中している。東京都では、都立駒込病院、国立国際医療センター、東京医科大学附属病院、東京女子医科大学附属病院などの施設に集中している。そのためそれらの施設外来患者にはどこもほとんど手一杯の状態となっていて、1人に充てる診療時間はわずか数分程度しかない。患者・感染者には抑うつ傾向やうつ病、薬物依存、統合失調症、発達障害など、多様な精神保健の課題も大きい。　こうしたＨＩＶ患者を受け入れるため、拠点病院と連携してＨＩＶ感染症の診療を行うサテライトクリニック（衛星クリニック）というものが作られるようになった。そして、国立国際医療センター、東京医科大学附属病院、東京女子医科大学附属病院が集まる新宿区には、４つのＨＩＶサテライトクリニックが登場している。ＨＩＶのスクリーニング検査や時間外診療を受け持つなど、拠点病院との病診連携が形作られつつある。2003年１０月、日本初のＨＩＶサテライトクリニックとなったのは、新宿東口クリニックだった。同クリニックの山口晃院長は、同院の受診状況やサテライトクリニックの役割について紹介している。　「2003年のＨＩＶ診療開始当初HIV患者は年間13人にすぎなかったが、09年には292人に及んでいます。2006年に同院を受診した患者からその受診理由を聞くと、&quot;主治医の転院&quot;や&quot;土曜受診&quot;、&quot;診療の自由度&quot;などが挙げられました」　山中院長の医学生時代、がんの病名告知が進んでおらず、自分の運命を予期できないまま闘病しなければならない例を多く見た。その経験から「真にHIV／エイズの患者さんと向き合える場にしたい」というのが、ＨＩＶサテライトクリニックを作った原点だという。HIV／エイズが慢性病化し、コモンディジーズ（普通の病気）になってくるとともに、地域ぐるみで、HIV／エイズに向き合う時代を迎えている。TOPＨＩＶ増殖のプロセス　HIVはレトロウイルスといって、自分の遺伝情報をDNAの&quot;陰画（ネガ）&quot;であるRNAという形で持っている。人間の細胞（宿主細胞）の中に入ると、HIVは次のように増えていく。①&nbsp;&nbsp;&nbsp; 殻を脱ぎ捨ててRNAと逆転写酵素というものを放出し、逆転写酵素によってそのRNAをDNAに書き　　　換える逆転写という作業が行われる。②&nbsp;&nbsp;&nbsp; HIVから生まれたDNAはインテグラーゼという酵素を使って人間のDNAに寄生に成功し、本当の感　　　染が成立する。③&nbsp;&nbsp;&nbsp; 人間の細胞が分裂するごとに、その中のDNAに組み込まれたHIVのDNAもコピーが作られる。④&nbsp;&nbsp;&nbsp; ウイルスDNAは寄生した細胞に新しいウイルス粒子を放出し、この粒子がプロテアーゼという酵素　　　によってウイルスとして成熟していく。TOP]]></description>

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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">医療の新しい問題を考える</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 26 May 2011 14:05:05 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>震災ボランティアに参加して</title>

<description>後藤学園リハビリテーション学科OB小野寺健三さん大船渡市でのリハビリテーションボランテアの活動報告。
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">お知らせ</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 26 May 2011 10:22:51 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>蘇生（再掲)</title>

<description>大災害をうけて　樹海は重傷なのだ　だが、　樹海は　大きな大きな　生命力を秘めている　仲間たちは　立ち上がっていた　力をあわせ　汗を流していった　愛があるからだ　夢があるからだ　歳月は流れてゆく　風害の傷跡も　やがて、消え失せて　美しき理想の　大森林として　再びよみがえり　永遠なるものを　深きものを</description>

            <link>http://mag.gto.ac.jp/cat16/cat23/post-219.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ビジュアルで見る自然</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 02 May 2011 15:24:16 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>蘇生（再掲)</title>

<description>大災害をうけて　樹海は重傷なのだ　だが、　樹海は　大きな大きな　生命力を秘めている　仲間たちは　立ち上がっていた　力をあわせ　汗を流していった　愛があるからだ　夢があるからだ　歳月は流れてゆく　風害の傷跡も　やがて、消え失せて　美しき理想の　大森林として　再びよみがえり　永遠なるものを　深きものを</description>

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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ビジュアルで見る自然</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 01 May 2011 15:05:28 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>東日本大震災の二次災害＝放射能汚染への警戒を呼び掛け</title>

<description><![CDATA[東日本大震災の在宅医療への影響について東日本大震災は、直接被害を受けられた方々以外に、今まで在宅医療を受けていた方々にも大きな影響が出ています。この方々を現場で支えている「仙台往診クリニック」川島孝一郎院長の活動の報告です。在宅医療は２次災害のケアも必要まだまだ続く放射能汚染警戒態勢&nbsp;在宅医療は２次災害のケアも必要　　24時間365日診療体制を敷く在宅医療専門の仙台往診クリニックは、所在地から半径30Km以内を診療エリアとしており、現在の患者数はおよそ420 名。今回の東日本大震災の津波で、在宅酸素の治療を受けていた中年の患者さんが犠牲になった。また、医療スタッフの中で3人が津波で自宅を失い、2人が肉 親を亡くしているなどスタッフは被災者でもある。そのような状況の中で川島孝一郎院長はライフラインなど日常生活手段を断たれた患者さんや家族の二次災害 を防ぐための取り組みを進めてきた。&nbsp;　「私たちは在宅の患者さんに対して、車のシガーソケットから電力を供給したり、介護するご家族の交通手段を確保するためにガソリンを届けたりする作業にも取り組みました。しかし、残念ながら人工呼吸器をつけた患者さん45人のうち19人は停電のために自宅で治療を続けることができず、病院へ一時入院してもらいました。ただ、その後状況が改善するとともに、ほとんどの患者さんが自宅での療養に戻っていただいています」とホッと安心する間も無く予断を許さない状況が続く。　仙台往診クリニックでは開設当初から医療者は在宅患者を訪問するのに白衣を着ていかない方針を貫いてきた。「安心して自宅で過ごしたい」と願う患者さん たちに、「白衣姿の医療者」が出入りするという心理負担をかけたくなかったため。しかし、「患者さんに安らかに自宅で過ごしてもらいたい」という願いの前 に、患者さんの心身に悪影響を及ぼしかねないほど、長引く余震と福島原発事故が大きく立ちはだかり始めた。&nbsp;まだまだ続く放射能汚染警戒態勢　　　東日本大震災が発生してちょうど１ヵ月。福島原発から北東へ１００Ｋｍ以上離れた仙台市のＪＲ仙台駅の間近にある仙台往診クリニックが入るビルの屋上に立った。案内する川島孝一郎院長の持つ計測器がピッピッピッと鳴り始める。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ビルの屋上で放射線計測をする川島医師。　　福島原発事故の発生直後、アメリカ政府が在日アメリカ人に原発から80ｋｍ圏外への避難勧告を発したと報道された。川島さんは在宅療養の患者さんにもすぐに避難の準備をするように伝えたと言う。というのも訪問エリア南の地域は福島原発から100kmしか離れておらず、「80kmで危ないなら100kmでもその何％かの影響や危険があると考えなければならない」と思ったからだ。　川島さんは放射能測定器を求め計測を始めた「通常の仙台の自然放射線量は0．05マイクロシーベルト／時ですが、このところ屋上で計測するとずっとその３～４倍という状態が続いています。雨水が集まる排水口周辺などは12～13倍。人工放射線の限度量は年間1ミリシーベルトとされていますが、もしこの塵を吸い続けるとしたら、その５倍という量に達します。放射線は被ばく量が多くなるほどがんの確率が直線的に増えるというのが国際的な共通認識ですが、仙台に住む人のがんのリスクは確実に上がっていることになる。行政は『ただちに実害はない』という言い方をしますが、すでに実害は発生していると考えるべきです。宮城県でも知事が早々と「汚染の心配はないから水も野菜も放射線の測定をしない」と宣言した。川島さんは、「まず測定をして正確な数字を提示し不安を拭い去るのが務めのはず。行政の態度は本末転倒」と考え、今現在『安全』という言葉は使えないはず」と不信感を持つ。　「みんなの目はどうしても家を奪われ肉親が亡くなった一次災害の被災者の方に注がれがちですが、その周辺には命は助かり家屋はなんとか残ったけれど、ライフラインが断ち切られ生活困難に陥った人たちがたくさんいます。この人たちにいち早く救済の手を差し伸べて一次災害の側に落ち込まないようにしなければならないのに、その対応は大きく立ち遅れている。福島第一原発事故による放射能汚染に対して、それが二次災害に繋がらないようにと警戒を呼び掛けて「まだまだ原発の動向から目を離すわけにはいきません」と自らの手で放射能監視を続けている。　川島孝一郎医師【購入した放射能測定器】　左は放射性元素の崩壊の数（放射線を出す量）を表すベクレル（1崩壊／秒）の計測器。右は人体が放射線を受けたとき、その影響の度合いを表す単位シーベルトを測定する計測器。&nbsp;]]></description>

            <link>http://mag.gto.ac.jp/cat16/cat/post-218.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ルポ 医療の現場</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 26 Apr 2011 13:41:27 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>東北大震災の医療従事者へ資料提供します。</title>

<description>●　ＰＦＡ（サイコロジカル・ファーストエイド実施の手引き（ＰＤＦ）
●　一般救護社用災害時高齢者マニュアル（ＰＤＦ）</description>

            <link>http://mag.gto.ac.jp/cat29/post-217.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">お知らせ</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 14 Apr 2011 14:20:17 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>大棚川（埼玉県秩父市山田）</title>

<description>遍路みち秩父の深い山々にやっと春の訪れがやって来た。秩父を経巡る旅は巡礼の路を辿る旅でもある。大棚山から流れだす小川のようなお大棚川も水が温もりさらさらとながれている。この小さな川に出会えるのは秩父札所２番の真福寺の九十九折りになった古道を下ると竹藪や椎茸栽培のホダ木の間から見え隠れするように見えてくる。川辺のタンポポも咲き誇る桜もみな陽のなかで輪舞している。</description>

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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ビジュアルで見る自然</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 20 Mar 2011 09:21:20 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>東北地震被災地での医療ニーズは急性疾患よりも慢性疾患</title>

<description><![CDATA[東北地震被災地での医療ニーズ &nbsp;&nbsp;&nbsp; 東北地震被災地での医療ニーズは急性疾患よりも慢性疾患 国境なき医師団チームの最新報告をレポート。「仙台往診クリニック」の川島孝一郎院長からのレポート。  ３月14日東北地方太平洋沖地震の被災地で医療支援活動に取り組む「国境なき医師団（MSF）」チームの黒崎伸子医師により現状報告の記者会見が行われました。発展途上国の災害被災地での医療活動の経験豊富な同医師らは、この度の被災に先進国特有の問題を認めたようです。これからの災害医療の課題となりそうです。 &nbsp; 黒崎医師らMSFメンバー６人は、3月11日の災害発生から24時間経たないうちに東京・木場のヘリポートから、宮城県角田市のヘリポートに到着、仙台市に入りしました。２００４年のインドネシア・スマトラ沖地震など、発展途上国での地震・津波被災での医療支援の経験を重ねている同チームは、この度の震災で先進国ゆえの脆弱さや問題点を見たようです。 MSFメンバーが到着した時、すでに20チームのＤＭＡＴ（ Disaster Medical Assistance Team：災害医療の特別派遣チーム）が現地入りし、市内の病院に振り分けられました。ところが、市内に搬送されるケガ人などの救急医療の対象患者は意外と少なく、ほとんどの病院では空きベッドが見られたとのことです。 &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; 一方では、医療は手の出しようがない８０００か所といわれる「陸の孤島」が生み出されていました。発展途上国では医療者が自転車やバイクで入り込める道が多くあるのに、日本では幹線道路を断たれると身動きできなくなってしまう現実があったのです。行政当局のコーディネーションのまずさから、「何かをしたい」と思って集まってきた医療者が、何もできないというジレンマもありました。 また、避難所に運びこまれた被災者の中にはすでに慢性疾患を抱えていて治療中の高齢者などが多く見られました。これらの人たちに対する投薬や酸素吸入、人工透析などの維持という医療ニーズには十分供給できていないようです。 黒崎医師はスマトラ沖地震に伴う大津波の被災地で、人々が水を怖がったり海に近付くことができない様子を見ました。9か月後に同じ現場に行くと、水辺で遊ぶ子どもたちは見ることができましたが、一瞬のうちに家族など身近な人を失った被災者は、いつまでも「助けることができなかった」という罪の意識にさいなまれ、水を怖がり続けていたそうです。東北の被災者たちにも早目に心のケアに当たるプロが介入することが必要だと言っています。 &nbsp; &nbsp; 2011年3月20日追加&nbsp; &nbsp; 一方、被災地・仙台で在宅医療に取り組んでいる「仙台往診クリニック」の川島孝一郎院長からも、この度の災害対策における問題点が指摘されました。同院長は、「物資輸送が滞っている」指摘とし、その最も大きな原因は「自衛隊や警察が緊急車両にだけ通行を認めているせい」と指摘されています。この規制を早く緩和しないと、直接の被害を受けた周辺地域の人まで二次的被災者に舞いこまれるとしています。災害医療は今後、根本的にとらえ直していく必要がありそうです。 &nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;]]></description>

            <link>http://mag.gto.ac.jp/cat29/post-216.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">お知らせ</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 18 Mar 2011 13:08:18 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>中医診療日誌-24</title>

<description>高齢になると増えてくる嚥下(えんげ)障害に対する半夏(はんげ)厚朴(こうぼく)湯(とう)という漢方処方の有用性について取り上げていただきました。</description>

            <link>http://mag.gto.ac.jp/cat16/cat19/-24.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">中医学とメンタルケア</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 25 Feb 2011 21:06:37 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>三十槌の氷柱（埼玉県秩父市大滝三十槌）</title>

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凍てつく  立春が過ぎたというのに秩父の山里は凍てつく風が吹き舞っていた。  秩父大滝地区を流れる小さな川を挟んだ対岸に切り立った岩肌がある。その岩肌からしみ出す清水と、凍てつく風と相まって作り出すこの時期だけの壮大な風景に出会った。清水の滴りが徐々に寒さによってその動きを止め、蒼白い氷柱と化している姿は、黒い岩肌を覆う羽衣のように見える。また見るものによって、それは時間の止まった滝のようにも見え、一幅の名画を前に立つ思いに駆られる。</description>

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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ビジュアルで見る自然</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 07 Feb 2011 17:10:34 +0900</pubDate>
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